第37話 伝説の彼方に(6)


 アレスの性格からして、一度行くと言った以上、絶対に公国の首都を目指しているはずだ。


 だったら後を追いかけるしかない。


「精霊たちの間で流される噂によると、今のエルダ神族の長の直系たちは、みんな先祖返りした異端児だと聞いているわ。もしかしたら歴史が動きはじめているのかもしれないわね」


 自分がアレスを護るように、おそらくエルダ神族の長の直系たちにも、それぞれに重責が課せられているはず。


 世界は転機を迎えている。


 アレスの誕生を知りその守護を任されてから、ファラが感じはじめていることだった。


 創始の神々は消えたわけではない。


 精輩たちは今で自らを加護する母なる神とは逢えるのだから。


 例えば炎の精題、ファラのような立場だと炎の女神、レダに逢える。


 レダは伝説とまったく変わらない姿をした苛烈の気性を持った女性だった。


 燃えるような赤毛と、炎そのものの瞳が印象的な。


 他の神々は知らないが、おそらく己が司るものの影響を受けた容姿をしているのだろう


 ただ毎年、年を追うごとに精霊の数も減ってきているし、神々の力も弱ってきているようだった。


 信仰の衰えが原因だと母なるレダはそう言っていたが。


 だから、ある意味でアレスの存在は、現状を覆すための切り礼に近かった。


 自分からは動けなくなってしまった創始の神々。


 その神々が一堂に会し、始まった計画。


 それがアレスの存在する意味。


 ただ気掛かりなのはアレスの守護を託したときのレダの言葉。


『あの子は生まれたばかりの幼子。でも、今の世界にとってあの子は紛れもなく異端。護ってほしいのよ、ファラ』


 そう言って気掛かりそうなため息をついた。


『ただあの子はわたしたちの希望であって、人間にとっての希望ではないわ。わたしたちの力の源が、人間たちの信仰であることを思うと、あの子の出生を明かすことでしか、おそらく人々はあの子の存在を認めないでしょうしね。

そうなると信仰を集めるのは不可能に近いわ。でも、神々に力を与えるほど強い人々の祈りがなにも生み出さないはずがないのよ。ファラ。あの子を見守って守護を続けながら、探してほしいの。人間が望んだ希望を』


 レダがそう頼んできたので、ファラは恐れ多いことと知りながらも訊いてみた。


『人間の希望? それがアレスさまとどんな関係があるんですか?』


『わからないわ。ただわたしたちの希望であるアレスと、人間の希望が重なるようなことがあれば、きっとなにかが起こる』


『人間の希望もまた人だと?』


 問い掛ける声にレダは小首を傾げてみせた。


『さあ?』


『さあって。レダさまっ!』


『ごめんなさい。揶揄うつもりではなかったの。でも、本当にわからないのよ。人間が望んだ希望なら、それもまた人間なのかもしれない。でも、人間の信仰がわたしたちの力の源である以上、人々の祈りが具現したなら、それはもはや人間ではありえないわ』


『人間によって望まれていながら人間ではない?』


 それはとても不幸な気がした。


 自分の力ではどうにもできない運命に翻弄されるアレスのように。


『今のところ、わたしたちにできることは、アレスを送り出すことだけ。あの子の兄弟については、今の段階ではどうしようもないわ。無事にあの子に力が受け継がれるか、その心配もあるし。受け継いでも制御できるかどうかその不安もあるわ。それに生き残っているというエルダ神族についても、色々と考えなくてはいけないし。アレスにとってもエルダ神族の存在は大きなものとなるでしょう』


『レダさま』


『大きな転換期は人間の希望が、人々の祈りが具現化したときに訪れるでしょう。それまであの子を護ってあげて』


 見送られてアレスの元へ旅立とうとして、ふとファラは振り返った。


『昔レダさまは仰りました。自分たちが存在しているのは、人間が

そう望んだからだと。それが世界の成り立ちにまで通じていると。

今なおその力や存在が失われないのは、人間が存在するためだと。だったら人間の祈りというものが神を生み出すなら、レダさまの仰っているその人間の希望は、もしかしたら新たなる神?』


『その可能性は否定できないわね。神々は人間が生み出す希望の象徴。だからこそ信仰によって力を得るの。今の世界に足りないものが、その信仰である以上、新しく信仰を集める神が、生まれたとしても別段不思議な話ではないわね』


『もしかしてその神と出逢わせるために、アレスさまを誕生させたんですか?』


『そこまで深読みをしてはいけないわ、ファラ。わたしたちも全能ではないのですから。それに人間が生み出した希望が、人という形態を取っているかどうかも謎なのよ? どうやってそんなことを画策するというの?』


 とか言いながらレダは悪戯っぽい瞳をしていた。


 人間が希望を具現化させたなら、それは間違いなく人の形態を取っているはずだ。


 その証拠が創始の神々である。


 彼らもまたそうして生まれてきた存在なのだから。


『レダさまはお人が悪いです』


 膨れるファラにレダはおかしそうに笑った。


『炎は気まぐれなものよ。そうでしょう?』


 それはそうなのだが、この女神は特別その傾向が強い気がする。


『アレスの運命はあの子が自分で決めるわ。本当にわたしたちが関わるようなものではないのよ』


『レダさま・・•・・』


『それにエルダ兄さまの子供たちのことも気になるわ。今の長の家系は三兄弟らしいけれど、彼らもこの歴史の転換期になんらかの役目を背負っているでしょう。エルダ兄さまは仰っていたから。あの子たちの力は強いと。世界を変えられるだけの力を秘めていると。アレスひとりの力では、どうにもならないものなのよ、ファラ。生きとし生けるもの。すべてが協力しなければ、おそらく世界は救えない』


 そこまで言われてしまえば、ファラとしてももうなにも言えなかった。


『人々の祈りが具現化し、もし人の形態を取っているとしても、その人物が誰を伴侶に選ぶかも、当人次第だわ。まあもし本当に人として生まれていて、新たな神となるべく運命にあるのなら、わたしたちの意見としては、アレスと結ばれてほしいけれど』


 それは新しい歴中の流れを生み出すことになる。


 創始の頃のように。

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