第3話 みちるの状況

 海潮みちる 38歳 女性

   両親 父とは幼児期に両親の離婚のため離別

   母は13年前に絶縁

   娘は1歳の時に母親による、虐待のため養護施設へ(現在8歳)

 診断 統合失調症と薬物依存


 なぜ母親がみちるを捨てたのかは、おしゃべりなみちるも話さなかった。

ただ絶縁された頃にはみちるの病気が顔を出していたのだろうが。

それにしてもそれだけで子供を捨てるだろうか......

みちるの本心は定かではないが、健気な感じで

「私のお母さん美人だったよ」

と、少し自慢げだった。郊外の町でスナックをしていたと。みちるから聞いたこともあった麻衣子は少しだけ戸惑った。


 捨てられた母親が憎いのか、憧れなのかが分からなかったからだ。

ただ、このみちると母親の事は後々また繋がることになるのを誰もまだ知らなかった。


 みちるはこの「杉の山心身病院」で入院して2年。

麻衣子が初めて出会った時は、正常な時もあるが鍵付きの個室で壁に向かって不満をぶちまけ、時には怒鳴り、時には長い長い会話をしていた。

その姿をアクリル板越しに見ていると、重症患者だな......と誰もが思う状況だった。


 でもひと度、看護師が部屋の鍵を開けると、さっきまで幻聴と話しているみちるは居なくなってた。勿論主治医が鍵を開けていいと了承したから出られたのだけど。

あまりのギャップに麻衣子は驚いた。

だってさっきまでは壁に向かってずっと怒りをぶつけていた人が、何もなかったように振舞っているのだもの。驚くしかなかった。

演技じゃなく、別人になったみちるを見て、戸惑っても仕方ない。

彼女の様子を見て、統合失調症だという事は断言出来た。

しかも統合失調症の陽性症状が顕著に表れていた。


 幻聴が聞こえ、幻聴と話す。周りに誰もいないのに、悪口を言われていると言い出す。妄想が激しい。

「テレビで私の事が話題になっている」

考え方に一貫性がなくなり、何を話しているかも分からなくなり、混乱する。

簡単にいうと激しいタイプと言えば分かり易いだろうか。

あと被害妄想が強い感もあった。


 みちるには、そういった症状が出ていた。

麻衣子は昔、心理学に興味があり、よく心理学の本を読んでいた。なので何となくの分析が出来るようだった。

麻衣子は16歳から付き合っていた男から暴力を受けていたので、正気を保つために心理学や精神疾患の勉強をしていたらしい。


 それでもまた数日経つと、外から鍵をかけることが出来る個室の扉の、覗き窓からはみちるの背中が見える。ベッドに座って大声をあげている。

みちるに同情したり、軽蔑したり、周りはほとほと疲れる。

全てひっくるめて”みちる”なのだった。

でもみちるは寂しそうにした事はない。

泣いた事もない。どんな不幸な人生でも泣いたりしない。

病気のせいなのか何なのか、とても強い。

悩まない。


 みちるは、父親とは幼い頃に生き別れ、母親とは10代半ばで捨てられ、ずっと男たちの間を回り続けて、どんどん擦れて行った。

でもそうでないと生きて来れなかったのだろう。

ただ周りを巻き込み、あちこちで人を傷つけてきた。

台風のような人間だった。


 どこのグループホームに入っても、人と衝突する。

そして追い出されるが、県内の精神科病院はみちるを受け入れない。問題を起こしすぎるからだ。怒った時のみちるは誰も手が付けられないほど暴力的で汚い言葉をその口から吐く。聞くに堪えないほどだ。

だからどこも受け入れてくれないのだ。

では、そんな彼女のような病と症状がある人間はどこに行ったらいいんだろう。

ただ施設はどこもいっぱいで、問題の多い人を受け入れるリスクを負いたくはなのも確かだ。


 そんな事をしってしまった麻衣子は心がグラついた。

「嫌な女!」

と思っていたみちるだが、色々な不運があったみちる。そしてそれらが確実な原因とは言えなくとも、統合失調症に影響を与えたのかもしれない......

ただそれは神のみぞ知ることかもしれない。

なぜこんなにもみちるの事を考えてしまうのだろう。

病院の狭い空間で近くにいるから、というだけかもしれない。

ただただ、みちるが嫌いだっただけかも......なのだ。


 ほかのみんなもみちるの強力なインパクトや、馴れ馴れしさで何となく警戒していたし、新しい患者以外は殆どの患者たちがみちるの事を避けていた。

仲良くなったら、食料を巻き上げられることを知っていたからだ。

新しいカモが入ってくると大人しい患者たちはホッとした。

私達は安全だ、と。


 みちるは、

「私はみんなにどういう風に思われているだろう」

なんて考えることもない。うらやましい限りだ。

でもみちると人生を交換するか?と、聞かれれば

「No!」

とはっきり答えられる。みちるは今病気のためまとまった考え方が出来ない。

一体どこまで理解出来ていて、どこまで理解出来ていないのかのか、本当に分からなかった。主治医なら理解出来ているのだろうか......と。

彼女の何を信じ、どこまでは信じていいのか教えて欲しかった。


 薬物依存についてはみちるから聞いた話だ。

付き合っていた男に覚せい剤を打たれていた、と話した。ただ覚せい剤の使用期間が半年以上だったので、途中からは自分でも打っていたのだろう。

その話は自慢げに言っていた。


 この時のみちるはそんな状況だった。


 


 


 


 


 


 


 






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る