第3話【寿司】



「やぁ、お仕事お疲れ様。雨が降ってるから傘を持って来た。感謝の言葉ならいつでも受け付ける」

「なんだ、来たのか」


 青猫はクスクスと笑う。

 このいやしい笑顔にも慣れてきた。いつしか僕は青猫を彼女として認めていた。


「ボク、カッピヌードルシーフードパラダイス銀河味が食べたい。スーパーで買って帰ろう」

「またカッピヌードルか? お金ならあるんだし、たまには美味いもの食べに行こうぜ」

「美味いもの? この世にカッピヌードル以外の美味いものなんてあるのか!? さては、ボクを馬鹿にしているな〜?」

「馬鹿はお前だ、青猫」


 何だと〜! と地団駄をふむ青猫の頭をポンと叩き、近くの回転寿司屋へ向かった。





「おおおお〜! 君、見てくれ! お皿が回っているぞ! こ、こここ、これはどど、どうすればいいんだ!? えっと、えっと〜」

「好きな皿を取って食べればいいんだ。あと、このタッチパネルで直接注文も出来る。こうやって、そうだな、鮪を二皿注文するか」


 青猫は、おお〜……と、馬鹿みたいに大口を開けて感心している。本当に初めての回転寿司なのか?


 ウィィィーン……! ガコン


『お皿を取ってボタンを押してください』


「うわぁっ、な、なんだコイツ!? 言葉を話したぞ! ボタン、ボタン、こ、これか! えい!」

「いや待て鮪を取ってから……あぁ」


 鮪は何事もなかったように調理場へと帰って行った。さらば鮪、また会う日まで。

 悪態をついてやろうと青猫を見るも、とてつもなく哀愁の漂った表情をしていたのでそっとしておくことにした。落ち込む青猫を横目に再びタッチパネルで注文をする。適当に見繕って青猫の前に並べてみた。


「わぁ……ごくり」

「醤油をつけて食べるんだぞ。お前はお子ちゃまだし、わさびは無しでいいだろう」

「君、醤油つけて!」

「仕方ないな、ほら」


 甘えられると、ついつい甘やかしてしまう自分がいる。気をつけないと。

 さておき、青猫は鮪を食べる。

 するとブルッと全身を震わせ瞳をキラキラと輝かせ何故か立ち上がり、一粒の涙を流した。ロボットにそんな機能があるのか。というより、周囲の客に笑われているから直ちに座ってほしいところである。


「君、これはいったいぜんたいどういうことだ!? こんな美味いものがあるなんて聞いてないぞ! さては今までボクに隠していたんだな!?」

「いや、単純に食いに行くお金がなかっただけだ」

「これも、はむっ、これも! はむはむ!」


 まさか、ここまで気に入るとは。まぁ猫だし——本人はネコ型だと主張しているわけだし、魚は好きでもおかしくはないか。


 さておき、青猫と出会ってもうすぐ一か月が経過する。しかしどうにも正体が掴めない。人間でないことは認めよう。だとしたら何者なのか。何故僕の部屋に現れて僕の願いを叶えるなんて、限定的で突拍子もない設定を持ち込むのか。未来から来たネコ型ロボットの割には、へんてこな道具を出すわけでもない。そもそも願いも叶えられて……いや、まだ決めつけるには早計か。

 宝くじの一件から、僕はなるべく何も願わないように心がけている。青猫の力を認めたわけではないけど、いや、認めたくないからなのか、とにかく僕は何も願わないを貫いていた。


 謎は深まるばかりだ。

 しかし、謎は横に置いて普通に青猫との生活を楽しんでいる自分がいるのも事実である。僕はロリコンではないけれど、——強いて言うなればロリボディよりむっちんプリン派だけど、こんな生活も悪くないなと思う。

 人とこんなにも深く関わるなんて思ってもなかった。まぁ、ロボットなんだけど。






「そんなに持ち帰りして食べられるのか?」

「当然さ、ボクの胃袋にはブラックホールシステムが搭載されているんだ。食べたものをすぐさま異界に送る画期的なシステムなのさ」

「……初耳だぞ……って、それ、食べる意味あるのか?」

「はぁ、これだから童貞は困る。食べた先のことより、食べること自体に意味があるんじゃないか」

「童貞言うな、彼女なら卒業させてくれよ貧乳。ったく、カッピヌードルしか知らなかったやつがよく言うよ」


 いつしか止んだ雨の町の夕日を背に悪態をつく青猫のシルエットを眺めながら馬鹿な会話と共に帰路につく。



「青猫、お前は未来から来たネコ型ロボットだって言ったよな」



 振り返る青猫。



「うん、君の願いを叶えるため、未来の世界から来たんだよ」



「そっか。んじゃ、帰るか」

「うん、帰ろう!」




 僕はこの日、気付くべきだった。彼女が、——青猫が流した、一粒の涙の理由わけを。




 やがて短い梅雨が過ぎ、夏がやってきた。



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