12.マーダーインマイマインド


「Giiiii!!」


 インスマスは僕を突き飛ばすために一直線に突進してくる。体格は変異した後でも相手の方が上だ。正攻法ではすぐ逃げられる。僕はみかりがアジトで見せたように、VALを前に突き出すと、ワイヤーガンの発射ボタンを押し込む。

 発射された先端部はインスマスの左腿に命中し突き刺さった。初めてにしては上出来の初撃。きっと足に走る痛みで動きが止まるはずだった。だが、自分がアドレナリンで恐怖感が消えたように、怪物も痛みをものともせず突進を続け、難なく僕を突き飛ばす。僕の体は人形のように成す術もなくビルの壁に激突する。


「がはっ!」


 壁に叩きつけられた時に、肺にある空気が全て押し出され、息ができなくなる。体全体から発せられるSOS信号を全て無視して、壁に手をつきながら立ち上がる。まだVALの本体は僕の手の中に握られており、そこから伸びたワイヤーから伸びる先端はインスマスの足に突き刺さっていた。

 インスマスは自分の体に刺さったそれを抜き捨てると、街の明かりの方へ歩みを進める。流石に負傷により機能を害したのか、走ることはできず、左足を引きずりながらの進攻だった。僕はワイヤーの巻き戻しボタンを押そうとしたが、それを途中でやめる。

 インスマスの顔が、ついに路地から駅に続く大通りに現れる。だがそれはすぐ路地の闇の中へ引き戻された。


「Gyuiii!!」


 僕はワイヤーを巻き戻さず、それを輪にしてインスマスの首にかけ、背後から絞めつける。


「行、か、せ、る、か……!」


 僕は持ちうる腕力すべてを動員し、交差したワイヤーを全身全霊を持って引っ張る。ワイヤーとの摩擦で手のひらと指の皮膚が擦り切れめくれ、血がにじみ出る。だが僕はワイヤーを握る手を緩めない。光の世界がこの醜い怪物に侵されぬよう、持てる限りの力を持ってインスマスの首を絞め続ける。


「Giii!」


 けれども貧相な食事しかとっていない僕の軽い肉体は、前進しようとするインスマスにどんどん引きずられてしまう。インスマスが通りに出てしまうのも時間の問題だったが、


「レプト!」


 背後から葉の声が聞こえた。そしてすぐ、自分の腰に彼女の細い両腕が回され、共に路地へとインスマスを引っ張り戻す。


「Gi……Gi……」


 インスマスのうめき声が小さくなっていく。窒息しているのだ。ついに力が入らなくなったインスマスは、僕らの引っ張る力に負け後ろに倒れる。インスマス狩りの先輩である葉が倒すのかと思い、僕は一歩下がろうとしたが、彼女は僕の背中を優しく押した。


「レプト、トドメを」

「いいの?」

「ええ、奴らを殺すのに慣れておいて」


 僕はVAL本体を持ちワイヤーを巻き戻し、本来のバールのような姿に戻す、インスマスを見下ろす。窒息による影響から回復していないのか、体を痙攣させながら地面に転がっている。まるで出来の悪いクレイアニメのように見えて、現実感が無い。そのせいか、僕は二度目の魚人間の討伐を少しもためらわなかった。

 曲がった先端部を倒れたインスマスの頭部に何度も、何度も無言で振り下ろした。まるで、そうするためだけに作られた機械のように振り下ろした。インスマスの血と、骨と、肉が路上に散らばり、花を咲かせる。

 僕がそれをやめたのは、葉が僕に声をかけたときだった。


「待ってレプト、あなたの手……」

「あっ……」


 すっかり忘れていた。ワイヤーで擦り切れた僕の手のひらが、自分の血で真っ赤に染まっている。


「酷い怪我! 待って今、ガーゼと包帯を出すから」

「大丈夫だよ、それより死体の処理をしないと。あはは……派手に散らかしちゃった」

「それこそ大丈夫よ」


 葉は僕に見るようにとインスマスの死体を指さす。インスマスの死体は急激に劣化していた。昨夜殺したインスマスもこうなっていたっけと思い出す。


「本当の姿で死んだこいつらの死体は劣化が早い。死体が残存しないから、実在を証明することが難しい原因の一つでもあるの」


 死体の一つでもあれば、その存在は容易に明るみに出るだろう。ただラフトラックが言ったように、出たところで国が動くような気はまるでしないが。


「だから大丈夫。まずはあなたを治療させて、レプト」


 彼女は僕の手をとり、優しくガーゼを当てる。


「私たちの、この街のヒーローを癒すわ」


 彼女の言葉で改めて自分の成し遂げたことを理解した。僕は友人どころかこの街を守ったのだ。実感は薄いが、この血まみれの手で確かに守れたのだ。


「ありがとうレプト、私たちのヒーローになってくれて」


 そして好きな女の子の期待に応えられた。もう僕は孤独な弱者ではなかった。自分で願いを叶えられる男になったのだ。

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