二十三日目:「ひまわり」『ヒマワリがうちに来た』

 ヒマワリを撤去する仕事をしている。

 魔王軍の残党「大魔獣サンフラワー」が一帯に苗を撒き散らし、国中ヒマワリだらけになってしまった。

 サンフラワーは無事倒されたがこの国の現状はあちらを向けばヒマワリ、こちらを向けばヒマワリ。ヒマワリだらけの風景に国民もイライラしている。

 

 ヒマワリは先代魔王を象徴する花だった。そのせいか、王も国民もヒマワリのことはよく思っていない。

 先代魔王の残した傷跡も癒えていない中で先代魔王を象徴するようなヒマワリが国中に広がったとあれば、嫌な気分になるのも仕方ない。

 先代魔王派の奴らを血気立たせる可能性もあるので、迅速に撤去する必要がある。

 そのような指令を受けて、勇者である俺が撤去作業をすることになった。

 ヒマワリには意志があり、抜こうとすると葉を伸ばして巻き付いてくるので危険である。

 なので撤去作業は勇者に任されたというわけだ。

 

 国中に広がった黄色くて背の高い花を抜いて集めて光魔法で焼く仕事。

 相手に意志があるとはいえ、魔王討伐の旅よりは遥かに楽な仕事だ。

 討伐の旅が終わって勇者年金で極潰しの暮らしをしていた俺が少しでも国の役に立つのは喜ばしいということで、国民もこの仕事には賛同している。

 俺の方も何の仕事もせずこんな年金生活をしていることを申し訳なく思っていたので、仕事が回って来たのは良かったと思う。

 罪悪感を紛らせることができるからな。

 

 サンフラワーから生まれたヒマワリはひっこ抜くとか細い悲鳴を上げる。

 だからどうというわけでもない。所詮は植物、しかも魔のものだ。

 人間の住む領域を侵してくるのなら、こちらも対処せざるを得ない。

 などと考えながら、抜いては焼き、抜いては焼き。

 毎日、「今日で一生分のか細い悲鳴を聞いたな」と思いながら眠りにつく。

 夢でもか細い悲鳴が鳴っているのはあまり良い気分ではない。

 悪夢と言って差し支えないだろう。

 もし魔王討伐パーティに薬師がいたりしたら何かしらの治療をしてもらえたのかもしれないが、勇者が嫌われるこの国で討伐パーティに入ろうとする者はいなかった。

 なので、一人で討伐を行った。

 ゆえに仲間はいない。ヒマワリ撤去も一人の作業だ。

 別に嫌なわけではない。暇を持て余している極潰しの俺を有効活用してもらえるのは喜ばしいことだし。

 ただ、明日もあの悲鳴を聞き続けるのかと思うと若干ブルーな気分になるだけだ。

 

 ヒマワリを抜き、ヒマワリを抜き、ヒマワリを燃やした。

 おそらくこれが最後のヒマワリになる。

 抜いて、光魔法を手に灯す。

 瞬間、視界がぶれた。

 

『勇者よ』

 声がする。

『久しいな』

 聞き覚えのある、低い声。

 あいつだ。

『貴様、国で嫌われているらしいな。お気の毒! ここで復讐をするために、配下につく気はないか?』

「つくわけないだろ。俺は勇者だ。だいたいお前はあの時死んだだろう。なぜ話しかけてきている」

『ヒマワリあるところに我は現れる! こうして貴様の精神がすり減った頃に誘う、完璧な作戦だと思わないか?』

「それ、俺に言っていいのか?」

『あっ……』

 ヒマワリはわたわたと葉を動かす。

「用が済んだなら燃やすぞ」

 光魔法をヒマワリに近づけると、

『待った! 待った!』

 ヒマワリがさらにじたじたと暴れる。

「何だ」

『貴様、友達いないだろう!? 我が友達になってやってもいいというのだ! どうだ! 感謝感激だろう!?』

「……」

『あっ燃やさないで! 死んじゃう!』

「とっくに死んでるだろ」

『なあなあいいだろう? 先代魔王と勇者が友達って世間体的にも平和感あって』

「ダメだ」

『そんなこと言わずにぃ……このヒマワリが燃えたら我ほんとに死んじゃう』

「……」

 俺は光魔法の灯を解除する。

『あっ何!? 友達になってくれることにした!?』

「……お前が哀れになった」

『なんだと!? 我は哀れなどではない! 強大な力を持つ魔王ぞ!? あまねく魔族が我にひれ伏す! 本気になったら貴様など一撃で葬ってやれるのだからな!』

「それが本音か?」

 灯をまた手に灯す。

『いえ違います、我もずっと魔王やってて孤独だったからそう、お友達に……なってほしいな~なんて……』

「鉢買ってやるからそこに住め。ただし俺の家からは出るな」

『監禁!? 我姿消せるんだけど!?』

「……勝手にしろ。ただし『本気になる』ようなら燃やす」

『やだなあ勇者くん。立場の弱い我が本気出すわけないであろう!? 仲良く参ろうぞ! 今日から貴様も友達できたね! ぼっち民脱出!』

「黙れ魔王」

『キャッ怖い』

「姿消せるなら早くしろ」

『わかってますよぉ』

 ヒマワリ、もとい魔王がすうっと透明になる。

 俺は更地になったひまわり畑を一瞥し、帰路につく。

 仕事が終わり、また何もない極潰しに戻った。

『極潰しであっても我がいるから嬉しかろう!?』

「思考読むのやめろ」

『だって貴様何も喋らないんだもん! 魔王寂しい!』

「一人で喋ってたら怪しいだろ」

『むむう!』

 魔王がじたじたと暴れている気配がする。

「黙って着いてこい」

『キャッ強引』


 家に帰って鉢植えに魔王を植えようとするが早いか、ヒマワリはいそいそと土に根を下ろした。

『これで我もいきいきヒマワリちゃんを名乗ることができる!』

「名乗らなくていい。大人しくしてろ」

『も~照れ屋さんなんだから』

「……」

『あっ光魔法やめて』

 変な同居人が増えた。

 許されない同士ちょうどいいのかもしれないなどと思う俺はきっと連日の作業で疲れているのだろう。

 ヒマワリがうちに来た。

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