第39話 邂逅のとき(1)
第九章 邂逅のとき
亜樹は必死になって逃げていた。
明日にはエルダ山に連行されると聞いて、せめて今日くらい自由にさせてほしいと言ったのだが、そうしたらリーンをはじめとして、すべての者が過保護な反応を見せたのだ。
まずリーンが首都に行くなら護衛をつけると言いだして、それに対抗するようにリオネスも同行すると言いだした。
それだけでも頭が痛いのに、エルシアたちまで面白そうだから行ってみると言ったのだ。
亜樹は貴族のお忍びじゃない!
と怒鳴ったが、誰も聞いてはいなかった。
イライラがムカムカに変わるまで、大して時間はかからなかった。
身が軽く験足であることを利用して、人々の目を盗んで抜け出したのだが、当然だが追手がかかっ
た。
まるで犯罪者である。
「なんでこうなるんだよぉ?」
亜樹は泣き言を吐きながら、人込みを掻き分けて逃げていた。
リーン・フィールド公国はどうやら完全なな白人種らしく亜樹の黒髪は、いるだけで目立っている。
それが目印となり、人々は追いかけているらしかった。
首都を眺めて遊ぶなんて余裕はない。
どうして逃げているのかすら怪しくなってきた。
自由をくれよっ!!
亜樹の心の叫びである。
明日から厳しい訓練に耐えなければならないのなら尚更だ。すこしぐらいひとりにしてくれてもいいだろうに。
エルシアたちがまだ動いていないことが、亜樹の救いだった。
守護神族であり翼を彼らが動きだしたら、絶対に空から探すに決まっているのだ。
守護神族のことを知らない公国人などいるわけないので、エルシアたちが目立たないわけがなく、亜樹を追いかけていることがわかったら、たちまち見せ物と化してします。
「どこへ逃げればいいんだ?」
そろそろ方向感覚も怪しくなってきた。
逃げ回りすぎて自分がどこにいるのかもわからない。
帰れば絶対にお小言の嵐だろうが、今はそういうことを考えている余裕すらなかった。
ちょうどそのときだった。
誰かに二の腕を掴まれたのは。
「え?」
見上げて驚いた。
そこにあったのは久しく見ていない黒髪に黒い瞳だったのだから。
リーンやエルシアとも互角といえるくらいの美少年である。
歳のころは十七、八といったところだろうか。
すらりとした長身でスタイルも抜群だった。
だが、見慣れない格好をしている。
少なくとも公国の人間ではないだろう。
「追われているのか?」
「う、うん」
「じゃあ、こっちだ」
どういう意図かはわからないが助けてくれるらしい。
亜樹もどうしようか迷ったが、声が聞こえてきたので焼てて彼に従った。
少年は恐ろしいほどの駿足だった。
走るのが速いと言われてきた亜樹でさえついていくのでやっとである。
息を切らせてゼイゼイ言っている亜樹に気づいたのか、ふと振り返ると黙ってしゃがみ込んだ。
「な・•・なに?」
膝に手を当てて呼吸を整えながらそう言うと、彼は一言だけ言った。
「おぶされ。逃げるから」
「でも」
「お前の速度に合わせていたら逃げられないんだ」
一言だけ言われて諦めた。
なにも考えている余格がなかったというのが本音なのだが。
亜樹が黙って背中に寄りかかると、立ち上がった少年がぽつりと呟いた。
「軽いな」
放っておけっ! と思ったが、助けてくれるのだと思ったら、亜樹は知らず知らず身体から力が抜けていく。
安堵から気が遠くなっていった。
だから、この後のことはなにも知らない。
「亜樹を見失ったっ? 冗談じゃねえっ! なにやってたんだよ、アディールッ! お前が首都なら捕まえられるって言ったから任せてたのにっ!」
世継ぎの王子に対して喧々買々と食ってかかっているのは当然のことながら一樹である。
リーンは苦い表情をしていたが、言い訳は口にしなかった。
勿論彼に亜樹の保護を任された衛兵たちは、身を縮めている。
なにしろ相手は守護神族が身柄を預かることが決定していた特別な客人なのだ。
世継ぎの王子の怒りも怖かったが、それ以上に気まぐれと噂される守護神族の怒りを買うことが怖かった。
なにしろこの場には全員集合とばかりに、長のエルシアをはじめとして、彼のふたりの弟たちまで集まっていたので。
「こんなことならはじめからボクらが探していればよかったね。亜樹の黒髪は目立つから空から探せば簡単に見つかったのに」
肩を竦めてそう言ったのはリオネスである。
余裕があるのは必ず見つけてみせるという自信からだろうか。
亜樹を。
このまま亜樹を見逃すつもりなど、リオネスにはなかった。
それはふたりの兄たちの意見でもあるだろう。
「仕方がない。今から亜樹を捜し出そう。蒼海石のピアスが発する気を追っていけば、自然と亜樹に辿り着けるはずだから」
「こうなると亜樹が蒼海石のピアスを、自分では封じることも隠すこともできないのが救いですね。ぼくらのように自分の意思で自由になったら、下手をしたら気配を完全に断たれたでしょうから」
神族はその力も気配も、すべてピアスに由来する。
亜樹が神族かどうかはまだ不明だが、同じ特徴を宿しているのは明白で、それが亜樹を捜索する際の手掛かりとなる。
「それにしても」
いきなりリーンが口を開いて一樹をはじめとして、翔や杏樹を含む全員が彼を見た。
「亜樹は王都には詳しくないはずだ。一体どうやって逃げおおせたんだ? あれだけの数の衛兵を振り切るなんて」
「だれかが亜樹を助けたのかな?」
リオネスの指摘も答える言葉がなかった。
「とにかく急いで捜し出そう。私も不安になってきたからね」
エルシアの言葉で亜樹捜索隊がその場で結成された。
リーンは自分も探すと言ったのだが、残念ながら実現できなかった。
世継ぎの王子をひとりで出せないと、衛兵たちに止められたせいである。
悔しそうに見送るリーンに手を振って、エルシアたち守護神族の三兄弟と、その養子同然の一樹の四人が、亜樹の気配を追って首都へと向かったのだった。
目覚めたのはどこかの森の中だった。
額に手が触れて目が覚めたのである。
顔をき込んでいたのは、街中で助けてくれた黒髪の少年だった。
宿に逃げたりしなかったのは、亜樹を追いかけていたのが、この国の兵士だと気づいたからか。
だとしたらなにを言われるのだろう?
「随分とぐったりしていたが平気なのか?」
よく通る声でそう言われ、亜樹はちょっと面食らった。
もっとこうなにか事情を訊いてくるとか。
詰問めいたものを想像していたので。
「平気だよ。走りすぎで疲れただけだから」
「そうか。ところで誰に追われていたんだ? 条件反射的に助けてしまったが、なにか悪さでもしたのか?」
兵士に追われている人間を見て、悪さをしたのか? はないだろう。
普通ならなにをやったんだと訊ねるはずだ。
なんとなくなく浮世離れした少年である。
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