第32話 伝説の彼方に(1)
第八章 伝説の彼方に
「だからね、リーン。何度も言っているようだけど、彼は神族の領域なんだよ? きみの手に負える相手じゃない。もう強情を張るのはやめてくれないかな?」
もう何度目になるのかわからない説得を、エルシアは口にしながら多少うんざりしていた。
リーンがエルシアたちの意見に対抗してくるのは、なにもこれが初めてじゃない。
それどころか日常茶飯事といってもいいくらいには何度もあった。
だが、何度かの会議を繰り返していく中で、リーンは正当な意見には耳を傾けてくれた。
今回のようにガンとして嫌だと言い張ったことなど、過去に実例はない。
なにしろ彼の泣きどころである、姉姫のイヴ・ロザリアに嗜められても、リーンの頑なな態度が崩れないのだから相当なものだ。
「どうしてわからないかな? これはあくまでも仮定だけどね。もし万が一この宮殿に彼を置いておいて、彼の力が覚醒するようなことがあったら、どうなると思う?」
アストルも少々辟易した素振りで割り込んできた。
話し合いはさっきから全然進展していない。
なにを言われてもリーンが「嫌だ。認めない」を繰り返しているせいである。
同じ説得を口に出すのも何度目か、誰もが数えるのをやめていた。
これでうんざりするなと言われても無理だ。
元凶たるリーンは相変わらず無表情だったが、どこか憮然としているようにも見える。
彼は彼でうんざりしているらしい。
思っている理由は百八十度違っているだろうが。
「この宮殿にはぼくらが結界をかけている。その強さには自信を持てるけど、正直なところ、蒼海石のピアスが秘める魔力は底知れない」
「私たちが身につけているエルダ神族である証の自真珠には、宝石自体に魔力はない。それは知っているだろう? それでも神族が証として身に付けたとき、大きさや形、色など条件があるにしても、途方もない強大な力を発揮できる」
そういう意味ではエルシアたちは最強である。
彼らほどの大きさの白真珠を身に付けている神族はいないし、また色も綺麗な混じり気無しの純白だった。
それだけ発揮できる力が強大なことの証明になるのだが。
「でもね、リーン。亜樹が身に付けているピアスは、よりによって蒼海石なんだよ? ボクらにもその封印が解かれたとき、一体どんな事態になるのかは予測できない。最悪の場合だとね? この宮殿が跡形もなく吹き飛んでしまったり、もしくは消滅してしまったり。そういう事態もあり得るんだよ?」
柔らかな口調でリオネスに諭され、リーンは仏頂面になる。
僅かな変化なのだが、この場にいる者は、彼の感情を読み取ることは得意だったので、リーンが不機嫌になったのは見て取れた。
誰からともなくため息が漏れる。
「エルスたちの張った結界は、それほど頼りないのか? どんな攻撃からも守り抜くと豪語していたのではなかったか?」
ムッとしたような反論にエルシアは苦笑する。
「これが普通の事態なら自信を持ってそう言えるよ。でも、何分にも前例のないことだから、今度ばかりは私にも保証はできない。蒼海石のピアスなんて前例がないし、それ以前に蒼海石自体が秘める魔力も、相当なものだからね。相乗効果でどれだけの力が発揮されるか、私にも予測できないよ」
はっきりと言い切られて、答えに詰まった。
世継ぎの王子としてなら、エルシアたちに同意するべきだと、リーンにだってわかっている。
わざわざ危険な道を選ぶなんて君主としては恥ずべきこと。
己の使命を思い出せば、自然と選ぶべき道は決まってくる。
だが、亜樹が傍から居なくなるのは嫌だった。
「亜樹の力の封印と解放は、一樹たちの意思で自由になるということだった。だったらそれほど悲観することはないだろう?」
ひとり壁に背中を預けて傍観していた一樹は、いきなり当事者として引き込まれて、深いため息を漏らした。
リーンがこれだけ強情を張るのも珍しい。
それもエルシアたちに対抗するためではなく、自分のために。
「言葉に語弊があるようだね。一樹の説明を信じるなら、彼らの自由になるのではなく、封印を司っているというだけのことだよ」
そうなのかとリーンに視線を向けられて、一樹は肩を疎めてみせる。
「おれの意思ではどうにもできないし、敢えて言うなら兄貴の意思でもどうにもならない。言っただろ? 封印しているのは無意識だし自覚したら封印は解かれると。つまりおれたちの自由にはならないんだ。ただ単に亜樹の力を封印するには兄貴の助力が必要で、また解放させるときにも兄貴が絡んでくる。それだけのことなんだ」
「じゃあ景体的にどういう事態になると、亜樹の封印は解かれるんだ? 解かれたとき一体どんな事態になるんだ?」
まだ食い下がるリーンに一樹は呆れながらも、彼が納得できるように根気よく付き合ってやった。
「封印が解かれる具体的な事態の説明はできない。ただそれは運命的な流れに従って、時が訪れたときに解かれる、とだけ言っておく」
「それは定められた時がこないかぎり、彼の封印は解かれないという意味かい?」
エルシアに痛いところを突かれて、一樹が仏頂面になる。
「最悪のパターンも勿論あるぜ?」
「どんな?」
面白そうに割り込んできたリオネスに、一樹はちょっとムッとした。
彼とのやり取りを思い出したからだ。
勿論だからといって喧嘩を売ったり、わざとこの場でごまかしたりなんて、子供じみた真似はしないが。
「定められた時がきて自然と解かれた封印なら、受け入れる亜樹の負担はかなりのものだろうけどな。
周囲にはそれほどの心配はない。怖いのは時がきていないのに、なんらかの理由で、亜樹の力が暴走してしまうことだ」
イヴ・ロザリアを含むすべての者が、苦い表情で一樹を見ていた。
それは亜樹の力の解放が、完全には安全を保証できないことを意味するから。
「兄貴が亜樹の力を封印してるって言ったよな? その押えつける力より、そういう予想外の事態で引き起こされた亜樹の力の暴走の方が強かったら、兄貴にも御しきれない。つまり亜樹が暴走したら、誰にも止められないって意味なんだ」
「もし万が一そういう事態になったらどうなるんだい?」
長い銀髪を物憂げに掻き上げて、エルシアが気怠そうに訊ねる。
その姿は嫌味なほど絵になった。
「私たちの結界をも破壊するほどの威力を発揮するのかな?」
自虐的な響きが篭っていたが、それほど自分を卑下しているわけでもないらしい。
こういうエルシアの懐の深さは、一樹も素直に彼の長所だなと思えるのだが。
エルシアたち三兄弟の最大の長所は、どれほどの力を持っていても自慢して、ふんぞり返ったり、もしくは自惚れて天狗になったりしない点にあった。
自分たらより力が上の者が現れたら冷静に分析して、それに対抗して手段を考える。
そういうタイプなのである。
完璧ではないと認める強さを、エルシアたちは持っていた。
それは神族として生まれ育った過程を思えば異端的な特徴である。
一樹はエルシアたち以外の神族は知らないが、神族はその力の強さを誇りとしているし、それに対する自信もかなりのものだ。
神族であるということに価値を見出す、それも長の家系の彼らが、自惚れることなく上には上がいると認められる強さは、一樹も認めるところだった。
その割に人を揶揄って遊ぶ悪い癖があるが。
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