変化と進展 [side 沙織]

[side 沙織]


 星野さんと初めて出会ってから、私は毎日『セボン』に行くのが楽しみになっていた。

 彼のことは、名前くらいしか知らない。でも、彼との会話はとても楽しかった。


(星野さん……。良い人よね……)


 私は心の中で呟く。


 彼は、私のことを『姫井さん』と呼ぶ。私としては、下の名前で呼んでほしいと思っているけど、なかなか言い出せないでいる。


(……私、こんな性格だったかしら?)


 私は苦笑いを浮かべた。


 私は今まで、男性と付き合ったことがなかった。もちろん、恋をしたこともない。

 ……でも、星野さんには惹かれてしまう。


(……もしかしたら私、星野さんのことを……)


 そこまで考えて、私は首を横に振った。


(いや、それはないわね。私みたいな可愛げのない女なんて、誰も相手にしないでしょうし……)


 私は自分に自信がないのだ。……星野さんみたいに、優しくて誠実な男性が相手だと特にそう感じる。


(……星野さんは、どんな女性がタイプなのかしら?)


 ふと思ったけど、聞けないでいた。



 その日の昼休み。私はいつものように『セボン』へ向かった。

 店内に入ると、そこには星野さんの姿があった。


「こんにちは」


「こ、こんにちは」


 彼はぎこちなく挨拶を返した。


「また会いましたね」


 私が微笑みかけると、彼は恥ずかしそうにして目を逸らす。


「そ、そうですね」


「……どうかされましたか?」


「いえ、なんでもありません」


「……?」


 私は不思議そうに見つめたけど、気にしないことにした。


(……それよりも、お弁当を選ばないと)


 私がお弁当を選ぶ間、星野さんはずっとこちらを見つめてくる。……気になるけど、今は我慢しよう。


(……よし! これにしよう!)


 お弁当を決めた私は、レジの方へ向かう。

 会計を済ませて帰ろうとした時、彼が声をかけてきた。



「……あの、姫井さん!」


「どうかされましたか?」


 私は振り返った。


(何かあったのかしら? もしかして、お財布を落としたとか……?)


 私は不安になりながら、彼を見た。



「あ、あの……。連絡先を、交換しませんか……?」


(え!?)


 私は驚いた。……まさか、こんなことを言われるなんて思ってもいなかった。


(ど、どうしよう……)


 私は、こんな風に言われたのは初めてだ。だから、なんて答えればいいかわからない。

 私が黙っていると、彼が慌て始めた。


「あ、すみません……。急に連絡先を交換したいなんて言われても困りますよね……。忘れてください」


 そう言って去ろうとする彼を、私は呼び止めた。


「あっ、あの!」


「はい?」


「……その、連絡先を交換するのは構わないんですが……どうしてですか?」



 そう聞くと、星野さんが驚いたような顔をして、それから少し照れくさそうにしながら話してくれた。


「……実は俺、あなたともっと話がしたいと思っていたんですよ」


「そうなんですか……」


(……嬉しい)


 そう思いながらも、口では平静を装う。


「でも、どうしてですか? 私たち、名前しか知り合っていませんでしたし……」


 そう言うと、星野さんが真剣な眼差しを向けてきた。その視線はまっすぐで、思わずドキッとしてしまう。


「実は俺……あなたと会うまで、女性とまともに話したことが無かったんです。でも、あなたと話しているうちに、女性と話す楽しさを知ったというか……。それで、もっと話したいなぁって……」


(そんなこと……)



 そんなこと言わないで欲しい。勘違いしてしまいそうになる。


「だから、連絡先を交換すれば、もっとたくさんあなたと会えるかなぁって……」


「……そうなんですね」


(やっぱり、優しい人だなぁ……)


「……ダメでしょうか?」


 不安そうに聞いてくる彼に、私は笑顔を向けた。


「いいえ。そんなことないですよ。むしろ、とても嬉しく感じています。……連絡先、交換してくれますか?」


「はい!」


 こうして私たちは、お互い連絡先を交換した。


「……ありがとうございます」


「いいえ。こちらこそ」



 そして、連絡先を交換し終えた後、私たちは別れたのだった―――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る