第10話 記憶の世界

目を覚ますと、そこは元の世界だった。

しかし、帰ってきたわけではないようだった。

なぜなら目の前には俺がいる。

俺が俺を見ているという異様な感覚だが、そこに礼亜の声が響く。


「貴方の過去を見せてもらっているわ。もし貴方が私の待ち人なのであれば、きっと私の心を動かすなにかがあるはず」


そう言われて見てみれば、俺はパソコンの向かって何かをしている。

あれは…通信教育だ。

そうか、今見せられているのは、穴の調査をするために公務員になろうと勉強している風景か。

一心不乱に知識を詰め込み、少し仮眠してはまた勉強を続けている。


「次」


そして場面は変わり、今度は運動をしている様子が見える。

勉強を終え、深夜に就寝後、早朝に起きては重りを持ってランニングを行う。

家に帰ってからは筋トレを行い、クールダウンをしてからまた勉強を始めた。


「この頃はやっとお前に会うための手がかりが見つかって、がむしゃらだったんだよ」


我ながらかなりのハードワークだったと思う。

結局は公務員になる必要はなくなり、努力は無駄にはなったが、このとき鍛えた身体は間違いなくこの世界で役に立っている。


「昔は運動なんてしなかったくせに」


礼亜がそう呟くのが聞こえた。

やはり記憶はあるのだろうか。それとも、無意識に出た言葉なのか。

ハルキから、拠点建築のときの戦いに尽力してくれたことは聞いている。もしかしたら、俺が来るために環境を整えてくれたのかも、なんて自惚れてしまう。

それに、先程の様子を見ると、日常的に命を狙われていたようだし、中には精神的な揺さぶりをかけてくるようなやつもいただろう。

そんなことの連続で疲れてしまったのだろうか。


場面は変わり、今度は調査機関での訓練の様子が映される。

何度も教官に殴られ、さらにサバイバル訓練で山の中にGPSを付けて放置され、かなり過酷な訓練をしている。

画面の中の俺は、山中で食べるものもなく、辺りにある植物を口に入れては吐き出していた。


「普通は基礎知識とか学んでから実践だよな。ここの訓練ではいきなりコレだったんだぜ」


正直死ぬかと思ったが、客観的に振り返ってみると、それも思い出という感じで悪くないように思えてしまう。


「日本にこんな機関があったのね」


「それは俺も思った。誘拐されたし、こんなの拷問だし、完全に非合法の秘密組織だよな」


さらに風景は流れ、次は古城が映し出される。

ベットから目覚めた俺は、キョロキョロと辺りを見回している。


「逃げろ俺!今すぐ逃げないと酷い目に会うぞ!!」


過去の追体験に過ぎないため、当然眼の前の俺には聞こえないが、思わず叫んでいた。

そこからは想像のとおり、ヒナミからかなり痛いことをされている。


「痛覚の鋭敏化…?」


ヒナミの説明を聞いた礼亜が復唱する。


「そうなんだよ、今の俺は少しの痛みもかなり痛く感じる。例えば、タンスの角に足の小指ぶつけたら気絶するんじゃないか?」


少し笑いながら、軽い感じで説明をする。

俺と礼亜はこういう気安い関係だったんだぞ、とアピールするように。


「それなのにあんなことをしたの?」


眼の前の俺は自らの親指を引きちぎって古城からの脱出を図っていた。


「そうだな。どうしてもお前に会いたくて。このままここに監禁されてたら会えそうになかったから」


正直気を失うレベルの痛みだったが、気合で耐えた。


「どうしてそこまでして、私に会いに来てくれたの?」


礼亜の姿は見えないが、その言葉には先程まで見えなかった感情が混ざっているように感じた。

俺の記憶を見ることで、感情を取り戻しつつある。そう期待して、俺は答えようとした。


「それは………」


そこでブツンと急に風景が消えた。

目の前が真っ暗になり、そのあとは急に真っ白い光が視界に突き刺さる。


「んん…?ここは礼亜の家の中か…?」


何回か瞬きすると、そこは記憶の世界に入る前の礼亜の家の中だった。

なぜ急に元の風景に戻ったのか、訊ねようとしたところで、俺は部屋の異常に気づいた。


「何か…いる…?」


さっきまで俺たちしかいなかった室内には、なにかの気配を感じる。よく目を凝らしてみると、空中にノイズのようなものが走っていた。

礼亜は変わらず、宙に浮かんていたが、その視線は少し厳しく、映像が中断されたのはそれらが原因であることが察せられた。


