十四日目:「幽暗」『きょうもだめでした』

 真っ暗な帰り道。

 帰りの時間が遅いので、だいたい毎日真っ暗だ。

 真っ暗な道を歩いているときはいつも不安で、定期的に後ろを確認してしまう。

 寮に帰れるという喜びもない。ただただ自分の命が脅かされないかどうかが気になっている。

 出勤するときは当然嫌な気分だが、帰り道も嫌な気分だ。

 家々の明かりは消え、ぽつりぽつりと立つ暗い街灯が頼りなく照らすだけ。

 治安が悪い場所ではないのだが、ここまで暗くて人気がないと恐ろしくなってくる。

 突然狂気の人物が襲い掛かってこない保証はどこにもない。

 隅から隅まで確認する。暗闇に何か潜んでいるのではないか。後ろから足音が聞こえるのではないか。

 飛行機の音が聞こえた気がして、目を上げる。

 こんな時間まで飛ぶ飛行機っていったい何なんだ。

 生まれてこの方飛行機とは縁のない生活を送ってきたから、飛行機には詳しくない。いつ飛ぶのか、いつまで飛べるのか、いつから飛べるのか。

 何も知らないまま、会社員をやっている。

 飛行機の音は不安を煽る。

 何かよくないことが起こるのではないか。命が脅かされるのではないか。

 機影が去り音が消えた後も不安は残る。

 突然刺されるのではないか、何かが落ちてくるのではないか。

 帰り道はいつも不安だ。

 

 寮に帰ると、誰もいない食堂で深夜のニュースがやっている。

 誰かが死んだだの、病気が蔓延しているだの、戦況が思わしくないだの。

 世の中は不安定になるばかりで何の希望の明かりもない。

 帰り道が恐ろしければ、テレビのニュースも恐ろしい。

 俺はこうして毎日毎日、いつか来る破滅に怯えて過ごすしかないのか?

 わからない。

 

 冷蔵庫から夕飯を取り出して、もそもそと食べる。

 テレビは陰惨なニュースを続けている。

 さっさと食べて寝なければ、明日も早い。

 可及的速やかに夕飯を終わらせ、テレビを消して、自室に戻る。

 深夜の静けさが廊下を包んでいる。

 センサーで点く明かりの音だけが聞こえる。

 自室に帰り、寝る準備を済ませ、布団に潜る。

 明日は無事でいられるのだろうか。ニュースの行方はどうなるのだろうか。

 襲ってくるのは恐怖、恐怖、恐怖。

 布団の中で身体を丸める。

 耐えるしかない。ぐるぐると回る思考がいつか中断されるのを願って、眠りがやってくるのを待つしかない。

 そうやって毎晩毎晩恐怖に怯えている。

 朝家を出て深夜に帰ってきて寝るだけの生活なのに、どこに恐怖を感じる暇があるのだろうか。

 そう思うのに、恐怖は去ってくれない。

 ずっとずっと居座って、心の主のような顔をしている。

 このまま眠って二度と目覚めなければ少しは楽になれるだろうか。

 そんなことを考える。

 だが当然、死ぬのも怖い。意識が消えるなどまるで想像できない。

 明日も無難に生きていたい。

 怖くても?

 そうするしかない。

 遠くの電車の音に震えながら、必死で耐えていた。

 そんな話。

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