十三日目:「切手」『概念のやぎ』
切手まで残さず食べるのがやぎの流儀だ。
ヤギではなく、やぎ。
概念の獣だという。
同じく概念の獣である獏が不都合な夢の隠蔽のために生きているのと同様、我々やぎも不都合な手紙の隠蔽のだめに生きている。
不都合な手紙、例えば、どこかの権力者がどこかの集団の長に宛てた祝い文とか、どこかの告発者が新聞記者に宛てた手紙とか。
色々あるが、全て残さずきれいに食べる。
差出人も宛先も何もかもわからなくなるように、歴史に載らないように処分する。
依頼人の名は明かさない。やぎは手紙を食べることだけ考えていればいいとよく言われる。
手紙を食べるには手紙を読まなければいけない。
丸ごと食べても良いが、読まずに食べると消化が遅くなる。
手紙を読んで、これを隠蔽するのだという強い気持ちのもとで食べなければいけない。
しかし情報を持っているということでやぎ一匹いれば国家が転覆しかねないので、我々は厳重に管理されている。
人間に会うことはもちろん、やぎはやぎ仲間以外には会うことができない。
初めは自分に宛てられた手紙を食べる歌で生まれた概念であったのに、今では他人の手紙を食べさせられることに使われている。
別に不満があるわけではない。身の安全は守られているし、欲しい物があれば支給されるし、やぎ専用のSNSにしか書き込むことができないのを除けばインターネットも使えるし。
ただ少し、厭世的になっているだけ。
だから自分の部屋でこれを書いている。
書き終わったら食べてしまう。
隠蔽。
なかったことになる。
何もかもなかったことになる世界で我々は生きている。
何があっても必ず強者が生き残る。権力者の都合のいいように作られている。
やぎは反抗しない。常に強者の下にいて、都合のいいように手紙や書類を処分するだけだ。
トップが誰であろうと、やぎは紙を食べ続ける。
安穏と。
それは救いなのかもしれないし、我々以外の存在にとっては近しい破滅のお膳立てなのかもしれなかった。
そんな話。
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