第29話 双子の光と影(1)
第七章 双子の光と影
「杏樹」
ノックをして部屋に入ってから、翔は改めて彼女の名を呼んだ。
こちらにきてからゆっくり話す暇がなかったし、杏樹はいつもイヴ・ロザリアと一緒だったから、翔は余計に声をかけられなかった。
それが丁度彼女が出ていくところに鉢合わせ、今ならばと彼女の部屋へ訪れたのだった。
訪問を受けた杏樹は、びっくりして翔を見上げている。
見慣れないドレスを着て。
そうしてお淑やかに椅子に腰掛けていれば、さすがに亜樹の双子の妹だと思わせる。
意外なほど杏樹は綺麗だった。
ただ亜樹という光の影になって、今まで目立たなかっただけだと、翔もようやく気付いた。
亜樹が口癖のように杏樹は可愛いと言っていた意味が、今になってよくわかる。
あれは兄馬鹿ではなく単なる事実だったんだと。
今まで気付かなかったことに気付けば、杏樹が如何に不遇な立場だったか、翔にもわかる。
あまりにも目立つ兄を持って、杏樹は損ばかりしていたはずだ。
双子だということも、比較されることに拍車をかけただろう。
翔もそうだったからよくわかる。
一樹がこちらに迷い込んだりせずに、普通に生きていたら自分たちは今頃もっと仲が悪かったのではないか。
ここに来て行方不明の真相を知ってから、そう思うようになっていた。
亜樹と杏樹のようには振る舞えなかっただろうと。
不思議なほどお互いを思い合える双子。
すこしだけふたりが羨ましかった。
「どうかしたの? 翔お兄ちゃん」
不思議そうに小首を傾げる様子に翔は苦笑いする。
「うん。杏樹にちょっと話したいことがあってね。本当はG/Wに逢って話すつもりだったけど、こういう事態になってしまったし」
今まで機会を伺っていたのだと、杏樹にも翔のどこか煮え切らない態度でわかった。
「引っ越しのときのことなら、もう気にしなくていいんだよ?」
「杏樹」
弱り切ったような声音に杏樹は強がり笑ってみせる。
いつだってそうやって乗り切ってきたのだから。
「あたしは平気。あれは翔お兄ちゃんの素直な気持ちだったんでしょう?」
「それはそうだけど。最低なことには違いないから。それに亜樹を好きだって気持ちと、杏樹がぼくを好きだって言ってくれた気持ちとは、意味が違っていたんだ。だったらぼくはあんなことを言ってはいけなかった。最低だよね」
俯いてしまう翔に杏樹はため息をつく。
「本当に違うの?」
「‥‥‥」
「亜樹ちゃんの性別については聞いたでしょう? どうやら事実みたいなの」
「だって亜樹は日本人だろう? こちらの常識かなにか知らないけど、そんなの当てはまらないよ」
戸惑って言い返す翔に杏樹も小首を傾げ答えた。
「でも、そうらしいんだもん。イヴ・ロザリア姫の話だとね。亜樹ちゃんの持ってるピアス。あれがどうも怪しいんだって」
「ピアスが?」
「あのピアスの宝石は蒼海石と言って、こちらでも希少価値の高い宝石なんだって。しかも宝石自体に魔力の宿っている魔石」
「魔石?」
そんなものを亜樹が身につけていたとは驚きである。
昔からすこし変わったところのある子だとは感じていたが、まさか魔力を秘めた魔石を身につけていたとは。
「見付けること自体が凄く困難になってきて、余計にその価値が高くなっているらしい宝石なんだけど。蒼海石だってだけで価値は跳ね上がるし、値段も凄く高くなるのが普通なんだって聞いたよ。魔法使いなんかは自分の魔力を高めるため、わざわざ蒼海石を探すこともあるくらいだって」
「そこまで大事になってたのか。知らなかった」
「でも、蒼海石は気まぐれな石。石が認めない相手には触れられない。見つけ出すことも出来ない。蒼海石は持ってるだけでも特別なのに、それをピアスにしているなんて凄いって、イヴ・ロザリア姫はそう言ってたよ。
蒼海石は自分の主人を選ぶ石。だから、亜樹ちゃんがあのピアスをしていることにはなんらかの意味があるはずだって。姫はそう説明してくれたよ」
それはまあ魔力を秘めた石と言われるからには、それくらいのことはできても不思議はないだろう。
これがこんな異常な体験をする前に、亜樹の宝石は実は地球外の物質でできていて、魔力を秘めている魔石なんですと言われたところで、信じられなかっただろうが。
神々の末裔がいて魔法の存在する世界。
そんなまるでファンタジーみたいな世界なら、魔石のひとつやふたつ珍しくもないだろう。
そう思うから受け入れられるのだ。
だが、杏樹の説明を聞いた限りでは、地球では奇跡と言われそうなことでも、平気で受け入れているこの世界でさえ、蒼海石という魔石は、非常に稀だという話だった。
それは多分蒼海石という魔石の希少価値にも理由はあるのだろうが、魔石の持つ特異性のせいでもあるのだろう。
自分を所有する主人を選んだり、相応しくないと感じた者には、見つけられることすら妨害したり。
魔法が当たり前のように闊歩するこの世界でも、そういう意思を持った魔石は珍しいのかもしれない。
この場合、問題なのは魔石に認められた亜樹の存在意義だ。
一体亜樹はどんな存在なのだろう?
