二十五日目:「キラキラ」『花火大会の日』

 花火大会の日。

 橋の上で出くわしてひと悶着あってから連絡先を交換させられた例の男が、俺を見ている。

「こっちをちらちら見るんじゃない。言いたいことがあるならはっきり言え」

「いやなんか、あなたの周囲がキラキラ光ってるんですよマイビューティ」

「その変な呼び方をやめろと何度言えばわかる?」

「何と呼んでほしいんですか? なんでも俺が呼びますよ」

「呼び名などない。こんな活動をしているからな、捨ててしまった」

「じゃあ便宜的にSNSのアカウント名で呼びましょうか。うさぎさん?」

「やめろ!」

 思わず叫んでしまったが、この音量なら許容範囲内だ。

「え~呼ばれるのが恥ずかしいんならどうしてそんな名前をつけたんですか?」

「突っ込むな! SNSのアカウント名なんて基本適当だろうが」

「俺は子供の頃にハマったゲームのキャラクターの名前にしてますよ」

「それだって適当だろう」

「好きなんですよ、そのキャラが」

「どうでもいい。俺は知らない」

「うさぎさんに俺のことを知ってほしいんですよぉ」

「いやマジでやめろ、その呼び名はマジでやめろ」

「じゃあ俺が考えていいですか? マイハニー」

「全く変わらん」

「俺ネーミングセンスないんですよぉ……前に付き合ってた彼女にも、あなたセンスが壊滅的ねって言われて振られて……」

「くだらん話をする……前の彼女とやらに未練があるならまた橋の上にでも立っていればどうだ」

「もしかして、妬いてます?」

「妬くわけがないだろう!」

「嬉しいなあ」

「勝手に解釈するんじゃない!」

「■■さんは叫んでも声が小さいですね~。絶叫が嫌いだから?」

「貴様の声が大きすぎるんだ、そして何だその呼び名は」

「え? 名前……気に入りませんでした?」

「………」

 俺は黙り込む。

 己の名前は封じた。だから、口に出すとノイズが走る。

 ノイズが走っているということは、こいつが俺の名を呼んでいるということだ。

「貴様……なぜ俺の名前を知っている?」

「いや知りませんよ。これは俺が勝手につけた名前で……」

「………」

 そんなことが、あるか?

 俺が封じた名前をたまたまこいつが呼ぶなどということが?

「どうも解せない」

「何がですか?」

「何でも……そういえば、貴様の名を聞いていなかったな」

「俺の名前、呼んでくれるんですか?」

「いや。……ハシウエ、でいいだろう」

「それって……橋の上で出会ったからハシウエなんですか?」

「何だ、文句があるのか」

「あなたがつけてくれる名前なら俺は何でも嬉しいですよ~。ありがとうございます」

「………」

 男、ハシウエを一睨みすると、俺は歩き出す。

「待って待って、置いてかないでくださいよぉ~」

「知らん、勝手についてこい」

「■■さ~ん」

 遠く、花火の音。

 この厄介な関係はいつまで続くのだろうか。

 どうにもわからない。

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