意識の芽生え [side 沙織]

[side 沙織]


(うぅ……眠い……)


 私はあくびを噛み殺しながら、仕事をしていた。その理由は、昨日の夜遅くまで星野さんとメッセージのやりとりをしていたからだ。


(……でも星野さん、私のことをたくさん聞いてきてくれてたし……)


 私は微笑みを浮かべた。


(私も星野さんについて色々聞いたけど……)



 私は彼のことをたくさん知った。……でも、まだ知らないこともある。


(星野さんは、どういう女性が好みなのかしら……)


 私はどうしても気になっていた。彼は優しいけど、あまり自分からは話さないタイプに見えるのだ。

 もちろん話せばちゃんと応えてくれるし、冗談を言ったりするところもあるけど……。それでも少し遠慮しているように感じるときもある。それが気になって仕方がない。



(どうしてこんなに、彼のことが気になるのかしら……?)


 私は首を傾げた。するとそこで、同僚に声をかけられた。


「姫井さん、なに変な顔してるんですかぁ?」


「えっ!?私、そんな顔をしていましたか?」


 私は慌てて表情を戻した。……どうも最近、感情のコントロールができない気がする。


「はい。まるで恋をしてるような顔をしていましたよぉ」


「ええ!?」


 私は驚いて声を上げた。……まさか、そんなはずはないと思うんだけど……。仕事一筋だった私が、男性に興味を持つなんて……。


「そっかぁ……。姫井さん、ついに好きな人が出来たんですねぇ」


「ち、違いますよ!」


 私は必死に否定した。……だけど、彼女はニヤリと笑う。


「まあまあ、隠さなくてもいいじゃないですかぁ。……それで、どんな人なんですか?」


(どんな人って……。星野さんは、ただの知り合いで……)



 ただの知り合い。……いや、それは違う気がする。


(でも、星野さんともっと話したいと思っているのは確かね)


「うーん……。そうですねぇ……」


 私がそう言うと、彼女が身を乗り出してくる。


「ほほう……。やっぱりいるんじゃないですか!」


「う……」


(しまった……。つい口が滑ってしまったわ……)


 彼女は興味津々といった様子で、こちらを見つめてくる。その視線が痛くてたまらない。


「で、誰ですか? 会社の人ですか? それとも他の会社の人ですか? 同業者ですか? まさか芸能人とか……」


「ちょ、ちょっと待って……」


 私は混乱しつつ、彼女の肩を掴んで止めた。


「……もう!今は仕事中でしょう?私のことはいいから、真面目にやりなさい」


「はぁ~い……」


 私は彼女を叱った。……まったく、困ったものね。



(……でも、この気持ちはやっぱり恋なのかしら?)


 私はそんなことを考えた。


(星野さんは、とても優しくて誠実で……。何か、他の男性とは違ったものを感じるのよね……)



「……い!……おい!……聞いてるか、姫井」


「ひゃい!……あっ」


 私はハッとして声のした方を向いた。……そこには部長の姿があった。


「お前、今ボーッとしていたが大丈夫なのか?」


「す、すみません!」


 私は謝ったが、内心では焦っていた。


(まずいわ……。完全に仕事に集中してなかった……)


 すると、隣にいた同僚がクスクス笑い始めた。


「姫井さん、しっかりしてくださいよぉ」


 彼女はそう言って、自分の席に戻っていった。


(もう……あなたが変なこと聞いてくるからじゃない……!)


 私は同僚の背中を見ながらため息をつくと、目の前の書類に再び目を落とした。



(集中しないとダメよ!)


 ……しかしそれからしばらく経っても、なぜか意識が彼に向かってしまう。



(うぅ……昼休み、どんな顔して会いに行けば良いのよ……)


 私は頭を抱えた。


 ……結局、星野さんにどんな態度で接すれば良いのかわからないまま、時間だけが過ぎていった。



 そして、その後はほとんど作業にならなかったのだった―――。

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