「礼亜、あれは」


何か。と言う前に、ノイズが広がり、パックリと空間が裂けた。

裂け目からは次々と見たことのない、機械のような生物のようなものが現れた。

肉感のあるピンク色のゆで卵の中心に、軸のように金属の針が刺さり、頭の上には白い輪が浮かんでいる、

そんな1メートルほどの不気味な卵が20個ほどは室内に浮いている。

それらは発光したかと思うと、レーザー光線のようなものを発射した。


「うぉっ!!」


かなりの衝撃があるようで、俺は立っていることも難しくなる。

どうやらレーザーは礼亜を狙っているらしい。

次々と放たれる光線は一瞬で礼亜を見えなくした。


「礼亜ァ!!!」


「無駄よ」


礼亜がやられてしまったかと焦ったが、彼女はまるでなんともなかったかのように光を突破し、そのまま不気味な卵を殴りつけた。

凄まじい勢いで吹き飛んだ卵は、壁にぶつかり、ビシャリと壁に大きな染みを作った。


「よし、俺も!」


俺は剣を抜いて、一番近くに浮いていた卵に斬りかかる。

すると、ぷるぷるとしている見た目に反して、まるで金属でも斬ったかのような硬い音が鳴った。


「ホントになまくらなんじゃないのかこの剣!!」


弾かれた俺は反撃を警戒して距離を取るが、卵は俺に目もくれず、ひたすら礼亜を攻撃していた。

礼亜は次々と卵を壊していくが、次々と空間の裂け目から現れる。

それこそ無限であるかのように、次々と現れる。

そして、出現するたびに礼亜が殴り、握りつぶしていった。


「すごい…これが転生者…」


俺は改めて礼亜の無敵ぶりに目を奪われた。

どれだけレーザーを打ち込まれようとも、無傷で相手だけを倒していく。

得体の知れない相手だったが、このままであれば負けることはないように思えた。


「………」


しばらく一方的な戦いが続いたとき、礼亜がこちらをチラリと見た気がした。

かなりの数を倒しているはずだが、部屋の中に浮いているピンクの卵たちは数を減らしているように見えない。


「もう」


礼亜が急に地面に降り立つ。


「もう、疲れてしまったわ」


そう言って彼女は両手をぶらんと下ろした。

疲れてしまったのだろうか。いや、そうは見えなかったが。

卵たちはしばしその様子を見ていたが、一瞬の硬直の後、再び一斉にレーザーを放った。


あれはマズい。

今までだって無防備な状態で攻撃を受けても無傷だった彼女だったが、なぜか俺には危うく見えた。

最後の一言、疲れたと言ったそのときの彼女の目は、本当に全てを諦めてしまったような目だった。


「やめろぉぉおおおおお!!!」


咄嗟に地面を蹴った俺は、礼亜に飛びかかり、レーザーの着地点からなんとか逃がすことに成功した。


「なにを勝手に諦めてるんだ!もう少しで色々思い出すところだっただろうが!!」


俺は礼亜の肩を掴んで全力で叫んだ。

そうしなければ、庇ったときに吹き飛んだ片足の痛みで気絶してしまいそうだったからだ。


「お前が転生してから何があったか知らないが、せっかく会えたのに勝手に死のうとするなッ!!」


「貴方は…」


礼亜が驚いたように俺を見る。

何か言おうとしたようだが、卵たちの一斉掃射が再び襲いかかった。


「クソ!!」


俺は残った片足でなんとか踏ん張り、わずかに着弾点から避けることができた。

しかし、着弾と同時に起こる爆発が俺たちを吹き飛ばす。

正直満身創痍だった。次に撃たれれば確実に死ぬと思った。


「なんで貴方はそこまで私に執着するの?」


なぜ、なぜか。

俺はなぜこの5年間こんなに必死になっているのだろう。

唯一の家族のような存在だった幼馴染にまた会いたかったから?

それとも礼亜の父親に頼まれたから?

どちらも間違いではない。


だが、一番の理由。俺がここまで来れた、頑張れた理由は。


「お前が迎えに来てほしいって言ったからだ!!」


礼亜が死ぬ前にした何気ない約束のためだった。


「だから俺は、お前に、死んでしまった幼馴染に逢うまでは!諦めないんだ!!」


卵たちに光が集まっているのが見えた。

あれが発射されれば俺たちは死ぬ。

せめて俺は、礼亜を力いっぱい抱きしめる。


「目を覚ませぇえええええ!!!!」

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