双子の老婆とガーデンパーティー①

「ありがとうございます! 見つかって本当に良かった……!」


 髪飾りを胸に押し抱いた女性は涙ぐみながら頭を下げる。


 オリビアが「見つかってよかったですね」という前に、隣にいたルイスが「見つかってよかったですね」と微笑んだ。美男子の笑みにぽうっと頬を染めた女性は、当然のことながらルイスの名を訊ねる。


「あのう……、もし良かったらお名前を伺っても?」


「精霊師のルイス・ラインフェルトです」


「精霊師の……ラインフェルト様……」


 ルイスのきらきらしい微笑みに、ぽやややん……と返事をした女性は、オリビアの存在を忘れていたことに気づいたのか、「コンシェルジュさんも本当にありがとうございました」と頭を下げて客室に戻っていった。


 祖母の形見である髪飾りを庭園散策中に落としてしまった、とフロントに問い合わせに来たお客様だ。残念ながら落とし物として届けられてはいなかったし、本人がざっと庭園を見回った限りでも見つけられなかったという。


 たまたま近くにいたルイスが探すのを手伝うと申し出てくれたため、三人で散歩コースの確認に回ったのだが……。


『すまないが、協力してくれないだろうか?』


 ルイスは幽霊や精霊たちに声を掛け、人海戦術であっという間に髪飾りは見つかった。


 女性に感謝されたルイスはドヤ顔である。


「良かったな、オリビア。お客さんが喜んでくれて」


「え、ええ~……、そうですけどぉ……」


 霊たちを使うのってズルいんじゃないだろうか。


 霊たちとの関わり方を教えてくれとルイスに言ったものの、オリビアは積極的に霊と関わり合いたいとはこれっぽっちも思っていない。どうせ切っても切れぬ関係なのだから、怒らせずにあしらう方法だとか、自分に寄り付かせないまじないなどがあれば知りたいのであって、……ここでオリビアが感心すれば、ルイスの周りで「褒めて褒めて」の顔をしている霊たちを図に乗せてしまうんじゃないだろうか。


 頻繁に霊たちと関わりを持つなんて嫌だ。

 でも、お客様は無事に失くし物を見つけることができて助かったわけだし……。


 複雑極まりない心境でごにょごにょ言ってしまう。


「このホテルの霊たちは気の良い連中が多いな」


「……そーですか?」


「そうだとも。強い感情でこの世に留まっている若い霊のほうが気性が激しい。恨みつらみや苦しみ……、きみだってそういう霊は見てきたはずだ」


「…………」


「何百年も経てば激しい感情も風化していく。生きている人間の欲望の方が生々しい」


 たとえばほら、とルイスが視線を向けたのは、向かいから歩いてきた散歩中の男性客。


 爽やかなスポーツマン風の若い男性だが、

「ヒッ!」

 彼の肩や足には縋りつくように女性の霊がついている。どの女性もおどろおどろしいオーラを発しており、恐ろしい顔をしていた。


 これまでのオリビアであれば問答無用で回れ右をしていたが、ルイスがいるのでぐっとこらえる。


「あれは生き霊だな」


「生き霊」


 肉体は生きているが死に瀕した人間の魂が身体を抜け出して彷徨うというアレだ。


 確か、この男性は女性連れでお泊りになられていたはず。


 と、いうことは。この縋りついている霊たちは――


「――ずいぶんと女性からの恨みを買っているようだな」


 男性とすれ違いざまにルイスが呟く。


 多分、本人的にはものすごく格好良く呟いたつもりなのだろう。ただでさえ顔が良いルイスがそれっぽいことを言うだけで様になる。


 しかし、それが通じるのは女性限定のようだ。


「……は?」


 男性は怪訝な顔をして立ち止まった。


 いきなり見ず知らずの相手にプライベートに踏み込まれるようなことを言われた相手は顎を上げてルイスを睨む。


「いきなりなんなんだ、アンタ」


「ただの忠告だ。そのように起こるということは身に覚えがあるのではないか?」


「はぁあ? おい、喧嘩売ってんのか?」


「ららららいんふぇると様っ! 申し訳ありません、チューダー様! この方はどなたかと人違いをなさっているようでっ」


 慌ててオリビアは二人の間に飛び込んだ。


「人違いなんかじゃ――」


「どうぞ、散策を楽しんでください。さっ! ラインフェルト様はこちらへどうぞ」


 二人を引き離したオリビアはチューダー氏の背中が遠ざかったのを確認してからクワッと目を見開いた。


「ルイスさん! 他のお客様に失礼なことを言うのはやめてください!」


「失礼? ありのままのことを言っただけだが……」


「言い方ってもんがあるんです! あれじゃ、いきなり喧嘩を吹っかけてきたと思われてもしょうがないですよ! それに、普通の人には霊なんて見えないんですから!」


 善意で声を掛けたつもりかもしれないが、言いがかりもしくは変人扱いされて終わりだというオチは目に見えている。ルイスは不貞腐れた顔をした。


「……きみが霊との付き合い方を知りたいと言ったんじゃないか。生き霊を放置しては置けないだろう」


「わたしが知りたいのはこの城にいる霊たちの扱い方であって、お客様がくっつけてきた霊まで対処できません」


「冷たいコンシェルジュだ」


「お客様からのご要望があればお手伝いする。プライベートには踏み込みすぎない。……当ホテルのコンシェルジュの鉄則です」


 頼まれもしないのに問題ごとに首を突っ込んでいくのはお節介というものである。


 ルイスは鼻白んだ。


「きみに精霊師の弟子という称号を与えたいと思っていたのに」


「そんな称号はいりません」


 先ほどのチューダー氏が向かった方向から騒がしい声が聞こえだした。


『ややっ! そこの見かけぬ女人は何用でこの古城ホテルを訪れたのだ!』


『……うう、あーあーあー』


『ユルサナイ、ユルサナイ……』


『このホテルで騒ぎを起こすものは何人たりともエスメラルダ三世が見逃さぬぞ! 肝に銘じておくがよい!』


『――ちょっと三世! 朝っぱらからうるさいのよアンタァ!』


『あああ、あたしのお花がぁ……』


『誰か、あのうるさい騎士を摘まみだしたまえ』


 大声を上げて走り回るエスメラルダ三世に、他の霊たちからも苦情が来ていた。


「エスメラルダ三世はずいぶん張り切っているな」


「あれもどうにかしなきゃ……。霊たちがコンシェルジュデスクまで来て文句を言いに来るのよ⁉ 困るのよ!」


 正義感の強いエスメラルダ三世を警備隊長に任命したのも早まったかもしれない……とオリビアは後悔し始めていた。霊の事は霊に対処してもらえばよいと思ったが、実際はそんなに甘い問題ではなかった。


 霊を見ない、関わらない、何が起きてもスルーを掲げてどうにかやってきたのに、ルイスがやってきてから平穏な日常ががらがらと崩れ始めている。確かに霊は怖いだけの存在じゃないかもしれないが、それでもやっぱり極力関わりたくない。オリビアは「普通」でいたいのだ。


「やっぱり、霊が見えるとロクなことがない……」


 オリビアは頭を抱えた。

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