第17話 報告会

メーシィの食堂に着いたのは22時を回った頃だった。


「ただいまー」


店の入り口で声をかけると、左の鍛冶屋と右の食堂の両方の道から素早く姉弟が出迎えてくれた。


「「おかえりなさい!!何が取れた!?」」


それぞれ口調は違っていたが、開口一番素材の催促をしてきたところは同じだった。


「どこで広げればいい?」


俺は苦笑しながら、と訊ねるのだった。

結局、素材のお披露目は鍛冶屋の作業場で行われることになった。


「それじゃあ、出していくぞ」


「わくわく」「どきどき」


2人で目を輝かせている。

まずは一番地味な物から取り出していこうか。


「これは草だ」


「「えーーーーー」」


とても不満気な声が上がった。


「そう不満そうにするなよ。今は萎れた草だが、これは電撃を受けると活き活きとして、しかも蓄電するんだぞ」


「電気ねえ。そっちの世界ではメジャーな動力だったらしいけど、アタシたちにはピンと来ないのよねえ」


ブーギーに言われて気づいたが、確かにこの世界に来てから電気製品を見た覚えはない。

今だって、鍛冶屋の中を照らすのは中に火が灯ったランタンだ。


「基本的に前の世界と変わらない生活水準に見えるけれど、電気だけは普及していないみたいね。化石燃料もないから発電機も使えないみたいだし」


「ふーん。それじゃあこの草は外れか」


「どうでしょう、もしかしたら食材としては優秀かもしれませんし、一度ボクが預かりますね」


メーシィはそう言って草を1束受け取った。


「次は?」


ブーギーは次が待ちきれなくて急かしてくる。


「次はこのトカゲだ」


俺はズルリとトカゲを数匹作業台の上に乗せた。


「おお、こういう獣なら、皮とか…あとこのエリマキ部分に付いてる宝石みたいな部分とか、もしかして武具とか防具に使えるかも!」


今度はブーギーの期待に応えることが出来たみたいだ。


「もちろん調べてみてだから…、どうなるかは分からないけども、ありがたくいただくわ」


「ちなみに、これは草食ですか?肉食ですか?内臓の処理とかに関わってくるんですけど…」


メーシィは食材としての観点からそう訊ねてきた。

俺は再びハウストマックの胃袋に手を入れる。


「たぶんこいつを食べてたんだと思う」


俺は例の走るウニを取りだした。


「あ、逃げたわよ!!」


まだ生きていたようで、ウニは元気に走り出してしまった。

ブーギーが咄嗟に反応して飛びかかったが、残念ながら捕まえることは出来なかった。


「ちょっと、生きたままなんだったらちゃんとカゴか何かに入れてきてよ!」


「そんなこと言ったってカゴ持ってなかったし…」


俺は文句を言われながら逃げたウニを探す。


「そこの鎧の中に入ったんじゃない?」


メーシィが指した鎧をゆっくり開けてみると、ウニは中で座っていた。


「岩の中に住んでいたし、暗いところが好きなのかもしれないわね」


レイアがそう言いながら逃げようとするウニをつまみ上げた。


「これ、棘の強度はどんな物なのかしら」


ブーギーがポキっとウニの棘を1本折る。

容易く折れたようだ。


「この強度じゃあ武具には使えないわねえ」


「食べれそうにもありませんよね」


ブーギーと同時に、メーシィも落胆していたが、俺は少し意外だった。個人的には食べられるような気がしていたからだ。


「ウニみたいに食えないか?」


「ウニ?」


ああ、なるほど、ウニを持ち込んだ地球人はいなかったのか。

確かに海産物は悪くなるのも早いし、この辺りには海もなさそうだし知らなくても無理はない。


「俺たちの世界の食材なんだけど、見た目はほぼコレと同じでな。割ると中に食べられる部分があるんだ」


「あ、そうか。割ってみればいいのか。試してみますね」


メーシィは納得がいったように再び興味を持った眼差しでこのウニを見ていた。


「ちょっとした好奇心なんだけどさ、コイツ丸刈りにしてみていい?」


