42.Mary Jane


 AIAを日本で発足させた私と孵化崎はインスマスを狩りはじめた。

 さらに仲間を増やすのは難しいと思っていたけれど、まず私たちの活動を察知したVTuber、軽羽 きわみが。次に高い機械工作技術を持つ東堂 みかりが加わり、AIAは強い組織へと成長した。

 彼女らの並外れた能力のおかげでインスマス狩りは捗ったが、活動が続くにつれある問題が浮かび上がってきた。資金不足だ。

 孵化崎の議員時代の貯蓄はほぼ無くなっていたし、軽羽から供与される資金も潤沢とは言い難かった。おまけに金が尽きかけていることで孵化崎の精神はまた不安定になり、私に捨てられないよう目立つ成果をあげようとリスクのある行動をとりたがるようになっていた。警察に検挙されたときのリスクヘッジとして孵化崎を表面上のリーダーという地位に置いていたから、切り捨てるのも難しい。そうやって組織運営の悩みの種を抱えた私は、ある晩の狩りで集中力を欠き、インスマスに殺されかけてしまった。その時に出会ったのが青座 侍だった。


 殺されかけた私を、青座はインスマスを殺すことで助けた。頭部を保護しないままインスマスを殺した彼を放置すればAIAの他メンバーにDWが嘘だとバレる危険がある。だが彼は人間で、インスマスと違い死体の隠ぺいの難易度が高く、殺して口封じすることも得策ではなかった。悩んだ私は青座をDWの効かない<特異点体質者>という存在にでっち上げ、AIAに加入させることで管理下に置くことにした。そしてすぐに、彼の加入が嬉しい誤算であったことが分かった。


 ◆


 彼は特殊な能力を二つ持っていた。


 ひとつは異性に対する魅力。

 青座の凡庸な顔つきはその余白に、対峙する人間の理想を写すことができる。平凡な容貌は、下手に濃い顔立ちよりも、対人関係では有利に働くことがあるのだ。また彼には女性の話をよく聞き、そして望む言葉を返す能力があった。普通に聞こえるかもしれないが、実践できていない人間は多い。孵化崎がまさにそうだった。

 よく聞き、同意し、感情移入し、聞きたい言葉を言ってくれる、理想に見える顔を持つ男の子。彼はその能力を遺憾なく発揮し、クラスメイトの琉衣、みかり、そして警戒心の強いきわみにさえ好感を持たれている。カラオケ代、映画のレンタル代、昼食のサンドイッチ。青座に好意を持つ彼女たちは、彼を金銭的に支援することを惜しまない。


 もうひとつは殺人に対する鈍感さ。

 彼は冷徹な人間ではない。むしろ先の能力の通り、人の望む言葉を言えるという点では優しい人間と言える。

 だが貧しい身の上で生命の危機と、社会からの疎外感を身近に感じ続けた彼は、身と心を守るために、それらの事象に対し酷く鈍感になっていた。自分が相手にそれを行うときでさえも。

 孵化崎やみかりも初回のインスマス殺害には抵抗感を示したが、侍はそういった躊躇いは無くインスマスを殺せた。貧すれば鈍するの最たるものと言えるだろう。


 この二つの能力は彼の孤独な身の上から身に付いたものだ。


 そして彼はその孤独を癒すため私に縋っている。私に理想の母親や女性を重ねている。


 実に好都合だった。


 私は彼を新しいAIAのリーダーに据えることにした。

 英雄レプトを中心とした『ハーレム』を作り、周りの女性に貢がせる。その資金は彼を通して私に、つまりAIAに還元させる。青座はまだ若く、女性に見向き去れなくなるまではかなり時間がある。孵化崎が最近、大規模な作戦を執り行おうとしていたので、それを利用して孵化崎を追放し、新生AIAを立ち上げる。これが私の立てたプランだった。


 だが人生は往々にして上手くいかないもので、このプランも頓挫しかけることとなった。

 青座は暴露作戦の途上、DWが嘘であることを知った。それだけならまだ取り繕う余地があったが、彼は「善良なインスマスもいる」などと宣っていた。冗談じゃない、インスマス共は母に陰謀の種を植え付け殺した連中だ。この世から一匹残らず排斥しなければならない。

