第40話 邂逅のとき(2)
「なんとなくだけど神族に関係あるのかな? って気はしてるけど」
「神族。伯父上たちの血族だという?」
「伝説でしか聞かないような創始の神々を伯父上だなんて呼ぶなんて、アレスはすごいよな。本当の本当に炎の女神を母に、海神を父に持ってるのか?」
「わたしは嘘はついていない」
ムッとしたらしいアレスに睨まれて、亜樹は苦笑した。
本当になんだか勝手の違う少年だ。
「でもさあ本当に疑ってるわけじゃないんだけど、炎の女神にしても海神にしても創始の祖々だろう? なのに今も生きてるのか?」
「創始の神々がすべて死んでいたら、今頃世界は滅んでいる、と母上は言っていた」
堂々と言うので一瞬信じかけたのだが、付け足された言葉にずっこけそうになった。
やっぱりどこかずれている。
神々の寵児として育てられたせいだとしたら、アレスは本当に炎の女神、レダを母に海神レオニスを父に持っているのかもしれない。
だとしたらエルシアたちよりすごい身分の御曹司ってことにならないか?
なんでこんなところにひとりでいるんだろう?
「なんか不安になってきたから訊くけどさ。アレスみたいな世間知らずが、どうしてこんなところにひとりでいるんだ?」
世間知らずと言われてムッとしたのか、アレスは不機嫌そうに亜樹を睨んだ。
どうやら反応は子供みたいでも、一人前に馬鹿にされたことはわかるらしい。
別に馬鹿にするつもりで言ったわけじゃなく、亜樹はただ事実を口にしただけなのだが。
ここまで世間知らずだと、外に出すのは勇気がいったはずだ。
異世界人の亜樹より、ずっと世間を知らない気がする。
誰にでも炎の女神が母親で、海神が父親だなんて打ち明けていたら、アレスは厄介な事態に巻き込まれていただろう。
それに気づいていないところがまた怖い。
自分がどれだけ無防備かアレスは全然気づいていない。
そのせいで放っておけなかったのかもしれない。
「人間のことを学べと母上に言われて、人間界に放り出されたんだ。半年前に」
「ふうん。炎の女神レダって思い切りがいいんだなあ。オレだったらこんなに世間知らずな奴を外に出す決断なんでできないよ」
「何度も世間知らずと言うな。今、勉強中だ」
真面目な顔で言うことか?
思わず亜樹は沈没しそうになったが、同時にアレスに好意も抱きはじめていた。
ここまで真っ白だといって清々しいくらいだ。
染まっていないんだなあとそう思う。
「ところで人間学を学んでいる最中のアレスが、なにをしにリーン・フィールド公国へ?」
「ああ。忘れるところだった。この国にはエルダ個以上の血族がいると聞いて、彼らに逢いにきたんだ」
「エルシアたちに逢いにきた?」
亜樹が名前を出したことが意外だったのか、アレスがきょとんと亜樹を見た。
「知り合いなのか?」
「知り合いっていうか。う~ん。オレの保護者みたいなものかなあ? 取り敢えず身受人だし」
「なんのことだ?」
怪訝そうなアレスにどう説明すれば伝わるのかと亜樹が悩んだとき、彼の名を呼ぶ声が響いた。
「アレス! 探したわよ! なんて辺都なところにいるのよー!」
威勢のいい窓の声にアレスの背後に視線を投げると、全身で炎を形容しているような美女が立っていた。
「うわ。まるで炎そのものだ」
「当然だな。ファラは炎の精霊だから」
「炎の精霊? うわあ。精霊なんで初めて見るよ」
「黒髪に黒い瞳?」
怪訝そうに呟いて赤毛の美女が、じっと亜樹の顔を覗き込んできた。
反射的にピアスに気付かれまいと隠した亜樹だったが、精霊相手に隠すのは無駄だったらしい。
はっと息を香む気配がした。
「蒼海石のピアス?」
髪で隠しているのに炎の精霊の眼には、はっきりと映っているらしかった。
居心地悪く思わずアレスの背中に隠れる。
頼られたアレスはちょっと意外そうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
初めて見せてくれた笑顔に、亜樹が呼然としていると、ファラという精霊がアレスに話しかけた。
「ちょっとこれどういうこと? その子、誰? 蒼海石のピアスなんて存在しないはずよ」
「ファラの知らないことを、わたしが知っているわけがないだろう。
わたしは勉強中の身だ」
「相変わらずぼけた子ね。これが本当にレダさまのご子息?」
なんだか精霊は願いているようである。
但しこれではっきりしたことがある。
アレスは本当に炎の女神を母に海神を父に持っているのだ。
でなければ精霊の加護がついているわけがない。
母である炎の女神がつけたと考えるのが妥当だ。
しかしファラという情霊の言葉ではないが、二大神の血を引いた御書司が、こんなにボケボケしていていいのだろうか。
なんだかちょっと将来が不安だ。
「とにかくこんなところで夜を明かすわけにはいかないわ。早く首都に戻るわよ」
「それはちょっと」
「それはちょっとって。なによ?」
炎の精霊だけあって意思表示ははっきりしている。
これはかなりきつい性格と見た。
まるで漫才コンビだ。
これも一種のボケと突っ込みだろう。
「その首都から逃げてきたところなんだ。戻ったら困る」
「逃げてきたって今度はなにをしでかしたのよ、あなたは?」
どうやら一応、女神の子息ということで敬意は払っているらしいが、言葉の端々に感じるきつい口調から、アレスがこの半年で、相当騒ぎを起こしてきたことが察せられた。
まあこの性格では無理もないか。
自分でも知らない間に、災難に巻き込まれていたこともあっただらうし。
もう少し養育期間みたいなものを置いて、アレスに常識とか世間とかを教えてから、外に出すわけにはいかなかったのだろうか?
亜樹から見ればこれだけ子供っぽく世間を知らないアレスを外に出す親の気が知れない。
世間様れしすぎて世の中を飄々と生きているエルシアたちとどちらがましか悩むところだ。
どちらも同じ神の血を引く者。
まあ血の濃さでは直接、女神や海神から生まれたアレスの方が勝っているだろうが。
これだけ百八十度違うと神の血を引くって、なんだか変なことみたいな気もする。
大本の神々はどんな性格をしているんだろう?
「まさかその子を攫ってきたんじゃないでしょうね?」
「攫うってなんだ?」
ガクりと項垂れてしまう言葉である。
さすがの精霊も足れたようだった。
それからさすがに埒が明かない
と思ったのか、亜樹の方を覗き込んできた。
「アレスはなにをやったの? あなたは知ってるんでしょう?」
「いや。アレスはなにもやってない。ただ追われてたオレを助けてくれただけで」
「あなた追われてたの? だれに?」
「宮殿の衛兵に」
「あなたを見捨てるのは簡単だけど」
精霊がなにを気にしているのかは、亜樹にもわかるような気がした。
迷わせているのは蒼海石のピアスのせいだ。
亜樹の身近について悩んでいるのだろう。
「別にもう戻ってもいいんだ。怒られるのは怒られるだろうけど」
「戻ってもいいって。あなた。どうして追われてたの? なにか悪いことをしたからじゃないの?」
「違うって。オレが護衛もつけずに外に出るって言ったから、リーン世継ぎのエ子と守護神族の長たちが怒って追いかけてきただけだよ」
「世継ぎの王子に守護神族。あなた。エルダ神族なの?」
疑っている口調だった。
それはそうだろう。
エルダ神族なら自真珠のピアスのはずで、亜樹は異端なのだ。
「まったくの他人だけど?」
「そうよね」
自分に言い聞かせているような声音だった。
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