第30話 双子の光と影(2)
「なにも。ただ暫くは放っておいてくれってそう言われたけど」
「そっか・・・・」
「あのときの亜樹ちゃんはちょっと怖かったかな? 近づこうとしても近づけないバリアーみたいなものがあってね、人を寄せつけなかったから。後にも先にも亜樹ちゃんが素っ気なかったのはあのころだけかなあ?」
それだけショックだったのだろう。
亜樹が生まれながらにあのピアスをしていたことは知っている。
だかま、それが周囲の子供には嘘をついているように見られて、随分虐められていたものだ。
嘘つきだと言われても、亜樹はそれだけは事実だと言い張って譲らなかった。
母さんの形見を侮辱するなと、逆に喧嘩を売ったほどだった。
儚げで華奢なイメージの強い亜樹だが、その芯はしっかりしているし、絶対にその意思を曲げると言うことがなかった。
それだけあのころの亜樹にとって、母と唯一繋がっているピアスが大事だったのだろう。
それが地球には存在しない宝石だったと知って、どれほどショックを受けただろう?
ピアスを身につけて生まれてくるということ自体、普通ならありえないことだから、今更と言えば今更だが、当人は案外そういうことを意識していないものだ。
何故ならあって当たり前のものだから。
違うと言われて初めて気づく異質感。
自分だけ周囲とは違うと突きつけられた現実。
亜樹が傷付くのも無理はない。
それに翔が覚えているかぎりでも、亜樹のピアスはかなり特殊だったと思う。
確か亜樹の成長に合わせて、ピアスも変わっていったはずだ。
亜樹が大きくなればピアスも大きくなり形を変える。
色も大きさも形も。
小さい頃は髪は短かったから、それは周囲にいれば自然とわかる事実だった。
それゆえに気味悪がられていた時期があったことを翔は知っている。
小学生時代というのは身体の成長が一番著しい時期だ。
こんなことを言えばエルタ神族の長たちは、やはり亜樹は神族だと言い張るだろうが、亜樹は成長が遅かったが、それでも翔が引っ越しするまでの五年間に、随分背も伸びたし、身体つきもしっかりしてきた。
それは同時に亜樹がピアスを隠すことをしなかったために、成長するほど形を変えてピアスが大きくなっていく現象を、周囲の者が目の当たりにする結果を招いた。
当時を思い出せば亜樹が成長すればするほど、気味悪がっていた者は、多くなっていった気がする。
そういえは再会したとき、亜樹は髪が長かった。
不自然なほどでもないし、長髪と言われるほどでもないが、ちょうどそう。
左耳を隠すように横髪を長く伸ばしていた。
髪形だけを意識してみれば、今の亜樹はちょっと変わったヘアスタルをしている。
あれは自分の成長に合わせて変わるピアスを憶すため?
「亜樹が髪を伸ばしはじめたのはいつなんだ? 確か小さい頃はごく普通の髪形だったと思うんだけど?」
「中学に入ってすぐかな? 小学校のときはお父さんが話をつけてくれたし、亜樹ちゃんのピアスが外れないことは暗黙の了解みたいになっていたから、あんまり言われなかったけど、中学に入ってすぐね? 校長先生に呼び出されて、ピアスのこと違反だから外しなさいって。言われることはわかっていたし、その覚悟もできていたけど、できないことを言われてもできないよね」
「そうだね」
他に相槌の打ちようがなかった。
中学のその事件の後に。
そうして気づいた色々な現実に、頭樹は暫くして髪を伸ばしはじめ、また周囲と積極的に付き合うようになった。
距離を置くことは逆に噂が噂を呼び、厄介な事態を招くだけ。
そう気づいてまず興味を他に逸らしてしまおうと考えたのである。
それは見事な効果を発揮した。
亜樹自身が周囲にいた人々の好奇心の的となったからだ。
自分から進んでアイドルになりたがらない亜間が、周囲にアイドル扱いされたり、マスコット扱いを受けるのは、これ以後の話だった。
これまでの亜樹は確かにずば抜けた美貌と、その優秀な成績から、いつも注目の的だった。
孤高を気取っているつもりはないのだが、自分から周囲と打ち解けようとしなかったの
橋が周囲を受け入れなかったので、誰も騒げなかったのである。
亜樹が周囲をうけいれなかったのは、散々ピアスのことで揶揄われ、母親がいないことで虐められて来たからだった。
現実は現実として受け止めで普通に扱ってくれたのは翔だけ。
そこには翔も過去に似たような境遇にいたことが関係していたのだが、この当時は亜樹も杏樹も、そのことは知らなかった。
だが、翔がすべての現実を無視して亜樹と杏樹という個性を見てくれたのは事実である。
しかしその他の人々ははじめ亜樹を敬遠し、事有るごとに気味悪がったり、母がいないことで揶揄ったりしてきた。
それが興味を惹く要素が出てきたからと、いきなり掌を返す人々を受け入れられるわけもない。
なのに中学に入ってすぐの事件でまたまた脚光を浴びてしまい、どうにか興味を逸らさないことには、日常生活も難しくなってきた。
結果として選んだ方法が、亜樹をアイドル化させてしまったわけである。
そんなことまでは翔は知らなかったが。
髪を伸ばしたのも亜樹なりの自衛の方法だと知って、少なからずショックを受けた。
傍にいてやりたかったと、本心からそう思う。
杏樹はため息をついた後で、自分なりの推測定打ち明けた。
「だからね、多分お母さんは目本人じゃなかったんだと思う。ううん。もしかしたら地球人でさえなかったのかもしれない」
「杏樹‥‥‥」
「そう考えると頭樹ちゃんのピアスが、こちらの宝石であったことも納得ができるし、色々と辻褄が合わなかった現実に答えが出るんだよ。だからね? エルダ神族の人たちが亜樹ちゃんの性別について、色々と言っているみたいだけど、多分当たってるんだと思うよ」
「‥‥‥」
「いいの?」
見上げて真っ直ぐに問われて、翔は強く息を飲み込んだ。
「亜樹ちゃんを奪われちゃうよ? あの人たちは本気だよ? 本気で亜樹ちゃんを奪う気だよ? あたしにだってわかることだもん。翔お兄ちゃんだってわかってるんでしょ? 呑気に構えていたら手遅れになるよ?」
「でも、亜樹は」
自分の気持ちにもイマイチ自信はない。
亜樹はずっと同性だと思ってきたし、気持ちが消えることはなかったが、その意味をずっと掴めずに来たから。
五月の連休を利用して亜樹に逢おうと思ったのは、確かに一樹を紹介したいという意味もあったが、翔の個人的な意見としては、亜樹に対する好きだという気持ちの意味を確かめたいという動機もあったのだ。
曖昧でありながら、ずっと胸を占めている気持ちの意味を知りたかった。
でも、それ以上にわからないのは亜樹の気持ちだ。
亜樹だって自分は男だとずっと思ってきたのだ。
今の段階で意識されているとは思えない。
寧ろ行動に出たあの三兄弟の方を亜樹は警戒しているだろう。
認めようと認めまいと、彼らが亜樹を手に入れようとしていることは事実。
行動に訴えられた亜樹が、まだのほほんと呑気に構えていられるわけがない。
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