41.Team up


 戦うには資金、そして仲間が必要だった。

 前者はともかく、後者は日本で見つけるのは難しい。日本はアメリカと違い自警文化がない。警察が全てを解決してくれると思い込んでいるのだ。だが私は丁度、資金も持ち仲間になりえそうな人間を知っていた。


「やあ、お待たせ」

「いえ、全然。今日はよろしくお願いします」


 街の待ち合わせスポットに現れた、スーツに身を包んだ身なりの良い男へ、私は微笑みかけた。その男は偽名を使っていたし、普通の若者なら彼の顔に興味なんかもっていないだろが、私はその男がどんな人物か把握していた。孵化崎 堅碁。不倫で辞職に追い込まれた市議会議員だ。私を未成年と知って『パパ活』の相手に選んだこの下衆な男が、私の仲間の第一候補だった。


 私と孵化崎はホテルに行く前に個室のある料亭に向った。


「田辺さんってなんだか安心できます。色々話しちゃいます」

「ははは、こう見えても人の話を聞くのは得意なんだ」


 個室のテーブル越しに目の前の男の偽名を呼んでやる。あなたが本当は喋ることの方が得意なことくらい、私はお見通しだと内心罵ってやる。


「私、学校でも結構浮いちゃってて。宗教とか、政治の話とか結構好きなんですど、話すと友達に引かれちゃうんです」


 少し釣り針がわざとらしすぎたかと思ったが、孵化崎はまんまと餌にかかってくれた。


「そうなのかい? こう見えても政治とかは詳しいよ。色々話してくれよ!」

「いいんですか? じゃあお言葉に甘えて……」


 すぐに聞き役は孵化崎から私に交代することになった。政治から離れざるをえなくなってしまった孵化崎は、自分の理念を語る相手に飢えていた。話を聞いてもらうという行為は、セックスよりも感じる快楽が多いと聞くが、孵化崎はその快楽とそれを与える私に夢中になった。


「ああ、すまない。私ばかり喋ってしまって」

「いいんですよ。とても興味深かったです」


 私は孵化崎にお酌をするため、彼の隣に移動していた。


「田辺さんみたいな熱心な人になら……」

「なにか悩み事かい?」

「いえ、でも迷惑になってしまうかも……」


 私が顔を下げると、孵化崎が馴れ馴れしく肩を抱いてきた。気持ち悪いことこの上ない。


「なんでも言ってくれ、私は君みたいな若い子の力に、少しでもなりたいんだ」


 捕まえた。私は上目遣いを彼に送る。


「ありがとうございます……実はこの間、怖いものを見たんです」


 ◆


「俄かには信じがたいな……」


 私の話を聞いた孵化崎はそう呟いた。無理もない。私も実物を見ていなかったらこんな話は信じない。


「すいません、信じてもらえるわけないですよね……」

「ああ、いや、君を疑っているわけじゃないんだ」


 落ち込んだ『フリ』をした私を見て、孵化崎は自分をいい大人に見せようと取り繕う。


「君の信じていることが本当だとして、彼らと戦うのはかなり難しいと思う。彼らも僕らと同じような姿を持ち、戸籍を持っているような存在なら、それを殺すのは殺人だ」


 戸籍! 言うことに欠いて奴らと戦えない理由が戸籍とは笑える。貧困家庭に生まれて、届出されない子供へインスマス共の戸籍を剥奪して与えればいい。薄汚れた着ぐるみのゆるキャラに住民票なんかを与えるよりはるかに健全だ。だがこう言われることも織り込み済みだ。私は用意していた嘘を放つ準備をする。


「でも、インスマスの自殺に巻き込まれたら、私……」

「自殺? なんでその魚人間の自殺なんか怖がるんだい?」

「海外の情報だと、彼らは死の際に恐ろしい攻撃をするんだそうです」


 DW。死の精神波。これが私のついた嘘だ。仮面で覆えば防げるが、そうでないと死に至る恐るべき攻撃。私の母はこれで殺されたと涙ながらに訴えた。


「だ、だがそれなら彼らの存在を公表して、国民全員にマスクを着けさせればいいのでは……」

「顔半分でも大変だったのに?」


 新型のウイルスの蔓延で、息苦しいマスク生活を余儀なくされた世代である孵化崎にとって、顔全体を覆うマスクを付けなければならない世界が如何に不毛なものになるかを想像させるのは容易かった。揺らいだ彼の顔を上目遣いで見つめてやる。


「お願いします。私たちのような子供と、この街の未来のために立ち上がってください」


 かつての自分の政治スローガンを投げかけられた孵化崎は、にやけた面で私に協力することを約束しくれた。


 ◆


「ダメだ! やっぱりできない!」


 白いスーツに身を包んだ孵化崎がボックス席に座りこみ、ヘルメットを抱えて怯えている。


 情けない男だ。私はこの男が借り上げた元ダーツバーであるアジトでため息が出そうになるのを堪えた。


「実は昔、議員をしていたんだが、スキャンダルでやめさせられたんだ」

「……かわいそう」

「それ以来、誰かが私を笑っているような気がしてしかたないんだ。街に出て戦うなんて、そんなの無理だ」


 彼が頭の中の笑い声を一時消すために、未成年との逢瀬を重ねたことくらい調べがついている。手間のかかるこの男から、金だけむしり取って捨ててやりたかったが、まだその時期ではない。私は保育園か幼稚園の先生のように、優しく語り掛けた。


「大丈夫です。あなたは何でもできる」


 私は彼の傍でしゃがんだあと、スマホである動画を再生させる。


『HAHAHAHAHA!』


 私のスマホから流れ出した笑い声に、孵化崎は肩を震わせた。私はヘルメットと交換するように、ラフトラックにスマホを持たせてやる。


「笑い声もほら、自分でコントロールできる」


 押してと私が囁くと、彼は恐る恐る再生ボタンを押す。


『HAHAHAHAHA!』


 彼は何度も再生ボタンを押した。


『HAHAHAHAHA!』

『HAHAHAHAHA!』

『HAHAHAHAHA!』


 再生ボタンを押す度に、彼の顔に自信が満ちてくる。コントロール可能な笑い声が、彼の頭の中で聞こえていた笑い声をかき消してくれる。その間、私は持っていたルージュで彼の白いヘルメットに大きく裂けた口を書いてやる。笑い声を支配し、そして支配される男の仮面にしては上出来だ。孵化崎にヘルメットを渡す。


「私のヒーローになって」

「ああ、なってみるよ。麻霧 葉君」


 孵化崎はゆっくりとヘルメットを被り、アメコミに出てくるヒーローのような姿になる。我ながらよくできた『駒』だと、私はその出来栄えに満足した。

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