 だけど彼の能力が仇となり、みかりが彼の妄言を信じてAIAを裏切った。VALやドローン等の装備が失われ、アジトも炎上。私たちは追い込まれた。私は避難した私のマンションで青座の祖母を人質にとり、彼らを制圧する作戦を立案したが、きわみがもっと良いアイデアを出してくれた。


「そんなババアを人質に取らずとも、もっと良い『お姫様』がおるぞ?」


 恋路 琉衣。孤独な青座 侍の唯一の友人にして弱点。きわみは彼女の居住地もバイト先も全て割り出していたから、土曜日の早朝にバイト先に向かう彼女を拉致するのは容易かった。捕らえられてなお「侍が必ず助けに来る」と私とラフトラックに啖呵を切っていた琉衣の姿は、時代遅れな映画のヒロインみたいで、見ていて滑稽だった。けれど、実際その通りになるんだろうな、という予感もしていた。

 青座はみかりと琉衣の交換を呑み、その交換役にラフトラックを指定した。


「私が矢面に立つ。彼らが油断したところをしっかり仕留めてくれ」


 なんて孵化崎は言ったけれど、この男は肝心なところでしくじるタイプだ。青座たちも無策で挑むなんてことはないだろうし、彼らの術中に嵌まって破滅する姿が容易に想像できたので、私は孵化崎の言葉を話半分に聞いて見送った。

 私は青座 侍からの着信で、その想像が現実になったことを理解した。彼は私がAIAのリーダーであることも看破していて、私との直接対決を申し出たのだ。


『今から君に会いたい。AIAの真のリーダーに』

「いいわ。アルミとレプトの初めて会った場所で待つわ」


 ◆


 10月29日 土曜日 午後7時10分


「お待たせ。ごめん、駅前は人が多くて時間かかっちゃった」


 街の中心と繁華街を結ぶ『大橋』で待っていた私に詫びながら、青座はやってきた。


「全然待ってないわ。急いで来てくれてありがとう」


 このやりとりだけ見れば、私たちはデートの待ち合わせをしていた男女に見えるかもしれない。


「いつから私がAIAのリーダーだと分かったの?」

「違和感は最初から。確信したのは昨日だよ。ラフトラックは<特異点体質者>のことを知らないように見えたし、インスマスに関しての情報も君に確かめながら話していた。彼が本当のリーダーであれば、誰よりも熟知していなければいけないのに」

「正解」


 やはり青座はただの温もりに飢えた子供ではない。鋭い観察眼を持ち、人を魅了する、冷酷な殺人鬼だ。そしてまだ私に未練がある。本当に私を消すつもりなら、みかりと共に現れたはずだ。そうしないのは私をまだどうにかできると、私と一緒にいられる道を探している証左でもある。

 ならその期待に応えてあげよう。また私の『駒』として使ってあげよう。


「ごめんなさい、確かに私はDWという嘘をついたわ。でもそれは、インスマスという危険な存在を一掃するために止む無くついた嘘なの。あなたも見たでしょう。奴らが私たちの生活に入り込んで、私たちを脅かしている現状を」


 目を伏せ、自分の行いを悔いている様を見せ、涙を溜めてから顔を上げる。


「やつらが囁いた邪な陰謀論で母は死んだ。これからも大勢の人が同じようにやつらに毒され、殺される。私はそれに耐えられない」


 私は両手を前に差し出す。


「お願いレプト。またやつらと戦って。そのためなら私は何でもする。なんでも差し出す」


 青座は私を見て顔を歪めた。苦悩している。理性と欲求の狭間でもがいている。


「私の唇も体も、全部あなたの好きにして」


 彼の視線が私に向けられる。恐らくはその味を知っている唇に。そうだ、大麻メリージェーンのような甘く熱い味を思い出して堕ちろ。堕ちてしまえ。


「……ごめん、葉」


 堕ちた。残忍な虐殺者が屈したことに、私の神経はゾクゾクと快感を体を走らせる。


「いいの、誰にだって過ちはあるのだから。また一緒にインスマスを殺しましょう?」

「いや、そうじゃないよ」


 青座の目は色香に蕩けておらず、母親を求める子供のようでもなく、ただ哀れみの色を宿していた。


「ごめん。君の孤独に気づけなくて」

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