第5話 消えた薬草の謎
ポータルは既に攻略され解放してある階層への転送装置である。
この「神の塔」のギミックの代表的なもので、その仕組みの解明を試みた者は数知れず、未だに解き明かされていない装置ではあるが塔に生きる者たちは恐れることなく使っている。
この装置は便利だが危険でもある。
“既に攻略され解放してある階層”というのは冒険者個人から見たものではなく全体から見たもので、視点を変えれば塔視点の表現とも言える。
それはつまり産まれたその日にポータルで最高到達階層へと飛ぶことも可能だということだ。
これはそういうシステムだとか、「神」から見れば人々の個体差などないに等しいからなどと言われている。
一応ポータル屋と呼ばれる職員がいるから余りにも適性階層とかけ離れていれば止められてしまう。
しかし、レベルは個人の“ステータス”というワードに反応して他人からは見えない表示でしか確認出来ないために自己申告でしかなく、ポータル利用の際にいちいちチェックもしていないから無謀な転送が防げているかは疑問だ。
「かといって冒険者ってのは自己責任だって話だしね」
フィナとモエはそんな話を“お互いが積み重ねてきた者”かどうかを確認するかのようにしている。
これは冒険者というカテゴリの経験値を客観的に見るための手法のひとつで、初めて組む相手とどうにも話が噛み合わないなと思ったとき、連れている相手の能力に疑いをもつきっかけとするのだ。
他人の庇護下で低階層を飛ばしてきた者は基本的に逆境に弱く非常時に頼りに出来ない。
お互い命懸けの人生、10人に1人ならまだしも2人きりでならなおさらに大事なことだ。
「まあ、これから49階層に行くよって言われても絶対お断りだけどね」
「その通りなのです。コツコツと積み重ねてこそなのですよ」
そこまで話して2人ともが己のジョブの必須を身につけていないことに思い至りどうにも情け無い笑いが出てきた。
「ここまで失敗談しかなかったわけだけど、モエちゃんに聞きたいことがあるんだよね」
「何なのですか?」
25階層も熱帯林ではあるが出てくるのはイノシシが単体で出てくるだけだ。
2人は歩きながら話していても足音や痕跡に注意を向けている。
「さっきの、水溜りに薬草を沈めたって話。どういうことなの?」
ポータル転送前の会話を理解しようと頑張ってはみたものの、意味不明すぎてフィナは諦めた。
「ああ、それなら──これなのです」
モエが両手を前に出して手のひらを上にして何かを支えるような形を取るとそこに水の塊が現れ、重力に負けて地面に落ちた。
「なるほど、水溜り……だね」
「そうなのです。ここに薬草を沈めたのです」
「ごめん、何言ってるか分からない」
モエは至ってまじめに自分のした事を端的に話しているだけだ。
その水溜まりの容積やら厚みやらなんやらが到底薬草の山を取り込めるはずもなく、フィナには理解が出来ない。
モエは鉄球に座り背中のリュックを開いて空の瓶をひとつ取り出して蓋を取る。
「見ててくださいなのです」
空の瓶は蓋を開けても空っぽのままなのだが、モエがもう片方の手を持ってきて指を差し入れると、その指先から緑色の液体が滴り落ちてくる。
「──なに、これ」
モエが水を出す魔法を使えるのは先ほど見たばかり。
しかし今度のは指先から抽出されるようにじわじわと緑色の液体が空の瓶に注ぎ込まれてやがて満タンになったところで止まりモエは蓋をした。
「モエ専用の薬草汁なのです。フィナさんにあげますよ」
「え?くれるの?ラッキー……ってこれなんなの?飲み物?モエ汁を飲むの?」
「モエの愛がこもった液体なのです。略してモエの愛え──フガフガ……」
「モエちゃん、それ以上はダメなのよ」
間一髪、口を塞ぐことに成功したが、過去にも同じことを口にしていないか不安になるフィナだった。
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