第41話 邂逅のとき(3)
「ファラ。どうでもいいが、わたしのことを忘れてないか?」
「あなたは暫く黙ってなさいよ。もう厄介事を背負い込んでるんだから」
ムッとしたらしいアレスだが、素直に黙り込んだ。
こういうところは育ちのよさを感じさせる。
屈折してるリーンより、よっぽど素直だ。
「ところであなた、さっき世継ぎの王子って言った?」
「言ったけど?」
「ここは公国でしょう? 世継ぎの君は公子と呼ばれる身分のはずだけど? 歴代の世継ぎはみなそうだったわ。どういうこと?」
「オレに言われでも知らないよ。オレだって変だと思ったけど、その問題になるとみんな口が重くなるから。エルシアたちも教えてくれないし」
「エルシアってもしかして」
「そう。エルダ神族の長をやってる。今頃はオレを探して飛び回ってるんじゃないかな」
亜樹の説明で益々身元に不審を抱いたらしく、ファラはじろじろと亜樹を検分した。
さすがに炎を司る精雲だけあって、言動がハキハキしている。
なにを考えているかすぐにわかる。
完璧な直情径行。
それからふと気づいた。あれからどのくらい経っているのか知らないが、少なくともかなりの時間が過ぎているはずだ。
もう夕陽が沈もうとしているのだから。
エルシアたちはとっくに動いているはずで、どうして気づかない?
エルダ神族の長たちが探しているにしては時間がかかりすぎていないか?
彼らが乗り出せば簡単に見つかると思っていたのに。
「なんでエルシアたちはオレがここにいるって気づかないんだ? 確かオレの気配を追いかけるのは
簡単だって言ってたのに」
無意識に吐いた科白に精霊が笑いながら答えてくれた。
「アレスのせいよ。中身はぼけっとしてるけど、これでも一応、炎の女袖さまと海神さまから生まれたご子息だもの。アレスのせいで気づけないのよ。炎と海。ふたつの力を受け継いでいるせいで、アレスがいると気配が掴みにくくなるの」
「ぼけっとしてるはよけいだ、ファラ」
ムッとして怒ったアレスに精霊は声をあげて笑った。
これではどちらが主人かわからないな。
確かに監視役ではあるのだろうが、身分的には女神の息子であるアレスの方が、選かに上だろうに。
ちょっとだけ同情してしまった。
「でも、よりによって蒼海石のピアスとなると、さすがのアレスでもそう長くはごまかせないわね。あなた本当に何者なの?」
「それは」
空気に詰まってアレスを見ると、アレスはなにも考えていないみたいな、無垢な眼で亜樹を見ていた。
本当に子供を相手にしているような気になってくる。
ごまかすのが馬鹿みたいに思える。
「自分の正体ならオレの方が知りたいくらいだよ」
「自分の両親が誰なのか、それくらいなら知っているでしょう? まさか捨て子だっていうんじゃないでしょうね?」
「失礼な精霊だなぁ。オレだってきちんと両親から生まれてるよ! ただ父親はこの世界の人間じゃないし、母親の出自に関しては全くの謎だけど。オレ異世界人なんだよ」
「世界人って」
「どういうわけか、この世界と密接な関わりを持っているらしいけど、オレは本来、この世界の人間じゃないんだ。違う世界で生まれ育ってきた。それがちょっとした手違いかなにかわからないけど、ある日こっちに迷い込んで、この国の王子に保護されたんだ」
「それでエルダ神族が絡んでるのね。でも、異世界人ならどうして蒼海石のピアスなんてしてるの?それはこの世界にしか存在しない宝石よ? 大体蒼海石のピアスなんて聞いたこともないわ」
「知らないよ! 母親がこれと同じピアスをしてて、オレは生まれつき、それを譲り受けただけなんだからっ!!」
自分の正体がわからないと口にすることが、こんなに辛いここだとは思わなかった。
精霊に指摘されるたび、言い返そうとして泥沼に嵌まっている。
そんな感じだった。
「ファラ。もういいだろう? これ以上は可哀相だ。本人が一番気にしているはずだから」
「アレス」
アレスの取りなす声に精霊も困ったらしかった。
やはりこういうときに強いのは主人だ。
この精霊はアレスを護るためにつけられているのだろうから。
落ちついてくると今更だが気になることがあった。
答えてくれるかなあと思いつつとりあえず精霊に聞いてみる。
「あのさ」
「なによ?」
「アレスって何歳なんだ? 時々すごく子供っぽいっていうか、なんとなく外見に似合ってない反応をするときがあるんだけど?」
「アレスは人間の歳でいうと生後一年ってところかしら」
「は? あの」
思い切りきょとんとしたが、精霊は大まじめらしかった。
「アレスが生まれて一年しか経っていないって言ったのよ」
「嘘」
じっと顔を開き込むと、アレスはなぜかムッとしたような顔をした。
「生まれて一年でも、わたしは赤ん坊ではない。父上と母上の血を引いているから、ここまで成長するんだ」
「それって自我も?」
疑わしいと訊ねれば精霊が複雑な顔になった。
「自我も同じくらい成長してくれるとよかったんだけどねえ?」
しみじみしている。
要するに自我は子供と変わらないということだ。
「炎の女神って一体なに考えてるんだ? 普通、生後一年の我が子をぽんと外に放り出すか?」
「この時期だからこそ、外に触れさせる意味があるんじゃない。アレスが生まれたことにも深い意味
があるのよ。レダさまにもレオニスさまにも、それなりにお考えがあるの。ただ。その大役を任されている肝心のアレスが、これだけボケっとしてると困るけど」
「どんな大役が知らないけど、任せる人選を思いっきり誤ってないか?」
断言するとアレスはふッとしたようで、亜樹と精霊を交互に睨んだ。
はっとしてアレスが空を見上げたのはその次の瞬間だった。
「風」
「え?」
亜樹はきょとんとしたが、精霊はすぐに事態を悟ったようだった。
「アレス。力を使ったらダメよ。って言ってる傍からあなたはっ!!」
精霊が悲鳴をあげている。
それもそのはずで条件反射かもしれないが、竜巻が空に向かって潤巻いていた。
おまけにどうやって重ねているのか知らないが、炎が躍り狂っている。
かなり凄まじい事態に、亜樹は唖然としたが、さすがに相手もさるもので、あっさりと封じ込んだ。
まずどしゃぶりの雨が降り炎を打ち消して、風が電巻を抑え込んだ。
力を使った自覚のないアレスが、きょとんと空を見上げている。
「無自覚であれだけの攻撃。名前は伊達じゃないんだなあ」
さすがに炎と海を司る神の息子だけのことはある。
これが自覚して、しかも力を自在に使いこなしたら、一体どれほどの力を発揮するのだろう?
