第4話 再出発のふたり

「じゃあ、まずは25階層から行く?」


「そうですね。あそこなら群れはいませんから2人でも大丈夫だと思うのですよ」


 モエたちのいるのは通称「神の塔」と呼ばれるダンジョンであり、彼女らの住む世界そのものである。


 現在踏破されているのは彼女らのずっと昔の先祖の頃から続く攻略のおかげで49階層までがオープンとなっている。


 彼女らに限らずこの塔に住む人々──産まれた時よりこの塔に囚われている人々にとって「神の塔」の攻略は至上命題である。


 始まりの階層とされる地上第一階層にはこの塔最大のコミュニティがあり、そこで産まれてそこから始まるのが彼女ら全ての人々の物語。


 自らの出自も知らない人々が揃って天を目指して登っていく。


 そんな塔は上に登るほどにモンスターが強くなり攻略は難しくなる。


 レベル=適性階層とされるこの塔でモエよりも3つ低い階層が2人でも大丈夫なのは、モエの言うように群れがいないから近接2人でも大丈夫だという事だ。


 この29階層をそんな2人が行けばたちまちスリーマンセルのハイエナたちに取り囲まれてしまうだろう。


「じゃあ決まりね。ポータルに向かいましょう」


「あ、待ってくださいなのです」


 弓の使えないフィナが捨てられて1週間ほどだ。


 日々のやけ酒と昨夜の泥酔の後始末で懐が心許ないフィナは早く行って適当なモンスターでも狩って素材を換金したいところ。


 腰に下げたロングソードをカチャカチャ言わせて焦れる気持ちを落ち着かせようとしているのかはたまたアピールしているのか分からない。


 それから少しして戻ってきたモエは何やら両手に草を抱えていた。


「お待たせなのです」


「モエちゃん、それは?」


「薬草なのですよ。ほら、モエたちは2人ですから。回復魔法なんてのもないですし、ポーションは買うと高いですし」


 おそらくはフィナだけでなくモエもそれほどお金に余裕はないのだろう。


 薬草はその名の通り薬とされる植物で、最も基本で広く栽培もされている。


 その効能は多岐に渡り調合次第でさまざまな薬液となる。


「確かに薬草だけでも口に入れておけば少しは違うかも知れないけど──」


 この塔で最高到達階層は49階層。


 25階層といえばその半分だ。


 そんなところに到達した者が気休め程度の生の薬草に頼るなんてなかなか無い。


 安い紫のポーションでさえ初心者用として手に取らなくなって久しい。


 フィナはそんなものを持てるだけ抱えてやってきたモエに最初恥ずかしい気持ちになってしまったが、それ以上に2人は要らない子なのだ。


 また始めるとして第一階層からでもおかしくない役立たずたち。


 フィナの手持ちでは中級の緑ポーションでさえ2つ買えば無くなってしまう。


「そうだね。わたしたちはここからやり直すんだもんね」


 再スタートを切る2人の最初の荷物が薬草というのはなかなか気が利いている。


 フィナは初心を取り戻すつもりでモエのことを受け入れることにした。


(きっとわたしの懐具合も分かってての事だろうしね)


「いこっ。モエちゃん」


「はいなのですっ」


 たった数秒のうちに表情をコロコロ変えて何かを考えていたフィナに(どうしたのかな?)と思いつつ、モエもまた新しいスタートに心躍らせていた。




「あ、25階層によろしくね」


「あいよ、お2人さんね」


「あ、ありがとうございます」


 ポータルにたどり着いたフィナは2人分の料金を支払い、もう薬草ひとつ買う金もない。


「あれ?モエちゃん薬草は?」


 いつの間にか手ぶらのモエをフィナは不思議に思い問いかける。


「邪魔なので水溜りに沈めたのです」


「え?」


「はい、いってらっしゃいよぉ」


 フィナが質問する間も無く、トカゲ顔のポータル屋が手を振り2人は送り出された。

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