出会いと自覚 [side 文彦]

[side 文彦]


 俺の名前は『星野文彦ほしのふみひこ』。しがないサラリーマンだ。


 ……いや、そうじゃないな。


 俺は『彦星』の生まれ変わりらしい。あの、七夕の伝説の彦星だ。

 自分でも信じていないが、そういうことになっているようだ。……まぁ、仕事人間なところは似ているかもしれないが。


 そんな俺は最近、1人の女性と出会ったんだ。


 彼女の名前は『姫井沙織ひめいさおり』さん。おそらく、俺と同じ20代後半だと思う。

 彼女とは、会社の近くのコンビニ『セボン-セブン』で出会ったのだが……。


 ……実はあれ以来、毎日のように会っている。


 昼休み、俺は『セボン』に行き、姫井さんが来ているかどうか確認する。

 彼女はいつもそこにいて、楽しく話してくれる。彼女と話している時間は、とても楽しかった。

 ……だが同時に、不安もあった。


(……このままじゃ、いけない気がする)


 なぜなら、俺たちは名前しか知らないからだ。

 会社の同僚ならまだしも、それ以外の女性と仲良くなるというのは、あまり良くないことのような気がする。


(でも、どうすればいいんだ? 連絡先を交換しようって言うべきなのか……?)


 そう考えているうちに、昼休みは終わってしまう。結局、何も言えずじまいだ。



「はぁ……」


 仕事を終えた帰り道、俺はため息をついてとぼとぼ歩いていた。


(姫井さん……。やっぱり素敵な人だよなぁ……)


 俺の周りの女性たちは、なんというか……少し苦手だ。彼女たちは、自分のことばかり話すから……。

 その点、姫井さんは違った。ちゃんと相手のことも考えてくれる。だから会話していて楽しい。


 それにしても……なぜだろう。なぜか、彼女が気になってしまう。もっといろんな話をしたいと思うんだ。


 しかし、彼女に話しかけるのは勇気がいる。だって……いきなり連絡先を聞いたりしたら変に思われるんじゃないか? いや、確実にそう思うはずだ。


(そもそも、どうして俺はこんなにも悩んでいるんだろうか?)


 これまで、俺は女性にモテたことがない。だから恋愛経験もない。

 ……恋愛経験ゼロの男にとって、こういうことはすごく難しい問題なのだ。


(……とりあえず、今日はもう帰ろう)


 そして俺は家路についた。



 次の日。

 今日もまた、昼休みにコンビニへ行こうと思い、立ち上がろうとした時だった。


「よぉ、 星野」


 同僚が声をかけてきた。


「……なんだよ?」


 俺が聞くと、同僚がニヤリと笑った。


「お前、また例のコンビニに行くつもりか?」


「……っ!」


(気づかれてたのか!?)


 ……俺は焦った。まさか同僚にバレていたとは思わなかった。


「……だったらなんだっていうんだ?」


 すると同僚は、さらに笑みを深めて言った。


「……お前、あのコンビニで働いてる女の子でも、好きになったか?」


「……は?」


 一瞬、何を言っているのかわからなかった。


「お前って、仕事ばっかりで女に興味ないと思ってたんだが……意外とやるじゃん」


「いや、ちょっと待ってくれ! 何の話をしているんだ?」


 すると、同僚の表情が変わった。


「おいおい、とぼけるなって。お前、惚れた女でもできたんじゃねぇの?」


(……え? どういうことだ……?)


 俺は混乱していた。


「いや、別にそういうわけじゃないんだけど……」


 すると、同僚は呆れたように言った。


「はぁ……。お前ってホントに仕事バカだな。……ま、頑張れよ」


「……あ、ああ」


 そして彼は去っていった。



「……」


 俺はしばらく動けずにいた。


(俺が好きになったのは、コンビニの店員じゃなくて、姫井さんのほうだけど……)


 そう思った瞬間、俺はハッとした。



(俺、姫井さんのこと好きなのか!?)


 自覚した途端、顔に熱が集まってくるのを感じた。


(マジか……俺、姫井さんに恋してるのか……)


 正直、信じられない気持ちでいっぱいだったが、それと同時に納得している自分もいるのであった―――。

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