第5話 太陽の花

ヨハンは、13才の新学期の8月に、ベルリンの名門音楽ギムナジウムに編入することになった。ドイツの教育制度では、7-16才までが義務教育だが、子どもたちはわずか10才までの学校成績で、進路が決まってしまう。勉強が出来る優秀な層は大学を目指すギムナジウムへ、勉強があまり得意ではなかったり、職人を目指したりスポーツなどの専門分野を目指す場合はそれに適した学校へ、一般的な事務員等の勤め人になりたい場合は実用学校へ、大まかに分類するとそう言った具合だ。

ギムナジウムへ行く層はいわゆるエリートで、大学を卒業すると企業でも幹部候補や研究職,技術者などとして採用されることも多い。


ヨハンの場合は、元々勉強が好きで得意だった。また、本人は義務教育以降を捨ててヴァイオリンに打ち込んできた父は、息子の教育には熱心で資金をいくらでも出し、時には家庭教師なども呼びヨハンの学習能力を伸ばしてくれた。そのような素質と環境のおかげで、7-11才までの基礎学校も公立ではなく教育レベルが高い私立ミッションスクールの試験に受かり入学し、そこでも上位の成績を収め、難なくギムナジウムへの道は開かれていた。


ところが、かねてから父が弾く姿を見て自分も弾きたかったヴァイオリンを8才で始められることになり、ギムナジウムへ行って良い大学に入ることを望む父とヨハンの考えは隔たって行った。


父は、自身が名ヴァイオリニストであるために、ヨハンが父と比べられ続けることを心配してか、人一倍厳しくヴァイオリンを指導した。特に、ヨハンは初めから父のようなプロのヴァイオリニストになりたいと意志を曲げなかったため、それを見てますます父は厳しくなって行った。

ヨハンを泣かせ、指の皮が向けたり熱が出たくらいでは休ませないほどだったが、それだけ本気の指導だったと思う。

しかし、それなのに、父は10才の進路選択の際、「音楽ギムナジウム」や「音楽院」と言った選択肢を切り捨てた。


理由はいくつかあっただろう。大きな理由の一つはヨハンが8才からヴァイオリンを始めたため、音楽家を目指す同世代が進学する音楽ギムナジウムには受からないからだ。音楽院のほうにはプロを目指す専門課程と、趣味で習うレベルの生徒を受け入れるクラスがある。趣味のクラスであれば、試験がないか試験が易しい学校もあるが、そちらだといずれにしても正規の義務教育機関ではないため、土日や放課後にギムナジウムへ通う形になる。

ヴァイオリンの進路についてはシビアな父には、趣味の教室レベルにわざわざ通うことは無意味に思われたのだろう。入るなら音楽ギムナジウムか、音楽院のプロを目指す生徒がいく選抜性の専門課程に行くかいずれかでないと学費は出さないと動かなかった。

なので、ヨハンは2年だけ勉強で受かっていたギムナジウムに行き、次年の13才で音楽ギムナジウムか、音楽院に編入を目指すことになった。


結果的には両方、ヴァイオリン科の特待生として受かった。父はギムナジウムを継続し音楽院に行く方を進めたが、ヨハンが音楽ギムナジウムに行くのだと強く主張し、今回ばかりは父も折れ、音楽ギムナジウムに行くことになった。

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