どんな謎を秘めているのだろう。
「亜樹ちゃんはピアスをしてるのに、あたしがしていないのは、きっと蒼海石に選ばれなかったからだよ」
物思いに沈んでいる間に杏樹が、そんなことを言い出して、翔は思わずカッとなって怒鳴りつけていた。
「杏樹! そんな自分を卑下するような言い方は、やめた方がいい。亜樹が聞いたら、なんて思うかっ!」
「でも、本当のことだもん」
俯く杏樹に翔は、かける言葉が見つからなかった。
一樹が戻って来てから詳しい話を聞こうと思っていたのに、よりによって戻ってきたとき、エルダ神族の保護者たちを引き連れていた。
その後で宴会みたいな事態になり、無理矢理お酒を飲まされた翔は、途中で酔い潰れてしまって、結局なにも聞き出せていなかった。
おかげで今朝起きたのだってお昼過ぎだ。
亜樹には「この酒乱!」と呆れられたが。
だから、杏樹の重荷を取り除いてやりたくても、現状を把握していない翔にはできない。
どんなに杏樹が自分を傷つけてきたか知っても。
(あまりにも出来すぎた兄がいると妹は大変なんだ。どうしてそんな簡単なことに気付かなかったんだろう?)
杏樹はきっと今までずっと強がって平気なフリをして笑ってきたんだ。
(ぼくは杏樹の一体なにをみてきたんだろう?)
亜樹が全力で妹を守ろうとするのは、原因は自分だとわかっていても、自分にもどうにもできない問題で、傷付く妹に気付いていたからか?
だとしたら亜樹の思いやりも本物である。
なんて深くお互いを思い合える兄妹なのか。
「亜樹ちゃんのピアスはね? 普通の宝石じゃないって、薄々わかってたの。だって宝石鑑定家が見てもわからなかったんだもん」
「そんなことが」
驚いて問い掛けると杏樹は笑った。
「中学生になってしばらくしてからのことだったかな? 亜樹ちゃんと一緒に遊んでいると、突然知らない女の人に声をかけられて。話を聞いてみると宝石鑑定家の偉い人だったの。その人亜樹ちゃんのピアスに興味を持って。ちょっと調べさせて欲しいって言ってきたんだけど、翔お兄ちゃんも知ってるように、亜樹ちゃんのピアスは外れないでしょ? それでその場で調べ始めたんだけど」
言葉尻が消えてしまう杏樹に、その先は聞かなくてもわかるような気がした。
案の定杏樹は肩を竦めてこう言った。
「お手上げだってそう言って笑ってた」
「‥‥‥」
「どんな宝石かわからないだけじゃなくて、種類も何もわからないって。少なくとも自分の知識の中に、こんな宝石はないって。その後一回だけその女の人の家に呼ばれて、機械でも調べてみたんだけど、結局わかったのは物質的な構造からして、地球にあるすべての宝石とは違うということだけだったけど」
「亜樹はそのことをなんて?」
まさかはっきりと地球外の物質と知っているとは思わず、気が付いたらそう訊ねていた。
そんなことがあったのなら、亜樹自身、自分の出生に悩んでいたことにならないか?
自分が存在する意味に悩んでいたことに。
驚愕する翔に杏樹はやるせない笑みを見せた。
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