四 旅路

四・一・一

「ほう、これはなかなか美味そうなじゃないか」

 運ばれてきたパスタを見て、アレッシアは期待に満ちた笑みを浮かべた。


 午後一時一九分、僕らは現在サービスエリアのレストランにいる。ここは妙に居心地の良い空間だ。決して綺麗とは言えないが、昔懐かしい感じの内装には安心感を覚える。昭和の香りがする、という例え方が一番しっくりくるだろうか。現在地はフェラーラの辺り。ボローニャはすでに過ぎた。この調子ならヴェネツィアまではあと二時間もかからないだろう。


「ボロネーゼにはやっぱりタリアテッレが一番だよ。たまにフェットゥチーネと間違えて出す店があるけどあんなのは最低さ。パスタのことを何も分かってない。この店はちゃんと伝統を理解してるみたいでいいね。最高だ。愛してる」

「イタリア人はパスタにうるさいとよく聞くが、どうやら本当だったみたいだな」

 サバサバとして快活そうに見える彼女が、パスタのことになると途端に饒舌になるのだから、食というやつは恐ろしい。そんなことをしみじみと思いながらパスタをフォークに絡めていると、突然彼女はポケットからスマホを取り出して、インカメラで自撮りをした。

「何だ? 自撮りか?」

「ああ。記念にね。うん、いい写真だ」

「それはいいんだがところで何故僕まで撮った? 別にいらんだろ」

「いいじゃないか、減るもんじゃないし。あ、これ後でインスタにアップしてもいいか?」

「まあ、別に構わんよ。僕の写真に需要があるとは思えないが」

「需要どうこうの問題じゃないさ。いわば思い出作りだよ」

「思い出、ね」

 最後にこんな形で思い出が増えるとは。やはり人生というやつは何が起きるか分からない。


「それでさ、アンタのその能力とやらは、結局のところどういうものなんだ?」

 アイスティーを一口飲んでから、アレッシアが尋ねた。

「そうだな、正直僕にもよく分からない」

 アレッシアの問いかけに、僕は肩をすくめる。

「分からないって、そりゃあいくら何でもないだろう」

「分からないものは分からないんだ。しょうがないだろ? これでも僕なりには頑張ったつもりなんだぜ。量子力学、素粒子物理学、宇宙物理学に原子核物理学。他にも色々手を広げてみた。だがやっぱり僕には科学的な説明はできない」

「ふーん。そんな難題なのかい、それは」

「ああ。とはいえ説明する手立てが全くないってわけじゃない。科学的なアプローチは駄目だったが、哲学的なアプローチでならある程度は説明可能だ」

「哲学? 一気に胡散臭くなったね」

「まあ、そういう反応になるよな。一応訂正しておくと、これは説明じゃなくて解釈だ。だから論理的、科学的整合性には欠けるが、それでもいいなら解説できないことはない」

「いいとも。話してみな」

「じゃ、遠慮なく……と言いたいところなんだが、その前に少し前提知識が必要だな」

「前提知識?」

「ああ。君はウィトゲンシュタインを知ってるか?」

「ええ、まあ、名前くらいはね。あれだろう、ドイツだかオーストリアだかの哲学者」

「ご名答。ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン。オーストリア出身の天才哲学者。分析哲学や論理実証主義に強い影響を与えた人物だ」

「んで、それとこれとは関係があるのかい?」

「大アリだ。僕の解釈には彼の思想が欠かせない。この解釈は彼の著作『論理哲学論考』がベースになっているからな」

「なるほどそれで。じゃ、アンタは今からその論理なんたらについて講義してくれるってワケだ」

「察しがよくて助かるよ。多少ややこしい話だが許してくれ」

 僕はコップに並々注がれたコーラを一口飲んで、再び口を開いた。

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