第14話【価値】


 何でだよ……


 これじゃ報われないだろ……


「なんとか……言えよっ! 青猫っ!」







 時は前日、夜に遡る。


 永遠の半月に囚われた青猫とその先を見るべく共に歩み、気付けば季節は冬になった。

 猫は寒がりだ。青猫は布団の中で僕にすり寄ってくる、——冷たい身体をあたためるようにすり寄ってくるわけで。

 正直寒いけれど、そんな彼女を僕は大事に抱きしめた。小さくなった青猫は僕の胸で、——そう広くはない胸の中で寝息をたて始めた。

 青い癖のある髪からは僕と同じ洗髪剤の香りがする。拘りがあるわけでもなく、なんとなく使っている洗髪剤の香りでも、青猫の髪から漂うと心地よい香りへと変わる。

 不思議な感覚。これが人を、もといロボットだけれども、それはこの際横において——ヒトを好きになるということなのだろう。


「……明日、僕が生き延びれば」


 青猫を救ってやれる。

 彼女は今、どんな気持ちで僕の胸に沈むのか。それを僕が知る術はないけれど、僕が僕であって僕でないとしても、僕にしか出来ないことがある。





 翌朝、——その日がやってきた。

「おっはよ〜」と、いつも通りの青猫に僕も、おはよう、と返す。平和な日常。

 世間がクリスマスムードに染まる中、普通なら嬉々として二人出かけるであろうカップルな僕たちは、残念ながら普通ではないわけで。


 しかし楽しみ方はそれぞれである。




「今日はまったりゲーム三昧だな」

「ピザ! お寿司! お菓子! カップ麺! お酒!」

「青猫、お酒なんて飲めたの?」

「今日は恋人の日だぞ? お酒を飲まずして恋人を語るなんて、君はどうかしてるよ」

「どうかしてるのはそっちだろ……まぁ、たまにはハメを外すのもありか。真っ昼間っから」


 プシュ! と良い音が鼓膜を揺らす。


「飲むってのも! 乾杯」

「かんぱ〜い!」


 昼飲みというのは実に気分がいい。貴重な一日を使い込んでダラダラと過ごす、これほど贅沢な一日の使い方はないだろう。

 宅配ピザや寿司をあてに、気前よく進むアルコール。次第に青猫は舌ったらずな話し方になる。ロボットのくせに酔っ払っているのだろうか。どんどん距離が近くなっていく。


「これで青猫を抱けたなら、どんなに幸せだろうか」

「むふふふ、ムラムラしているのかい? この美しいボディに」

「僕だって男、だからな」

「だったら、ボクをニンゲンにしたらいいんじゃない? それなら、好きなだけヤれるよ?」

「……でも、人間になるってことは、悪魔みたいに長生き出来ないし、ロボットみたいに永遠じゃないんだぞ」

「それでもいい……ううん、その方がいい。だって、」


 君のいない世界なんて、生きる価値ないから


 そう言って僕を見つめる彼女があまりにも愛おしくて、僕は願った。

 そして僕たちは、一つになった。





 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 外は暗くなっている。時計を見ると午後六時をさしていた。部屋はいい感じに散らかっていて、そこに青猫の姿はない。


 小さなローテーブルの上には置き手紙。

 青猫の字だ。相変わらずきたない字だ。


 そこには、買い出しに行ってくるね、とだけ記されていた。

 僕は部屋を片付けながら彼女の帰りを待つことにした。彼女との約束を守るためだ。


 しかし一時間経過しても青猫は帰らない。

 青猫の知っているスーパーは一つしかない。僕は上着を着て部屋を後にした。





 そして僕は見た。


 いつもの交差点で彼女を見た。


 変わり果てた青猫の姿を、見た。





 群がる野次馬、電柱にめり込むセダン、泣きわめく子供、横たわる青猫。


 救急車のサイレンが近くなる。



 何でだよ……


 これじゃ報われないだろ……


「なんとか……言えよ! 青猫っ!」



 救急車の到着も虚しく、僕が願う間も与えず、彼女は、——青猫はこの世を去った。最期は僕の胸の中で、冷たくなった。まるでロボットのようだった。


 青猫のいない世界に、価値なんてない。


 この世界はいつも不公平だ。

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