21.顔の見えない戦士


 9月25日 日曜日 午後4時30分


 僕はAIAのアジトで、昨日琉衣がフライドポテトを持っていた時のようにダーツを指で挟み、ダーツボードという口目掛けて投げつけた。


 外れ


 放ったダーツがボードの縁にあたり、落下するのをろくに確認せず、僕は二投目に移る。


 外れ、手前に落ちた。


 その後も続けてダーツを投げるが、ダーツボードは僕ほど聞き分けが良くはなく、僕の放ったダーツは拒否されるか、刺さったとしても、得点になりそうにないところに当たって終わるだけだった。

 そもそも僕はダーツのルールなんて知らない。投げ方もネットで見たものを、見よう見まねでやっているだけだ。それなのに、こうやって無為な行動に終始しているのは、自分の中のもやのような感情から目を逸らすためだ。何かしていないと、昨日の琉衣と、彼女のいない街の風景が脳裏にちらつく。その情景が浮かぶたび、胸が苦しくなる。何も考えないように、とにかく手を動かしたかった。しかし、そのために選んだダーツという遊技では僕の望んだ結果は得られず、逆に自分の心の中を鏡で見せられているかのような気分にさせられている。


「ダーツはテクニックだけではなく、精神状態が現れる。乱れているねぇ! 青座君!」


『HAHAHAHAHA!』


 僕とダーツボードの不毛な戦いを見ていたラフトラックが、ボックス席に座り、テーブルに足を乗せながら僕を機械の笑い声と共に嘲笑してくる。彼の悪趣味なコミュニケ―ション方法を普段なら軽く流しているが、今の僕はそんな精神状態になく、僕が苛立ちから彼に突っかかるのはそう難しくなかった


「ええ、僕らのリーダーが素顔も名前も分からず信用できないから、いらついてまして」


 AIAで素顔も名前も晒していないのはきわみだけではない。リーダーとされているこの男、ラフトラックもその一人だ。普段何をしているのか、資金源はなんなのか。僕は知らない。一度、葉に訪ねたことがあるか『良く知らない』で終わらせられてしまった。ただひとつ分かるのは、彼が酷くインスマスを恨んでいる、ということだけだった。ラフトラックが口を開けば、30秒も経たない内にインスマスに対する侮蔑の言葉が出てくる。けれどインスマスに対しての敵意が信用に結び付くわけではない。僕のラフトラックに対する信頼も、現状ストップ安の状態だ。


「顔や名前が見えなければ信用できない、かね?」

「ええ、あなたが逆の立場だったら、そうじゃありませんか」


 ラフトラックの方を見ずにダーツを構える。


「そうか、つまり君は私のことを信用が置けず、うさん臭くて、下手なダーツを馬鹿にしてくる嫌な奴と思ってるわけだな」

「分かってるなら、改善しましょうよ」


『HAHAHAHAHA!』


「なら目論見通りだ。私が死んでも君が悲しむことはない」


 死


 唐突に出た言葉に、僕はダーツを投げようとした手を止めて、ラフトラックの方を見てしまった。


「驚くほどのことではないだろう。我々はインスマスと戦争しているんだ。死ぬことだってある」


 ラフトラックの語りは、死という言葉の持つ重みに動揺している僕とは対照的に、あくまでも淡々としていて、いつもの演技っぽさはない。


「望んではいないが、麻霧君や東堂君が死ぬことがあるかもしれない。その時は大いに悲しんで欲しい。君の大切な友人で、未来ある若者たちだ。喪失した痛みを癒すために、歩みを一時止めても構わない」


 ラフトラックはテーブルから足を下ろす。


「だが、私が死んだことで歩みは止めて欲しくない。『イラつくおっさんが死んでせいせいした。さぁ次の魚人間を殺しに行こう』と、なってほしいのだよ。未来は若者のためにあり、私のような干からびた男の死で時間を浪費してほしくはないのさ」

「……そんな良い人みたいなこと言ったら、本当に死んだときにみんな悲しみますよ」

「ハハハ! 東堂君にも同じことを言われたよ!」


『HAHAHAHAHA!』


「つまりだ。私が言いたいのは顔を隠すのには、後ろめたいことがある以外の理由もあるってことさ。君は君が思うより自己中心的な人間だと私は思う。相手のことも考えることも意識したほうが良い」


 論点をずらされた気がする。だが、琉衣に抱いた想いを考えると否定もできなかった。


「おぅおぅ、まだ二人は来とらんのか」


 カウンターに置いていたノートパソコンに、きわみのアバターが表示された。いつの間にかリモートで起動していたようだ。


「東堂君は親に目を付けられて今日はこれないそうだ。麻霧君は?」


 僕はダーツを置いて葉からのメッセージを開いた。


[まだ父との面会中。今日はログインできない。私の装備は使ってもらって構わないから]


 AIAのメンバー間のメッセージのやり取りは、インスマスにスマホを奪われたときのために、基本的には避けている。どうしても連絡が必要な場合は、日常会話と誤認するような内容に留めている。僕と葉とのやりとりは主にオンラインゲームの内容に偽装してある。


「無理みたいです」


 葉は月に一度の父親との面会が長引いているようだ。


「困ったのぅ……今回のターゲットは今日逃すと、次にいつ姿を現すか……」

「ラフトラックと僕が行くよ」


 今回はターゲットには葉と僕がバディで挑む予定だったが、いないものは仕方ない。ラフトラックと組むのは初めてだし、彼を信用しきれていないのも確かだが、今ここにいない葉の期待には応えるためなら、我慢はできる。


「いや、私は行かない」

「サボりですか?」

「バカ言え! 今回は通常の狩りと違って、敵地への『潜入』だ。恐らくマスクを外しても私は場にそぐわず、上手くいかない。私は別所での狩りに出かけるとしよう」

「それもそうじゃな。きわみも侍一人で行ってもらったほうが、サポートしやすい」


 今日の狩りはきわみの遠隔サポートを受けながら行う。だがきわみは現場には出ないので、ラフトラックも同行しないとなると、実質、単独での狩りになってしまう。一人で狩りをやり遂げて、今ここにいない葉の期待には応えたい。だけど正直に言えばかなり不安だ。


「僕一人じゃ、やりきれる自信がないよ」

「ヘタレじゃなぁ」

「大丈夫だ青座くん。軽羽君は君が思うよりしっかりサポートしてくれるはずだ。それにこう言うだろう? 為せば成る――」


 ラフトラックは立ち上がると、僕がテーブルに置いたダーツを取るとボードを見ずに投げた。


 命中ブルズアイ。ボードのど真ん中にダーツは突き刺さった。


「為さねば成らぬ、何事もとね」

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