第38話 伝説の彼方へ(7)

 新たな眷属の出現に絶対に動かざるを得ないときがくる。


 それに創始の神々が世界を支えているとはいっても、すべての神々はすでに伴侶を持つ身である。


 例外は婚姻を結んだかどうかも不明、所在も不明という水神マルスだけ。


 マルスはあてにならないので、必然的にアレスにかかる負担が大きくなるだろう。


 もうひとりの例外は風神エルダだが、彼は自分の伴侶について絶対に語ろうとしないが、次の伴侶

を迎えないことからも、傍にいない明らかにしていない伴侶を、今も愛していることは容易に想像できる。


 いくら世界を救うためとはいえ、最高神に近い風神エルダに、新しい婚姻は強制できない。


 唯一の例外であるマルスが行方不明となると、やはりアレスは自分を待つ運命からは逃れられないようだ。


 他に該当する者がいないのでは。


 炎は気まぐれだとレダは言うし、精霊であるファラもそう思うが、水はその上をいくと思う。


 そして水と同じくらい気まぐれなのが風。


 最強の力を有するふたりの神々は、気まぐれな性格、というところで非常によく似ている。


 それは自然災害にも現れている。


 洪水や竜巻といった自然現象に。


 あれほど気まぐれな自然災害はないだろう。


 そして住々にして水と風は密接な繋がりを持っている。


 案外エルダならマルスの行方も知っているのではあるまいかと、ファラはそう思ったが、あのときは指摘しなかった。


『もしもあの子がエルダ兄さまの子供たちと逢うようなことがあったら、そのときは、エルダ兄さまの子供たちに本当のことを話してあげて』


『よろしいのですか? アレスさまの出生は最高機密なのでは?』


『確かにそうだけれどあの子たちも、なにか行動を起こしているような気がするのよ。アレスが自分の存在に価値を見いだし、生きていく理由を見つけるまでは、どうしても周囲の協力が欠かせないわ。エルダ兄さまの子供たちにも協力して貰いましょう』


 そんなことを言うが、向こうだって最高神エルダの血族である。 


 協力しろと言ったところですんなり受け入れるかどうか。


 大体エルダを知っているならわかることだが、風を司る者は気まぐれだ。


 それこそ炎を司る者以上に。


 その象徴とも言える長の三兄弟に協力を請うことは不可能に近いと思えた。


 渋面で唸っているファラに気づいたのか、レダはおかしそうに笑った。


『大丈夫よ。彼らが本当にエルダ兄さまの血を引く者なら受け入れるわ。それに言ったでしょう?

現状を覆し世界を救済するには、すべての者が協力し合うことが必要だと。そのくらいのことが読めないようでは、エルダ兄さまの名を名乗れはしないのよ』


 炎を司っているだけあって、レダは時々きつい物言いをする。


 慣れてはいるが、面識のないエルダスの三兄第こレダを引き合わせたら、どんな顔をするだろうかと、一瞬埒もないことを考えた。


『それとね。人間界に行くあなたに頼みたいことがあるの』


『なんでしょう?』


『旅を続けながらでいいから、大賢者と呼ばれた異端の神の正体を探ってほしいの』


『大腎者の正体?』


『大賢者に関してはわたしたちにもわからないことだらけなのよ。その出生も謎。その行く末も謎。わかっていることはなにもないの。わかっているのは大賢者と呼ばれた異端の存在が、わたしたちをも越える力を持っていたということだけ。大買者がどうやって現れどこに消えたのか、わたしたちはそれを知りたいの。お願いできるかしら?』


『わかりました。できるかどうかはわからないけれどやってみます』


『もし』


『はい?』


『もし大賢者と人々の祈りが繋がっていたら、そのときは早くすこしでも早くわたしたちに知らせて。

そのときは直接、わたしたらが動くから』


『風神エルダさまもですか?』


 ぎょっとして訊ねるとレダは「もちろんよ」と頷く。


『大賢者と人々の希望が繋がっているなら、おそらくそこには水神マルスも関わっているはずよ。見逃せる事態ではないわ。今の状態で水神が欠けているのはあまりにも痛いのよ』


 水袖マルスの行方を、一番掴みたがっているのは、兄弟たちだとファラは初めて知った。


 普段気にしている素振りを見せないから、特に気にしていないのだと勘違いしていた。


 その力の強さを思えばマルスの行方を気にしていないわけがないのに。


『本当に困った御方だわ』


 それがファラが聞いたレダの最後の言葉だった。


 あれから半年。


 ファラは一度もレダと逢っていない。


 頼まれたことに進展がなかったこともあったし、アレスの守護に追われていたということもあるのだが。


 とにかくアレスはなにを突然しでかすかわからないところがあったから、慣れるまでは気を抜けなくて、レダと連絡を取るどころではなかったのだ。


 だが、どうやらレダの予言が現実となるときがきたようだった。


 アレスは自分から風神エルダの末裔に近づいている。


 それがなにを招くかわからない。


 せめてアレスがエルダの子供だちに逢う前に捕まえられたらいいと、ファラは祈るような気持ちでそう思った。


 風の結界が邪魔をして、力が使えないのを悔しがりながら。


 内心で炎を抑え込むほど強く風を制御している長の三兄常に感心していたのだが。


 それだけ彼らの力が強いことを意味するから。


「運命が動きだす前に、アレスを捕まえないと」


 彼はまだ生まれて一年の子供なのだから。

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