二十六日目:「標本」『隠したいなら隠しておけ』

 橋の上。

 ハシウエが欄干に寄りかかって立っている。

「貴様はいつもそこにいるな……退屈じゃないのか」

「■■さんに会うことを考えていれば、退屈なんて感じてる暇ありませんよ~」

「……」

 俺はため息を吐く。

「脳内お花畑とは貴様のような奴のためにある言葉だと思うんだが」

「脳内お花畑、良いじゃないですか~。幸せですよ、俺は」

「安い幸せだな」

「いえいえ。■■さんがいることで生じる幸せにはすごく価値がある、と俺は思うんです」

「なぜだ」

「好きな人と一緒にいられるなんて最高じゃないですか。違います?」

「俺は貴様のような絶叫野郎と一緒にいるのは不快だが」

「じゃあどうして毎日ここに来てくれるんですか?」

「……気まぐれだ」

「律儀にメッセージも返してくれますよね」

「未読があると落ち着かないだけだ」

「本当にそれだけですか?」

「妙な邪推をするのはやめろ。俺は基本的に暇なんだ」

「絶叫する人間を消して回るのはお仕事じゃないんですか?」

「ただの趣味だ」

「収入は?」

「いつの間にか口座に入っている」

「謎のお金じゃないですか。怖くないんですか?」

「そんなことを気にしていたらこの世界では生きていけないぞ、ハシウエ」

「いやあ……」

「貴様こそ、毎日橋の上にいるが収入はどうしているんだ」

「俺は株式取引で一生かかっても使いきれないお金を手に入れてしまいましてね……」

「はあ?」

 思わず聞き返す。

 実は金持ちなのか、こいつは?

 金色に染めた髪、センスの悪い文字Tシャツに柄ズボン、革靴。金持ちと言われれば納得できなくもないが、趣味が悪い。

「も~頭からつま先まで見ないでくださいよ、照れちゃいます」

「観察しているだけだ、照れる必要はない」

「観察してくれるイコール俺に興味があるってことでしょ」

「貴様の呼び名を脳内お花畑マンに変えてやろうか?」

「俺は別にそれでもいいですよ。■■さんがつけてくれる名前ならなんでも」

「ああ……」

 本当に何なんだ、こいつは。

「標本ですから、俺は」

「は?」

 こいつの発言はいつも不可解だが、これはさらに不可解だ。

 不可解だが。いつもと違って、その言葉には温度がなかった。

「……貴様は一体何なんだ?」

「俺はどこにでもいる若者ですよ」

「……」

 はぐらかされている気がする。

 ……まあ俺もこいつに興味があるわけではないので、話したくないことを無理に聞き出すつもりもない。

 謎はあるが、放っておこう。

 そう思って、背を向ける。

「待ってくださいよ、もう行っちゃうんですか?」

「元より長居するつもりはなかった」

「じゃあ何で来てくれたんですか?」

「気まぐれだ」

「ふふ……ありがとうございます」

 後ろでハシウエの笑う気配。

「明日も来てくださいね、待ってます」

「気が向いたらな」

「はい!」

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