第16話 平伏の黄原

「街のこっち側に来たことはなかったけど、だいぶ雰囲気違うんだなあ」


平伏の黄原は拠点のある街に隣接しているため、俺たちはまだ街の中を歩いていた。

街の中と言っても、だいぶ街の外れの方であるため、人が住むような建築物は少なくなっていた。

街の東側の外れにはレイアの家や現地人が住む区画があったが、平伏の黄原に面する西側には大規模な農地が広がっている。

見渡す限りに野菜や果物などが栽培されていて、しかもそのほとんどが俺も知る世界の作物だった。


「街の外側に行けば行くほど人間が住む場所は減っていくというのは知っていたが、現地人が住む区画の他にもこんな大規模な農地があったんだな」


「そうね。初期の調査団は自給自足だったから,栽培や畜産なんかにも力を入れていたわ。他の種族と貿易が出来るようになってからも、その広大な農地で元の世界の野菜や動物を育てているみたいよ」


「なるほど、現地人にとって、俺たちの世界の作物は異世界のものだから、そりゃ価値も高いだろうしな」


「そういうことよ」


俺たちは話しながら農道を進んでいく。


「あ、もしかしてメーシィの店に置いてあったこっちの世界の食べ物もココ産か」


結局メーシィに訊くことを忘れていたことを思い出し、答えも思いつく。


「結構出回っているみたいだし、そもそも別種族が扱う野菜なんで見たことないものも多いのでしょうね。私たちも、外国のマイナーな野菜なんて知らないでしょう」


「ああ、まあな」


「メーシィ以外にも自分が取り扱っているものが異世界産と知らない人も多いんじゃないかしら」


「いや店員が把握してない得体の知れないものを客に出すなよ…」


俺は苦笑した。


「さて、そろそろ本当に街の外れみたいよ。このまま歩いて行けば着くでしょう」


農道も終わりにさしかかり、簡単な獣除けの柵を越えながらレイアが言う。


「レイアは、その平伏の黄原に行ったことあるのか?」


「見たことはあるけれど、立ち入ったことはないわね。あの光景を見てわざわざ立ち入ろうとする人間はいないと思うわね」


「どんだけ過酷なんだよ…」


「ほら、見えてきたじゃない」


レイアが指す方には、黒い雲が見える。

かなり厚い雲のようで、まるで夕方か夜のような暗さだ。


しかし、視界に困ることはなさそうだった。

その黒い雲からは、数秒に1回レベルの落雷が一斉に降り注ぎ、辺り一面を明るく照らしていた。


「これじゃ調査団が調査できないわけだよな」


遠くからは空しか見えなかったが、近づくと全貌が見えてくる。

地面には草原が広がり、木々などは見当たらない。

むき出しの岩は所々にあるが、どれも焦げているように見えた。

観察していると、どうも落雷は草原にある高いものに落ちるらしい。

いつも同じ高い岩にばかり集中して落ちて、その岩が崩れると次の高い岩に落ちる。


「だから平伏の黄原か」


ハルキが名付けた由来を理解していると、隣から急に笑い声が聞こえてきた。


「ふふふふふ」


「え、どうした急に…」


「いえ、私ともあろうものが、あの木の狙いに気づくことができなかったことが可笑しくて」


笑ってはいるが、目が笑っていない、というかどちらかといえば怒っている。


「ね、狙いって?」


「覚えているかしら。あの木は、この草原を調査するためのヒントとして、私に鉄の棒を持てと言ったのよ」


「そうだな、だからブーギーの店に買いに行ったんだ」


「まだ気づかない?こんなところで鉄の棒を持ってたらどうなるか分からない?」


妙な圧力を感じながら考えてみる。

この草原では高い物に落雷が落ちる。

あたりの岩は度重なる落雷で、大きなものでも1mあるかないかくらいの大きさだ。

だからこそ、ここを通るには平伏でもしないといけないということで…。


「あ」


分かってしまった。


「ええ、確かに転生者は落雷程度じゃあ死なないでしょうね。効率的なのは分かるし、紳弥を守るのも吝かではないわよ」


心なしかレイアの桃色の髪が逆立ってきている気がする。

雷の静電気か、立ち上る怒気のせいか。


「なんで私があんなやつに言われて愉快な避雷針にならなきゃいけないの!!」


ピシャーンとタイミング良く雷が落ちた。

なんと声をかければ良いのか分からず、おろおろしていると、彼女は深呼吸して自分を落ち着かせていた。


「…良いわ。確かに進む方法はそれしかないようだし、その方法で行きましょ」


「いや危険だろうし、無理にハルキの言うとおりにしなくてもいいんじゃないか?」


実際、彼女を避雷針にして探索するのは正直気が進まない。


