第2話【お金】


「ただいま」

「君、遅かったじゃないか。コンビニバイトが終わるのは昼過ぎだったはずだ。なのに今の時間は何時だ? もう夕方だぞ? 何処で道草食ってたんだ。ボクはお腹がペコペコなんだぞ?」


 あれから一週間、青猫は相変わらず僕の部屋に居座っている。しっかり彼女気取りで。


「今夜は飯抜きだ、疲れたからもう寝る」

「な、何を言ってるんだ君は! 日珍カッピヌードルシーフードパラダイス銀河味を買って来てくれるって言うから大人しく待ってたんだぞ!?」

「うるさいなぁ。スロットで負けたんだから仕方ないじゃないか。三日後の給料日まで我慢してくれ。人間、数日食わなくても生きていけるんだから」

「ボ、ボクはロボットだぞ!?」

「だったら尚更大丈夫だろ」

「むきー! この童貞! クズ! 人類にランク付けがあるとしたら相当下の方で蠢くクズに位置すること間違いなしだぞ!?」

「童貞だと!? いちばん気にしていることを! このペチャパイ猫め!」

「誰が見渡す限りの大平原だ! それを言っちゃおしまいだよ!」


 言ってないだろ、そこまでは!

 さておき、何処かで見たことあるような言い争いも終わり、部屋に沈黙がはしる。

 少し言い過ぎたか。しかし謝る気にはなれない。そもそも青猫が勝手に住み着いているだけで、僕が養う義務なんてないのだから。

 金欠、金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったものだ。お金がないと心に余裕がなくなる。人とは、そういう生き物だ。


「君は何故ボクに願いを言わないんだい? 君が強く願えば大抵のことは叶うのに」

「……お前、まだそんなこと……」

「なっ……ほ、本当さ。君の願いを叶えるためにボクは存在しているんだから、多分」

「その多分ってのが怪しいんだ。そりゃぁ金に困らない生活はしたいさ。例えば宝くじで当選するとかな。けれどそんなことは起きるはずもない」


「起きるよ、それが君の願いなら」


 青猫の声を背に僕は目を閉じる。無視されて怒るかと思った。けれど珍しく静かだった。静寂に時計の針のリズム、僕の意識はいつのまにか途切れる。





 目が覚めると同時に僕にかけられた薄手の毛布に気付く。これは青猫がかけてくれたのだろうか。

 上体を起こし狭い部屋を見回した。

 僕の貯金箱、——カピバラの貯金箱が何者かに粉砕されている。姿が見えないということは、恐らく犯人は青猫で間違いないだろう。確かあの貯金箱には数百円入っていたはず。カッピヌードルくらいなら買えるだろう。それくらいは大目に見るか。


 思考を巡らせながら貯金箱カピバラの残骸を拾い集めていると、玄関のドアが開く音。どうやら犯人のご帰宅のようだ。


「ただいま〜」

「はぁ、何処ほっつき歩いてたんだ?」

「わわっ、もしかして束縛? 彼女になったからって行動の全部を監視するのはよくないぞ」

「他人様の貯金箱を勝手にぶち壊したやつには言われたくない」

「あ、そうそう、そのお金で買って来たよ」


 スクラッチだ。一枚二百円、削って図柄が揃えば、その絵に応じた金額が手に入るというお手軽な宝くじの一種だ。なるほど、貯金箱カピバラを犠牲にして紙切れ一枚を手に入れたわけか。


「そんなもの、一枚で当たるわけないだろ」

「君が願えば当たるのさ」

「当たらない」

「当たる」

「当たらないったら当たらない」

「当たるったら当たる」


 睨み合う。何処からそんな自信が湧いてくるのか。よし、ここは一つ悔しい思いをさせてやろう。


「青猫、賭けをしないか?」

「賭け?」

「そう、賭けだ。もしそのスクラッチが高額当選していたら、何でも言うことを聞いてやる。しかーし、当たっていなかったら僕の言うことを何でも聞いてもらう。どうだ?」


 我ながら理不尽な賭けだ。確率を考えると圧倒的に僕が有利だ。勝った暁には、どんな恥ずかしい思いをさせてやろう。あんなことやこんなこと……やべぇ、クズな思考が止まらない。


 青猫は尻尾を捩らせ考え込む。しかし僕は確信している。青猫は持ちかけられた勝負からは逃げない。勝ち気な性格が惨めな敗北を呼ぶのだ!

 悔しがる顔が目に浮かぶぞ!


「わかった、勝負しよう。君が負けたら何でも言うことを聞くって約束、忘れないでもらおうか!」

「あぁいいぜ。お前も忘れんじゃないぜ? 僕が勝ったら、あ、あぁ、あん」

「あ、喘いでないで、さっさと始めよう!」

「喘ぐとか言うなっ」

「喘いでないなら何だよ、気持ち悪いなぁ」


 キモくて童貞で悪かったな!

 不覚。妄想するのと実際声に出すのとではハードルが天地ほどに違ったようだ。危うく過呼吸を起こすところだった。今回は少し喘ぐくらいで済んだけれど、気を付けないと心臓が止まるぞ……肝に銘じておこう。僕は童貞なのだと。

 青猫は首を傾げ訝しげに僕を睨む。

 青猫に不思議な力なんてないんだ。未来から来たネコ型ロボットか何か知らないけれど願いを叶える力なんて、ある筈がない。


 この勝負……もらったぁぁーー!







「……に、にひ、にひゃ!?」

「ど、どうしたんだよ君!? 顔のパーツがこの上なくバラけて今にも崩壊しそうだぞ!? け、結局どっちが勝ちなんだ? ねぇ君ってば〜!」


 二百万、当選している。


「……僕の……負けだ」


 本当に当たってしまった。


「やったー! ボクの勝ち〜! ほらね、君がボクに願った結果がこれさ。信じる気になったかい?」

「僕は認めないぞ……こんなことが起きるはず……ンガガ」

「実際起きたんだ、現実から目を逸らすな。その二百万? は君にあげる。元々君のお金で買った宝くじだしね」

「い、いいのか……? 二百万だぞ?」

「うん、いいよ。それより、ボクの言うことを一つ聞いてくれる約束だよね?」


 にししし〜、と不敵な笑みを浮かべる青猫。

 嫌な予感しかしない。

 青猫は少し身体を捩らせながら僕に視線を合わせる。何をやらされるのか不安でならない。鼻でスパゲティでも食べさせられるのか? それとも逆立ちで町内一周?


「……じゃ、じゃあさ、今夜はボクの押し入れで一緒に寝てくれる?」

「はい?」

「一人で寝るの、さみしいんだもの」


 あー、だから朝起きたら僕の布団に潜り込んで来てるのか……寝相が悪い猫だなとは思っていたけど、さみしいなら最初から言えばいいのに。

 ネコ型ロボットと言えば押し入れだと思い、わざわざ寝室に改造してやったのに。


「だったら、最初から僕の布団で寝ればいいだろ」

「えっ、いいの?」

「べ、別にいいけど。お、お互い反対を見て寝るなら許そう」

「何故反対? あ、はぁ、そっかそっか〜、君は照れてるんだね? 女の子と同じ布団で寝たことなんてないもんね〜! クスクス、仕方ないなぁ、ボクの身体に欲情しないでくれよ〜?」

「欲情しても卒業出来ないだろーが!」

「残念、生殺しだ、クスクス」



 まさかの二百万当選……これは青猫の力なのか、それとも単なる神の気まぐれか。




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