未恐ろしいとはこのことだ。
「大した歓迎ぶりだね。これだけの力を使ったのは久しぶりだよ、私たちも」
風が去った後、優雅に立っていたのはエルシアたち三兄弟と一樹だった。
四人とも厳しい表情でアレスを見ている。
「三人できていて正解だったね、兄さん」
リオネスの口調からすると三人で協力して攻撃を封じ込んだことになる。
そこまでさせたアレスを警戒するなというのは無理かもしれない。
気づいて焦って立ち上がった。
「ちょっと落ちついてくれよ、四人とも! アレスは無自覚なんだ!」
「無自覚であれだけの力をふるえるものかい?」
アトルの厳しい声に亜樹は頭を抱え込んだ。
「しょうがないだろ? 生まれて一年しか経ってないんだから! 力の制御なんてできるわけないじゃないか!」
「なんて言った、亜樹?」
愕然と呟いたのは一樹である。
亜樹は気づいていないが、炎を打ち消したのは一樹のカだった。
それこそ四人がかりで攻撃を封じたのだ。
それが無自覚?
しかも生まれて一年?
なんだ、それは?
四人の感想はまさにそれだった。
「だからあ、エルシアたちにとってアレスは親戚なんだよ」
「親戚?」
「覚えがないけど?」
小首を傾げるリオネスに亜樹はため息をついた。
「そりゃあそうだろ。アレスが生まれたのは一年前で、しかも母親は炎の女神、レダ。父親は海神、レオニスなんだから。風神エルダの未商であるエルシアたちとは、遠くても親戚になるんだよ」
「レダとレオニスの息子?」
リオネスがきょとんと言えば、アストルが驚いて繰り返す。
彼らもすぐには信じられないようだった。
「確かにそれが事実だとすれば、さっきの攻撃の凄まじさもわかるけれど」
創始の神々の実在を疑っているわけじゃない。
どちらかといえば信じている方だ。
姿は見えなくても、父なる神の力も存在も感じることができるから。
しかしレダの夫はレオニスではなくラフィンのはずだが?
これでは双方が浮気をしたことになる。
首を傾げながらエルシアが呟いた。
「直系の子供の成長はかなり異端だとは聞いてはいたけれど」
「君もうちょっと力を制御して使った方がいいよ? ボクらが相手だったから大事にはならなかったけど、普通、人に向かって簡単にあんな攻撃を仕掛けていたら、どんな言い訳も通用しないから」
エルシアは呆れて物が言えないといった風情で、親切にも思告したのはリオネスだった。
言われたアレスは首を傾げ、ぽつりと言った。
「勝手に出たから」
愕然とする四人である。
無意識にあんな攻撃を仕掛けられたらたまったものではない。
「なんかさあ、エルシアたちに逢いにきたんだって。アレスは」
亜樹のこの一言にエルシアたちは、揃って迷惑そうな顔になった。
それはそうだろう。
いきなり攻撃を仕掛けておいで、訪ねてきましたもないものだ。
「あんまり深く悩むなよ。子供のしたことだと思って許してやれば?」
「亜樹。あれが子供の悪戯で済むことかい?」
エルシアの尤もな意見に、亜樹も困ってしまう。
取り繕いようがないとはこのことだ。
アレスは未だに状況が飲み込めていなかったが。
「改めて初めまして。炎の精霊ファラと申します。レダさまのご命令で、ご子息のアレスさまの保護をしております。エルダ神族の長殿はどなたかしら?」
仕切り直しとばかりに口を挟んだのは精霊だった。
意識を切り換えるしかないかと諦めの気分になり、エルシアが彼女に向き直った。
「よろこそ。と言うべきなんだろうね。私が、エルダ神族の長エルシア」
「次男のアストル」
「で、ボクが三男のリオネス。よろしくね、アレス」
唯一、好意的なのはリオネスである。
自分より年下だという自覚が沸いできて、急に楽しくなってきたのだ。
今まで散々、兄たちに溺愛されてきたリオネスは、溺愛することに飢えていた。
養子同然の一樹を寵愛したのもそのせいである。
アレスはきょとんと座り込んでいたが、ファラに目線で促され、ゆっくりと立ち上がった。
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