第2章 過酷な地で暮らす者たち

第12話 これからのこと

目が覚めると、ボロボロの天井…というか、穴が開いている天井から空が見えた。

礼亜の家に来たのは午後だったはずだからこの空の青さを見るに、半日以上寝ていたということになる。


この世界に来てから、いつも気絶している気がする。まあ、3回のうち2回は同一人物の仕業だが。

しかし、足を確認すると、しっかりと再生していた。

先程思い浮かべた黒髪の少女が頭の中で微笑みながら手を振っている。だが感謝はしない。


「驚いたわよ。本当に、にょきにょき足が生えてくるんだから。いつから人間やめたの」


「いやあ…ちょっと女子校生に酷い目に遭わされて」


「ふーん」


なにやら不機嫌そうになられたので、俺は気絶する前の話をすることにした。


「ところでさっきの連中はなんだったんだ?」


ピンク色で、出来の悪い3Dモデルのようにぷるぷるしていたあの卵。残念ながら俺では太刀打ち出来ず、礼亜のおかげで危機が去ったものだ。


「あれは天使と呼ばれている存在よ。なぜか転生者を狙ってくるわ」


彼女は桃色の髪を束ね直しながら答えた。

天使とは似ても似つかない見た目だったと思い出してみると、そういえば確かに頭の上に輪っかはあったと思う。


「礼亜も何回か襲われているのか?」


「そうね。今回みたいに大群で来たことはなかったけれど、ときたまあったわ。別に取るに足らない存在だったんだけど…」


礼亜はちらりと自分の肩を見た。

こちらの世界では戮腕と呼ばれ、6本の腕をもって猛威を振っていたらしい彼女。実際に一瞬だがその恐ろしさを目の当たりにすることができた。

だが、今の彼女には腕が2本しかない。

ヒナミではないのだ。簡単に生えてくる代物でもないだろう。


「全能の能力にもやっぱり影響出るのか?」


「ええ、そうね。おそらく満足に使えないわ。効力は格段に落ちるし、持続力もごく短時間になるでしょうね」


かなり強力な能力だったのは身をもって体感している、

あれが使えなくなってしまったのであれば、今後天使が襲ってきたら危険だろう。

もちろん俺が礼亜を守りたいが、残念ながら弱体化したとしても彼女の方が強いだろう。

それに彼女が能力を失ったのだって俺を守ろうとしたせいだ。

俺はもっと強くならなければならない。


「2つ、紳弥に謝らなければならないことがあるわ」


「ん?」


考え込んでいた俺はふいに礼亜に声をかけられて、意識を彼女に向けた。


「1つ目。私の能力は全能ではないわ。それは周りを欺く嘘よ」


「え?」


「私の能力は幻覚。幻を見せたり暗示をかけたりできるというものよ」


「そうなのか!?でも天使たちを全滅させた最後の攻撃とか、襲撃者の死体を消したりとかは幻覚では説明が付かないだろ」


「強いの幻覚は世界も惑わすの。有幻覚って聞いたことないかしら」


スケールが違い過ぎて俺は何も言うことができなくなってしまった。

いや、よくよく考えればあらゆる知識を持つハルキの全知だってすごいのだが、あっちは見た目のインパクトがない分控えめに見える。


「でもそれはもう使えなくなったわ。簡単な幻覚くらいなら見せることはできるでしょうけど、それも短時間。有幻覚なんて不可能ね」


やはり失ってしまった腕の代償は大きいのだろう。


「本当にごめん。俺のせいで…」


「2つ目!能力を失ったのは紳弥のせいじゃないわ」


俺の謝罪を遮るように彼女は言った。


「貴方と会うために沢山力を振るったわ。それこそ戮腕なんて言われてしまうほどに。でも、貴方とまた出会えて、無意識下で私は異形としてではなく、一人の人間として一緒にいたいと思ってしまったのかもしれない」


無理なのは分かっているけどね。続けてと小さく呟いた。

転生したことで目や髪の色は変わり、姿形も異形になってしまった彼女。

俺はそのままの姿なのに、自分だけそうなってしまった彼女の気持ちは俺には分からないし、察することも難しい。


「ただ、それは間違いだと気づいたわ。本来なら天使なんて瞬殺できたのに、そんなことで能力の行使をためらった結果、紳弥を危険にさらして、力さえも奪われてしまった」


彼女が俺に近づき、能力を行使する、

うっすらと3、4本目の腕が肩口から生えているのが見えて、そしてその数秒後に消えてしまった。


「紳弥は私の見た目が変わって、神様みたいな力が使えるくらいじゃ私を見る目を変えないわ。だって、生きているか分からない幼馴染みのために5年間も努力して、こんな世界に来てしまうくらい私のことが好きなんだもの、ね?」