「良いのよ。さっきも言ったけど紳弥を守るのは吝かではないもの。ほら、見ていなさい」


彼女は俺が持っていたハウストマックの胃袋から、買ったばかりの槍を取り出すと、上に掲げながら平原を進んでいく。

すこし進んだところで、早速レイアに落雷が落ちた。


頻繁に落ちる雷は、まるで獲物を見つけたかのように彼女の持つ棒に立て続けに襲いかかる。それこそ3秒に1回は雷が落ちている。

しかしレイアはなんともなさそうに腰に手を当てて不機嫌そうに立っていた。


「大丈夫かー!?」


さすがに心配になって声をかけると、レイアは棒を下ろしてこちらに戻ってきた。


「平気よ。例えるなら、ちょっとだけ引っ張った輪ゴムでパチンとされるくらいの刺激よ」


「そ、そうか…良かった」


しかしポニーテールが思い切り逆立っている。かなり面白い見た目だ。

笑ったら殺されるだろうから笑わないが。


「じゃあ、次は試しに2人で入ってみようか」


俺はレイアの隣で中腰になる。

レイアは俺の視線で髪の毛の惨状に気がついたのか、ポニーテールをグルリと大きなお団子にまとめていた。


「行くわよ」


おそるおそる、かつレイアから離れすぎないように俺は中腰のままついて行く。

そして、ついに雷がレイアに落ちる。


「いったぁぁああ!!」


レイアに落ちた雷は、地面を伝って少し俺に流れ込んできた。

というより、今気づいたが、足下に生えている黄色い草だが、電気を受けて帯電している。ここに生えていて無事ということはそういう性質の植物なのだろう。

などと、足下を見ていると、すぐに次の雷が落ちてくる。


「っう!」


どっかの誰かに感度3000倍にされたおかげでかなり痛い。

いや実際はもしかしたらこの身体じゃなければ感電死している可能性もあるのだろうか。


「引き返しましょう。危険だわ」


レイアはそう言って踵を返すが、俺はそれを手で制した。


「1回目よりは2回目は痛くなかった気がする…、少し続けさせてくれ」


「そう…」


それからしばらく、俺はレイアから流れてくる電撃を受け続けた。

レイアはかなり心配そうにこちらを見ていた。


そうして落雷が30回は超えただろうか、ついに声を上げずに済むくらいまで痛みに慣れてきた気がする。

というか、痛みに慣れたというより、身体が電撃に慣れてきている。再生力はこういう面でも効力を発揮するようだ。


「よ、よし、も、もうだだだ大丈夫だ」


「全然大丈夫そうに見えないけども、確かに最初の頃よりはマシになったみたいね。一度出ましょう」


俺はレイアの後ろを四つん這いでついて行き、安全圏まで離脱した。まるで犬の散歩みたいだなと思った。


「帰ったら本当にあの木の枝を何本かへし折ってやる必要があるわね」


「ははは、まあ確かに酷い目にはあったな。でもまあ、確かに俺たちにしか調査できない土地だよ」


俺は寝そべっていた身体を起こす。


「だからといって、あまりに紳弥の負担が大きすぎるわよ」


「大丈夫だ。心配してくれてありがとう」


「別に」


急に素っ気なくなるのは照れている証拠だと俺は知っている。

微笑ましく重いながら、俺は気合いを入れ直した。


「よし!いざ調査開始だ!」


そうして俺たちはレイアを避雷針にしつつ、その都度身体を軽く痙攣させつつ、平伏の黄原を探索していた。


「ふむ、岩は普通の岩みたいだけど、やっぱ草はこれ特殊だよ」


俺は数本抜いた草をレイアに見せる。


「よく見ると、葉脈に電気が留まっているように見えるわね」


「でもこれ、引っこ抜いて少し経つと帯電していた電気はなくなっちゃうみたいだ。こうなるとただの草だよ」


先ほどまでわずかに発光していた植物は、今はただ、くたびれている。


「一応持って帰ってみればいいじゃない。もしかしたら素材になるかもしれないし、食べられるかもしれないわよ」


「そだな。持って帰ろう」


俺はいくらか毟って胃袋に入れた。


屈んで進んでいるが、例の草が10cm~20cm生い茂っており、雷が当たらないように屈んでいると全然前が見えない。

だから地面に穴なんか開いていると、全く気づかない。


「うおっ!」


四つん這いで歩いていた腕が、突然着地点を失い、俺は前傾姿勢で穴に突っ込んでしまった。


「大丈夫?」


頭の上からレイアの心配する声が聞こえる。


「ああ、平気だ」


身体を起こそうとしたところで、穴の中で何かと目が合った。

目だけが輝いているが、大きさと離れ具合から考えるに、かなり大きいのではないだろうか。

それこそ2mのワニくらいの大きさに見える。しかもそれがどんどん俺に近づいてくる。


