第11話 おかえりなさい
飛行機が墜落して、私は死んだ。と思う。
人間として覚えている最期の記憶は落ちていく風景と、死を待つだけとなった乗客の悲鳴だった。
次に目を覚ましたときは、見知らぬ世界で、全員が人間ではなくなっていた。
私も、髪の色が黒から桃色に変わり、阿修羅のように腕が6本になっていた。
全員が生前の記憶を持ち、また全員が特殊な能力を持っているようだった。誰が言い出したか、転生者と自らのことを呼称するようになっていた。
最初こそ、右も左も分からない世界だということで集団で暮らしていたが、何度か獣や現地人と戦い、自分たちの能力の高さに気づいた人たちは、去っていった。
1年が経つ頃には、私と、もう一人を残して全員が新たな世界に旅立っていった。
ある日、紐に繋がれた人間が空に空いた穴から降ってきた。
彼は日本人で、飛行機の事故現場に空いた大穴からやってきたらしい。
つまり、向こうの世界からこちらの世界にやってくることは可能らしい。
紐に繋がれた彼は、異世界があることを証明するものはないかと言う。
私は特に何も思いつかなかったが、もう1人の転生者が、いつの間にか書いていたらしい自筆の小説をサイン入りで手渡した。
特に彼女は人間離れした見た目だったため、よく小説など書けたものだと感心したものだ。
宙吊りの彼は、その小説を懐に入れて、空の穴に消えていった。
その時私は初めて希望を持った。彼が迎えに来てくれるかもしれないと。
きっとその行動が大きな転機になったに違いない。
次に空に穴が空いたときは、数百人規模の人間と資機材が降ってきた。
今度は紐付きではなく、身体だけで。
彼らは調査団と名乗り、この世界に移住する覚悟で異世界を調査し、可能であれば元の世界に帰る方法を探すという。
私ともう1人の転生者は協力を惜しまないことにした。
調査団には各分野のエキスパートが所属しているようで、建築やら研究やら、凄まじい勢いで進んでいった。
それこそ、何も知らない者が見ていたとしたら、何もなかった土地に急に街が出来たようなレベルだった。
だからだろう。
現地の住人に警戒され、なんと攻め込まれてしまった。しかし私は元の世界から続く穴が開くこの土地を離れるつもりはなかった。
現地人たちの攻撃は激しく、徐々に敵の数も増えていった。
だが、もちろんこちらも一方的にやられるわけではない。銃器はある程度有効だったし、転生者が2人も味方に付いているというのがかなり大きかった。
最終的に戦争と言っても過言ではない規模に発展したその戦いは、あまり犠牲を出さずに人間側の勝利に終わった。
人間の力が認められ、今度は人間の文化を珍しがった現地人たちが拠点の周りに住み始め、商いを始めた。
ひとたび人が集まり始めれば、どんどん人が増えていく。
活気づいていく街。
だが、それに反して私は徐々に消耗していくのが分かった。
先の戦いで沢山の敵を殺し、また沢山の傷を負った。
戦いは終わったが、私は戮腕などという大層な名前が付けられ、個人的に襲われるようになった。
元々は調査団と適度に仲良くしながら暮らしていたが、昼夜問わずに襲ってくる復讐者は手段を選ばない。私は街の外れに住むようになった。
それからはただひたすらに待つだけの日々だった。
刺客を殺しては待ち、ただひたすらに待ち続けた。
次第に何を待っているのか分からなくなっていた。
そんなある日、ついに紳弥がやってきた。
色褪せてほぼモノクロになっていた私の世界は一気に鮮やかになった。
再開を喜んでいたのも束の間、やってきた彼は、人の最愛の存在の姿を利用して暗殺を得意とする、ドッペルゲンガーのような種族だった。
私を殺そうとする紳弥。
そしてその紳弥を殺した私。
きっとその日、私の心は死んだのだ。
来る日も来る日もやってくる紳弥。
最早紳弥という人間が誰かも分からない。
今日で100人目の紳弥だ。
もうこれで最後にしよう。
待つのはいい加減疲れてしまった。
今度の紳弥はいつもと違うような気もするけども、期待するのはもうやめた。
天使もいつになく本気で私を殺そうとしている。
良い機会だ。
だから私はここで死ぬーーー。
「目を覚ませぇえええええ!!!!」
全てを諦めたそのとき。最愛の幼馴染の声が聞こえた。
§
周囲の卵たちからの一斉掃射を受け、万事休すかと思ったそのときだった。
礼亜が突然腕を広げた。
レーザーは全て俺たちに当たる手前で消失し、まるで光のドームの中にいるようだった。
「見苦しい姿を見せてしまったわね」
その中心で、彼女は笑っていた。
その笑顔は俺がよく知る幼馴染の、とても魅力的な笑顔だった。
「はは、せっかく迎えに来たのに、冷たくされたから自信なくしちゃったよ」
俺は出血が止まらない足を抑えながら言う。
「ごめんなさい、長い間寝ぼけていたみたいだわ。でも、もう大丈夫。完全に目が覚めたから」
レーザー照射が終わり、周囲が再び見えるようになる。
手応えがないことに気づいていたのか、卵たちは早速次の射撃の準備をしている。
「ねえ紳弥。これから見せる姿を見ても、嫌いにならない?」
こんな時だというのに、礼亜はそんな妙なことを言う。
「大丈夫だ、ここに来るまでに色んな人たちを見たし、それにどんな見た目だろうとお前のことを嫌いになったりしないよ」
「そうよね、貴方ならそう言うわよね。分かっていたはずなのに、躊躇ってしまって」
ピシリと礼亜の顔の中心に、一本の縦線が入る。