「まあな。俺はお前が大好きだよ」


「ふふ、知っているわ」


しばらく見つめ合った俺たちは、どちらともなく笑い出した。

笑い声が天使の襲撃によりぼろぼろになった礼亜の住処に響き渡る。


「だから私はレイアなの。礼亜ではなくて、レイア」


「なるほどな。分かった、気をつけるよ」


つまり、やはり礼亜は飛行機事故で死んでしまったということだ。今ここにいるのは転生者のレイアで、ありのままの彼女を受け入れようと思う。


「ま、貴方は私に会う前にちょっと浮気してきたみたいだけれど」


急に膨れたレイアがそっぽを向く。

なんのことか分からない俺は謝ることもできずにただ困惑するしかない。

そんな様子に気づいた彼女が指をさして教えてくれた。


「まずその骸具。その端末、あの木のでしょう。そしてその身体。どこの誰とも知らない女にマーキングされてしまって」


「いや浮気だなんて!しかも後者については死にもの狂いで逃げてきたんだからな!?」


「ふふ、大丈夫、知ってるわ。少しからかっただけよ」


「全く、勘弁してくれよ」


レイアと他愛もないやりとりをしている。

多少見た目が変わって、生まれ変わって、すごく強くなったとしても、この女の子は俺とずっと一緒にいてくれたあの幼馴染みなのだと実感した。

今更なにか思うところなどなにもない。

俺は感傷に浸りながら、考えていたことをレイアに話す。


「俺はこの世界にはレイアに会うためだけにやってきた。そして、その願いは叶えることができた」


「ええ、そうね」


「このあとの目標について考えていたんだ」


「聞きましょう」


レイアは真面目に話を聞くように、佇まいを正した。

そんな彼女に向けて、俺は指を2本立てながら話す。


「転生者に会う。骸具を集める。この2つを今後の目標にしようと思う」


「理由を聞いてもいいかしら」


「まず一つ目からだ。転生者については、いつか俺は元の世界に帰したいと思ってる。俺がレイアに会いたかったのと同じく、きっと待っている人がいるはずだと思って。さらに、転生者を追っていれば天使と遭遇する機会も増えるだろ?そうすれば、レイアの力を奪った天使を見つけることの近道になるはずだ」


俺が言うと、レイアは考える。


「そうね…。私としては他の転生者はどうでも良いのだけれど、確かにこのまま泣き寝入りは嫌よね?」


そう言ったレイアは不敵な笑みを浮かべていた。

先ほど自分の異形について引け目を感じていた少女はもういない。

取られたものは取り返す。負けず嫌いの彼女であれば賛成してくれると思った。


「そして骸具に関してだが、2つの理由がある」


「ええ」


「俺はとても弱くて、現地人には負けるし、天使の1匹ですら倒せない。だからと言っていつまでもレイアに守られているつもりもない。この世界にはいろんな種族がいて、強力な獣も多くいる。人間の俺が強くなるためには装備を整えるしかないかなと」


強力な力を持つものの身体の一部を加工して作られる骸具。当然集めるのは大変だが、その価値はある。

特にこの世界は非常にハードだ。元の世界のように人間がヒエラルキーのトップにいるわけではなく、むしろ底辺といっても良いくらいだ。そんな人間が世界を旅するならばどうしても力が必要になる。


「そうね。いつも私が守ってあげられるわけではないだろうし、それがいいと思うわ。それで、骸具を集めるもう一つの理由は?」


「レイアの父親との約束を果たすためだ」


機関に拉致されてから会うことはできなかったし、連絡も取れなかったが、彼がいなければ俺は間違いなくここまでたどり着けなかった。そんな彼との約束を反故にできるはずがない。


「レイアを連れて帰ると約束したんだ。そのために骸具を集める。この世界はまだまだ解明されていないし、もしかしたら世界を超える力を持つ骸具だって手に入れることができるかもしれない」


きっと、ゲートを逆行する方法を見つけるよりもこちらの方が可能性は高いと思った。


「お父さん…」


レイアも父親に会いたいはずだ。

彼女は一言呟いて、故郷に思いをはせているようだった。


そしてこれが本題だ。断られることはないと俺は自惚れているが、念のため確認しておかなければならない。

きっとこれからの道のりは長くなるだろう。なんてったって世界を超えるなんて元の世界では考えられなかった、物語のようなことを叶えるのだ。それはこのファンタジーのような異世界でも変わらない。

だって、もし簡単に異世界に渡る手段があるのなら、地球に異世界人が現れてもおかしくないのだから。残念ながら俺は地球で異世界人を見たことはなかった。


それに、こっちの世界には様々な危険が潜んでいる。レイアが弱体化してしまった今、彼女の安全は盤石じゃない。

俺につきあって冒険をして、命を落としてしまうことだって大いにあり得る。


それでも俺はレイアと一緒にいたい。

自分のわがままを押しつけてしまうことになる。

だから俺はこう聞くのだ


「レイア。これから俺と一緒にきてくれるか?」


すると、その問いを予想していたかのようにレイアは即答した。


「むしろもう離さない。それこそ死別したって追いかけるから」


彼女は俺の手を握って、笑ったのだった。


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