ブーギーは未だに手に持っていたウニを眺めながら言う。


「別に良いけど」


「それポキポキ」


先程まで暴れていたウニは大人しくなっている。もしかして棘にも神経が通っていたりするのだろうか。だとしたらとても残酷なことをしている気がする。

なんとなく居たたまれなくなって、俺は目を逸らした。


「できた!」


ブーギーが声を上げたので、そちらを見てみると、人間で言うボウズのような棘の短さになったウニがいた。

なんと驚くことに顔がついている。ウニかと思っていたら真っ黒黒なアイツだったのか。


「なーんか視線感じると思ってたのよね。でもあれだわ、こうしてみると結構かわいいじゃない」


「まあそうだな、俺もかわいいと思う」


「ボクはかわいいとは思わないけど…」


「私も普通に気持ち悪いと思うわ」


意見が2つに割れた。


「そうだ、なにか車輪のようなものあるか?」


俺はふと、コイツの足の速さを思い出して、利用方法を思いつく。

ブーギーが持ってきた歯車のような部品にウニを乗せて、近くにあったカゴをかぶせた。

すると、逃げだそうとしたウニが全速力で走り、車輪を回す。


「ああ、ハムスターの」


レイアが納得したようにその光景を見ていた。


「なにこれ、かわいい!」


ブーギーはすさまじい速度で車輪を回すウニに食らいつくように眺める。


「それに、軽い物なら回してもらえるってことよね、動力としても使えるんじゃないのー!?」


走らせて動力にするなんて、奴隷みたいだなと思った。


「決めた、この子飼うわ。名前は…さっき何みたいって紳弥言ったっけ?」


「ウニ?」


「そうウニ!名前はウニよ」


ウニを知る俺たちからすると、棘を全て折られたその姿はおおよそウニには見えないものだった。


「バフンウニかしらね」


「ああなるほど」


ウキウキとガラスのような容器にウニと名付けたそれを収容するブーギーを見ながら俺たちはそんな話をしていた。


「まだこの黒いやつ、胃袋に入ってますか?」


「おう、数匹いるな」


「んじゃ残りはボクが引き取りますね」


メーシィが胃袋から、ウニを取り出し、逃がさないように容器に入れる。


「さっきメーシィはかわいくないって言ってなかったか?」


「え、食材として割ってみるんですよ」


「あ、そう…」


料理人は非情だった。


§


その後、もう少し素材や食材として研究をして、それから価値価値を決めるということで、姉弟たちからはまた明日来るように言われた。

俺は何も食べていなかったため、簡単にメーシィに料理を作って貰い、食べてから帰路についた。ちなみにおいしかった。


「じゃあ、私はここで」


レイアがそう言って帰ろうとする。


「夜道は危なくないか?」


「誰に言っているのよ。私から言わせれば貴方の方が心配だわ」


「まあ確かに」


まあ、比較的街の中心に近いところだし、滅多なことはないと信じたい。


「あ、でも、あのボロボロの家に住むのは大変じゃないか?」


屋根すらまともになかったが。


「そうね、能力が使えたときは、全部幻覚で暮らしていたから…これからは改める必要があるわね」


「手伝えることがあったら言ってくれよ」


「いいわよ別に。そんなに頼りないかしら」


「分かった分かった。んじゃあ、また明日な」


「ええ。あの姉弟の店に集合で良いわね?」


「おう、んじゃあそれで」


そうして俺たちはそれぞれの帰路に着く。


「あ、俺、寮の場所知らないや」


もう深夜なのに申し訳ないが、一旦本部に寄ってハルキに会いに行ってみるとしよう。




そして調査団本部が見えてくる。

予想通り、外から見える室内には明かりが灯っていた。

警備の人に会釈しながら中に入ると、昼と変わらずにデスクワークをしている団員と、中央に鎮座するハルキがいた。


「やあ、紳弥くん。調査おつかれさまだったね」


木に顔が浮かび、近づく俺に挨拶をしてくれた。


「そっちこそお疲れ。ハルキは寝ないのか?」