「すぐ出て行くから見逃してくれ」


「くえーーーーーー!」


俺の説得もむなしく、俺はソイツに顔面を噛みつかれた。

幸い歯はないようで、あまり痛くない。しかもそこまで口が大きいわけでもないようで、額からあごくらいまでの範囲をガジガジされるに留まっていた。


「レイアー、助けてくれ-!なんか食われてる-!」


ただでさえ頭から穴に突っ込んだせいで復帰が困難だというのに、噛みつかれてしまっては自力での復活は難しかった。


「まったく、なにをやっているのよ」


レイアのそんなくぐもった声が聞こえて、俺の身体は一気に地上に引き上げられた。

もちろん顔に噛みついているやつも一緒に地上に引き上げられた。


「なにこれ、トカゲかしら」


やっと視界が晴れた。

レイアが俺の顔面に噛みついていたやつを引きはがしてくれたようだ。

彼女に首を捕まれているものを見ると、体長1mもないトカゲのような生き物だった。

大きな目だと思った物は、トカゲのエリマキのような部分についた宝石っぽい部分で、本体は中々小ぶりだったようだ。


「かわいそうに。死んでしまったわ」


レイアが掴んでいたせいで、彼女に落ちた電撃が直に流れ込んでしまったのだろう。

トカゲは既に息絶えていた。


「むーん、ここに住んでいる生物でも、雷に強いわけじゃないんだな」


「だからこそ、穴の中に住んでいたのではないかしら。それに見て、かなり平べったい身体をしているし、これなら雷も落ちにくいのではないかしら」


「この過酷な環境で生きるための進化ってわけだ」


俺はグッタリとしたトカゲを見ながらしみじみと思った。


「私が持っているとどんどん焦げていくわ。早く胃袋にしまいましょう」


「あい」


俺はレイアからトカゲを受け取って、ハウストマックの胃袋び詰めた。

さて、闇雲に歩くのも危ないことが分かったことだし、レイアに先導してもらうことにしよう。


「レイア、なにかここから見えるか?」


「そうね、よく見てみると、さっき紳弥が落ちたような穴が何個か見えるわ」


「それもトカゲの巣なのかな。見てみよう」


そうして穴に手を突っ込んでみると、毎回トカゲが食いついた。

俺は自分の腕で釣り上げ、2、3匹さらに胃袋に詰めた。


「穴に物を入れると食いつくということは、何か獲物が穴に落ちてくるってことだよな?」


「そうね…。でも周りには生き物は見えないけど」


「もう少し探索してみよう」


そうしてしばらく歩いても、残念ながら特に目新しいものは見つからなかった。

レイアも槍を持つ腕が疲れてきたらしく、俺たちの座高より高い岩を探して、その近くで休むことにした。


「結構奥まで来てしまったし、これ以上進むと今日中に帰れなくなるな」


俺はハルキの端末に表示されている時間を見る。18時と表示されている。


「ずっと暗いから日が落ちたのに気づかなかったよ」


「そうね。少し休んだら一度帰りましょうか」


そんな話をしていると、ひときわ大きい雷が俺たちの側の岩に落ちて、岩が砕けた。


「!!」


するとレイアが急に地面に槍を突き立て、目にもとまらぬ早さで地面のあたりで何かを掴んだ。


「どうした?」


「速いし、小さかったから今までは気づかなかったけれど、今岩の中からこんなのが飛び出してきたわ」


そう言ってレイアがゆっくりと広げた手のひらには、ウニのようなものがあった。

いや、ウニなのかこれは…。

よく見ると小さな2本足が高速で動き、レイアから逃れようと藻掻いている。


「なにこれ…」


「さあ。でもあのトカゲたちはこれを食べていたのかもしれないわね」


「なるほど、俺たちは避雷針で歩いていたから、岩の中に隠れていたこいつらを見つけられなかったのか」


「試しにその辺の岩を砕いてみましょうか」


逃げようとするウニを胃袋に収納したあと、レイアは近くの大きめの岩の前に立つ。


「は!!」


一瞬レイアの肩から2本の腕が現れ、瞬間的に怪力を振るう。

すると岩が砕け、よくよく注意して見ていると何かが飛び出すのが見えた。


「よっと!」


俺はヘッドスライディングで1匹捕まえる。

それはやはり先程の走るウニだった。


「かわいいなこいつ」


頭?をつままれて必死に足をばたつかせる5cmほどのウニを俺は微笑ましく眺める。


「そうかしら。普通に気持ち悪いわよ」


そういうレイアは両手に5匹ほどをギュッとまとめて持っていた。


「よし、一旦帰るか」


俺たちは再び犬の散歩スタイルで街に帰るのだった。

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