そこからゆっくりと顔が割れ、中からおよそ人間とは思えない顔がもう一つ出てきた。
灰色の肌に、突き出した角、そして生前を思わせるような黒い髪。
「いい加減、ご退場願おうかしら!」
彼女が吠えると、卵たちは皆真っ二つに割れ、地面にグシャリと落ちていった。
「す、すげえ…」
だが空間の裂け目から次々と卵はやってくる。
礼亜は敵が出現する裂け目に6本の腕を向ける
「くっ…ぅ!」
礼亜は冷や汗を流しながら、拳を徐々に握っていった。そうすると、彼女の手のひらが閉じていくのと同時に、空間の裂け目も閉じていく。
しかし、かなりの力を使うようで、どんどん表情は苦悶に歪んでいった。
「もう少しだ!」
「はぁ!!」
最後に一気に力を込めて、無事に空間の裂け目は閉じ、卵たちの出現は止まった。
あとはまだ室内にいる数匹を倒せば良い。
かなり息が上がっている礼亜だったが、卵を睨めば、その視線に刺された卵はボトリと地面に落ちる。
「やった!!」
「はぁ…はぁ…っ、終わったわね…」
割れた彼女の顔が元に戻っていく。
「お疲れ様、ありがとう」
肩で息をしている彼女に、俺は声をかけた。
「良いのよ、かわいい幼馴染のためなら、これくらいなんてことないわ」
礼亜は汗で前髪を額に貼り付けながら笑っていた。
やっと、本当の意味で礼亜に会えたような気がしていた。
「改めて、迎えに来たよ」
「ありがとう。ずっと待っていたわ」
俺は礼亜に手を差し出し、彼女はそれを握った。
その、安心した瞬間だった。
「!?」
壁を突き破って卵が一匹こちらに突っ込んできた。
礼亜に向かっているのが分かったが、ちょうど礼亜と敵の間には俺がいて、このままでは衝突するのが目に見えていた。
回避しようにも足がない。
「くそ!」
俺が影になって、礼亜が卵の突撃に気づくのが遅れたのも悪かった。
礼亜は握っていた俺の手を離さず、その場で回転した。
遠心力で身体が浮くが、そこは問題ではない。
「礼亜!」
彼女は俺を逃がすために、時間を使ってしまったため、彼女自身が回避することができなかった。もちろん、かなり疲労していたのも大きい。
卵はそのまま猛スピードで礼亜に衝突…せずにすり抜けていった。
礼亜を通過していった卵は、青く発光しながら新しく出来た空間の裂け目に消え、すぐにその裂け目は閉じてしまう。
無事…なのか?
俺は礼亜になんとか這い寄ると、彼女の様子を確認した。
彼女自身、何が起きたか分かっていないようだったが、俺はその見た目の変化にすぐに気がついた。
「礼亜、腕が…2本しかない…」
2本しかないというのもおかしな話ではあるが、彼女は転生してから6本の腕が生えていたはずだ。
「あっ…」
彼女が小さく声を漏らすと、白く広大だった空間が消えていく。
「おぉ!?大丈夫なのかこれ!」
まるで崩れていくように感じたが、礼亜は落ち着いていた。
「大丈夫よ。私は能力でこの部屋を作っていただけだから。それが解除されただけ」
確かに、少し落ち着くと、風景は、ボロボロの木造建築になっていた。
礼亜の家は外から見たらボロボロで、中に入れば白い空間というかたちだったが、本来は中もボロボロだったということか。
「なんというか、身体は大丈夫か?」
俺はそう訊ねる。
「ええ、怪我はないわ。というか、それを言うなら貴方ね」
「おう?」
片足しかないため、うまく立てない俺を指して礼亜が大きな声で怒鳴る。
「ただの人間が無茶しちゃダメでしょう!足だってこんな…これじゃあ、もう二度と歩けないじゃない!!」
「いやだって…あぁしなければ多分お前死んでたし…」
「私は転生者よ、そう簡単には死なないわ!!」
「いやあのときは実際…」
「なに!?」
「なんでもないです…」
礼亜は心配そうに先がなくなってしまった俺の左足を覗き込む。
「責任を取って私が一生面倒を見るからね…」
呟く礼亜に、俺は軽く言った。
「大丈夫、多分時間が経てば治るよ」
「人間の足がそんなトカゲみたいに生え変わるわけないでしょう!」
安心させようとしたつもりだったが、逆に怒らせてしまったようだ。
でもまぁ、多分治る…と思う。
実際、痛みはかなり少なくなってきており、出血も止まっている。
副作用は大きかったが、ヒナミのおかげで得た再生力はかなり心強い。感謝はしたくないが。
「何はともあれ、おかえり、礼亜」
「別に帰ってきてはないわよ」
まだ少し怒っているのか、ツンとした返事が帰ってくる。
「いいや、姿形は変わってしまったけど、心は変わってない。だから、おかえり」
再会したときの礼亜はまさしく別人のようだった。
今はまさしく、俺と十数年間一緒にいた彼女だ。
先程は邪魔が入ったが、今度こそ大丈夫だ。
彼女も俺の意図を察したらしく、小さくため息をついてから返事をしてくれる。
「ただいま、紳弥」
「おう。一緒に元の世界に帰ろうな」
俺がそう言うと、彼女は一瞬微妙な顔をしたが、俺の手を取って立ち上がらせてくれた。
「とりあえずは絶対安静よ、貴方」
「分かった分かった。一晩寝れば治るから」
「だからそんなわけないでしょう」
こうやって再び軽口を言い合えるのも、5年前には考えられなかった。
死んでしまった幼馴染に、また会えるなんて思ってもみなかった。
だから俺はその安心感に身を委ね、ゆっくりと意識を失っていった。
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