「木は寝ないだろう」


「まあ確かに」


俺はハルキの近くにいた団員さんから椅子を貰って、ハルキと向かい合うように座った。


「寮の場所を訊きたくてきたんだが、せっかくなら報告もしていくことにするよ」


「おお、それは楽しみだね。ちなみに先に言っておくと、調査団関連の施設は全部端末のマップで見ることができるよ」


「え…あ、本当だ。ありがとう」


とういか、この端末の機能全然知らないんだよな。

なんとなくスマホみたいなものだとは思っているが。


「いえいえ。それで、平伏の黄原はどうだったかな?」


「そうだな、たぶんハルキは次にレイアに会ったときに枝折られるぞ」


「ははは!そうみたいだね。聞こえていたよ」


「え?聞こえていたって?」


「前に言わなかったかな。僕は各端末や自分の枝と意識を共有することができる。だから話は常に聞いているんだよ。日中に電話してきたときもすぐに出ただろう?あれは電話してくることが分かっていたのさ」


「え、プライバシーは!?」


常にハルキに見られている生活なんてごめんだ。俺は今すぐ端末を返却したくなった。


「そこの目のマーク…そうそれそれ。を押すとプライベートモードになるよ、もう一回押せば解除ね」


「おお、これから気をつける…」


「まあ、基本的に僕にしか聞こえないし、そこで訊いたことは他言しないからあんまり気にしないでくれよ。調査中はつけててくれると、僕も安心だしね。特に君らは別行動だし」


「ああ、まあな…」


寮に帰ったらこの端末の機能を全て確認してみようと思った。


「それで、調査は進んだのかな?」


ハルキが話を元に戻す。


「そうだな、あんまり奥地まではいかなかったけど、なんとなく分かってきたと思う」


「いやあ、助かるよ。普通の人間じゃあ絶対に探索できない地域だからね」


それから俺は、見つけた生き物のこと、推測される生態系などをハルキに話した。

そのたびにハルキは驚いたり、笑ったりしてくれるので、とても説明のし甲斐が会った。


「新しい生き物には名前をつけなければならないね」

ハルキが言う。


「全知の能力で名前は分からないのか?」


「初めから存在しないものは全知でも分からないよ。あ、名前がないことは分かるけどね」


「なるほど、確かにそうだよな」


ハルキは少し考えて、今回見つけたものたちにこう名付けた。

蓄電草、ホウセキアナトカゲ、ハシリウニ。


「蓄電草はもう少し電気を保つことができれば、この世界における人類の生活水準は一気に跳ね上がるのにねえ」


「根っこごと採取して、栽培してみるとか?」


「まあ、それも試してみたいけど…とりあえずもっと奥地まで進んでみてくれ。平原より西には何があるかも気になるところだしね」


「了解だ」


「さて、そろそろ報告会もお開きにしよう。日付も変わってしまった」


確かに時計を見ると、0時を超えていた。


「この時間って、この世界のものなのか?」


「いや、調査団が作った概念だね。時間の流れはほぼ元の世界と同じだし、やっぱり時間はあった方が動きやすいよねってことで僕の端末の時間を基準に、時刻を設定しているよ」


「そうか、確かに時間はあると助かるな。よし、今日は帰るとしよう」


俺は席を立つ。

椅子をもとの場所に返して、本部を後にしようとしたところでハルキに声をかけられる。


「あ、そうそう。次からは何か見つけたら端末のカメラを向けてくれ。今回はたまたま鍛冶屋で君が端末をズボンから出していたから見ることが出来たけど、今後調査団の資料としてまとめるのに見た目も必要になるからね」


「わかった。気をつけるよ」


「あと、是非味も明日分かったら教えてくれよ!」


「はーい」


俺が返事をしたことを確認すると、ハルキはまた顔をしまって、ただの木のようになった。

さて、俺も帰って寝るとしよう。

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