第33話 伝説の彼方に(2)

「正直なところ、そのときのパターンにもよると思うけど、エルシアたちの結界なら、軽く破壊できるんじゃねえか?」


「それって力が暴走したときの状況によって暴走する力にも幅があるってことなのかな?」


 考え考えリオネスがそう言って一樹は黙って頷いた。


「力が暴走したとき、それは主に破壊とか、負の方向に向かるという意味なのかな?」


 アストルの尤もな問いに一樹はちょっと悩んでかぶりを振った。


「力の制御が出来ないから、そういう事態になるだけで、亜樹が持つ力そのものに善も悪もねえよ。怖いのは亜樹が自分の力に翻弄されてコントロールできないってことだ。制御不能な力が、どういう方向へ働くかは、小さいころから力のコントロールを叩き込まれてきたエルシアたちが一番よく知ってるんじゃねえのか?」


 一樹の指摘も尤もで、この場を重苦しい空気が支配した。


「これはなんとしても彼にカのコントロールを覚えてもらう必要がありそうだね」


 エルシアが堅い決意の声でそう言って、リーンはまた嫌そうな顔になった。


 そのために亜樹をエルダ山に連れていくのだろうとわかっていたから。


 まあ今の話明を聞いてしまったら、自分個人のわがままで亜樹を引き止めたいとは言えないのだが。

 

「それを前提として訊ねるけど、亜樹の力は目覚めていない状態でも、引き出すことは可能なのかな? つまりコントロールを覚えさせることが」


 当たり前と言えばあまりにも当たり前の事実に気づいたのは、聡明なリオネスだった。


 そもそも封印された状態である以上、力を引き出せない可能性の方が強いのだ。


 コントロールを覚えさせようと言っても、力を引き出せなかったら無意味だ。


 問われて両腕を組み、一樹は暫く困惑した顔をしていた。


「できるともできないとも言えねえな」


「そう」


「亜樹にそういう力があるのは事実だ。今亜樹がこっちにいることを思うと、一度は力を発動させたんだと思う」


「つまり亜樹がこちらに迷い込んだのは偶然ではなく、亜樹の力が招いた結果だと?」


 亜樹と出逢った当初、彼から偶然だと説明を受けていたリーンは、素直に驚いていた。


 当人は自分のせいだなんていう自覚は欠片ほどもなかったみたいなのに。


「偶然で界の扉が開くかよ。亜樹と杏樹が川に落ちた場所っていうのが、かなり高いところで、おまけに川の流れも急激だった。落ちたら多分助からねえな。自分を襲った危機に反応して、亜樹の力が自然と発動したんだと思う。それ以外の理由で亜樹が界を越えることはまずねえよ」


 身を守るために生まれ持った力が、ひとりでに発動する。


 それはエルシアたちには簡単に理解できることだった。


 自分の身を守ろうとしたときに、力は自然と発動する傾向がある。


 特殊な力というのは、元々当人を守るためにあるのだから当然だ。

 

 しかしこの説明の意味するところは。


「つまり彼の力を引き出す可能性は無ではなく、コントロールを覚えさせることも不可能ではないということだ」


 しっかりした口調で言い切られて、一樹は憮然としたまま頷いた。


 このままの流れだと、またエルシアたちと暮らすことになりそうだと気付いて。


「コントロールを覚えさせた後に力が、暴走するようなことになっても、さっきみたいな事態は起きるのかい?」


 今度訊ねてきたのはアストルだった。


 その顔はエルダ神族を統べる者のそれになっている。


 リオネスも常の幼さを消して、統治者としての顔を見せていた。


「難しいところだな。暴走した時点で亜樹はそのことに気づくだろうし、気付いたら、なんとか抑え込もうとするすだ。

 コントロールを覚えていたせいで、多分なんとか抑え込むことには成功すると思う。

 だけど、荒れ狂う力をを亜樹が身の内に封じたら、亜樹はとんでもない状態になる。自殺行為だぜ」


「それはそれで困るね」


 リオネスの意見にはふたりの兄たちも同意しているらしかった。


 彼らが困ると思っているのは、亜樹に想いを寄せているからだろう。


 亜樹が傷付くような事態を歓迎できるはずがない。


「暴走しないようにするには、どうすればいいの?」


 不意にリオネスがそう訊いて、この場にいた者はみな、亜樹の力が暴走するという前提ではなしていたことに気がついた。


 そうだ。

 

 根本的な問題解決として、亜樹の力が暴走することのないように努力すると言う方法があるのだ。


「基本的に感情が臨界点を超えないようにすることかな?」


「曖昧だね」


「仕方ねえだろ? 力が暴走するってことは、つまり感情が高ぶっているということ。防ぐためには逆の姿勢。つまり亜樹が感情を昂らせずにせずにすむようしかないんだ」


「つまりこういうことだね? 亜樹の力の舞走もコントロールも、すべて彼の精神的な波が影響すると」


 エルシアの確認に一樹は無言で頷いた。


「だったらやっぱり力のコントロールは必然だね。力をコントロールするということは、感情をコントロールするということだからね。一樹も覚えているだろう? 小さい頃、駄々をこねて、力を暴走させたとき、私たちに叱られたことは」


 嫌な話題を出されて一樹は黙秘した。


 カのコントロールは裏返せば、感情を制御できるように訓練するという意味だ。


 確かに小さい頃と、大きくなってからを見比べると、感情を制御できるようになってからの方が力のコントロールは楽だった。


 精神を鍛えるという意味でも、力のコントロールは欠かせないだろう。


 ただ一樹は言える範囲のことしか口に出さず、後は演技してごまかすという一面を秘めているため、みんなの質問には正確に答えていない面もあった。


 例えば亜樹が力を暴走させたとき。 


 最悪の事態でないかぎり、一樹がいればなんとか被害を縮小させ、亜樹を正気に引き戻すことができるだろう。


 エルシアたちには言えないが、本当の最悪の事態とは、亜樹が一樹の存在を拒絶すること。


 そこまでいってしまったら、もう後はどんな手を打っても無駄だ。


 亜樹の力は衰えるということがないし、限界が来ることもないので、暴走は世界を破滅に追い込めまで止まらない。


 それ以外の事態なら一樹になんとかできるのである。


 が、今そういうことを教えると不自然なので、一樹はその点については触れなかったのだった。


 それにもし亜樹が力を暴走させ、一樹がそれを止めても、普通はそれまでに生じた被害というものが付きものだが、これについても心配する必要はないと一樹は知っていた。


 これも言えばややこしいことになると思ったので、独断で伏せている。


 そういうことを感じ取らせないという意味では、一樹も結構な食わせ者かもしれない。

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