幕間 客室清掃係/メアリ

(うーん、この間の話はお蔵入りになっちゃったわねえ)


 客室清掃ハウスキーピング係のメアリは、洗い物の入った籠を抱えながら次なる小説のネタ探しに頭を悩ませていた。……あ、どうもどうも。勤続六年目の中堅従業員です。酒癖の悪い父から逃げ出したくて住み込みで働けるこのホテルで暮らしながら、ちゃっかり小説家になる夢も叶えちゃった系女子です。


 誰に向かって話しているのかって? まーまー、物語に別視点とモノローグはつきものでしょ? 細かいことは気にしなさんなって。



『メーガン・アリス』というペンネームで小説を書いているメアリにとって、このホテルはまさに人間観察し放題のパラダイスだ。


 ひっつめ髪の楚々としたマダムがしまい忘れたらしい下着がド派手なショッキングピンクだった時は興奮したし(昼は教師、夜は娼婦って設定の女はどう⁉)、庭でうっかり転びかけた少年を老紳士が素早く抱き留めたのを見た瞬間はメモを取る手が止まらなかった(やだーっ! 実は若い頃は諜報員だった設定のおじーちゃんとかカッコよすぎるでしょーっ!)。


 客だけではなく従業員も実に観察しがいがある。


 仲の良いオリビアは『悲しい過去を持つヒロイン枠』だと思っていた。


 チョコレートブラウン色の髪を編んでコンシェルジュデスクに立ち、いつもにこにこと愛想が良い。よそ行きの背伸びした顔も、休憩時間に元気に笑う姿も可愛らしく、男性ホテルマンからの人気も高い。しかし、彼女がなんとなく周囲に壁を作っていることは察していた。くだらない話ならいくらでもするが、プライベートなことは話したがらないのだ。


 家庭の事情で前支配人に引き取られたのだと聞いたことがあるし、触れられたくないことの一つや二つ、誰しもあることだろう。


 そんなオリビアがつい先日、客に殺されかかったと知った時は本当にぞっとした。


 首を絞められた跡が残っていたのを見ただけでメアリの方が倒れそうだった。あのおとなしそうなモンド夫め。メアリは頭の中で彼をモデルに殺人事件のストーリーを練っていたが、まさか本当にそんなことをする奴だなんて思いもせず、ショックだった。


 ひどい目に合ったオリビアはもう思い出したくもないことだろうと、彼をネタにした事件はお蔵入りにした。当然だ。……で、問題は代わりになるネタが思いつかないことなのだが……。


(あら、オリビア)


 窓の外を見ると、長かった髪をバッサリと切り、首にスカーフを巻いたオリビアが歩いていた。首の跡が消えるまでは休んでいいとハワードに言われたらしいが、身体は元気なのに部屋でぼーっとしているのは落ち着かないらしい。


 きょろきょろと首を動かしたオリビアは銀髪の男と合流した。


(そうだ、とっておきの面白そうな人がいるじゃない!)


 前支配人の知人だと言って転がり込んできた『精霊師』。


 やたらキラッキラの容姿で、顔が良くて、でもよく見ると服装はちょっとダサい。


 精霊師と言う肩書きにふさわしく、胡散臭い人だ。


 よく独り言を喋っているらしいし、同席者がいないのに二人分の食事を持ってきてもらうように頼んだり、エキセントリックな言動がすでに話題だ。オリビアは『ハワードと交渉して追い出す』なんて言っていたが、あの話はどこへ行ったんだろう。


 オリビアのピンチに真っ先に駆けつけたのは彼らしいじゃないか。


 許嫁説は否定されたが、実はひそかにオリビアのことを想っていたり……うん? うーん? 庭にいる二人に色っぽい雰囲気はちらともない。つまらない。


(あ、わかった。じゃあこんなのはどう?)


 論理的思考で事件解決を目指すホテルマンの主人公。


 ある日、超常現象でしか起きたと思えないような事件が起こる。


 自称『魔術師』を名乗る不可思議な力を持つ男と、オカルト現象を信じないホテルマンは意見を対立させながら事件の解決を目指す――おおお、いい! いいっ! 書けるぞぉぉっ! そこから二人がライバル関係のままなのか、協力関係になるのかはまた後で考えよう。


(そうと決まればさっさと仕事を終わらせなきゃ!)


 窓の外から意識を戻したメアリは、一分一秒でも早く休憩が取れるように急いだ。

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