13.ダーツバーで夕食を


 9月6日 火曜日 午後9時20分


「いいところだね」

「ええ、月が見えるときはもっと素敵なのだけど」


 狩りを終えた僕と葉はダーツバーの入る建物の屋上にいた。ダーツバーの上階もテナントは入っておらず、屋上もかつてビアガーデンが開かれたであろう名残のテーブルや椅子が並んでいるだけだった。高さはない建物なので街の夜景は見えないが、夜空にわずかに浮かぶ星が見える。夏から秋に変わる季節の湿っているが冷たい風が心地よく頬を撫でる。街の喧騒がBGMとなって聞こえてくるのも悪くなかった。


「じゃあいただきましょう」

「うん、いただきます」


 僕らは駅の近くの店ででテイクアウトしてきた料理を前に向かい合って打ち捨てられた席の一つに着く。テイクアウト容器の中身はガバオライスと春雨のサラダ。葉のお気に入りだというタイ料理店で買ってきたものだ。


「ごめん、お金、全部出してもらって」

「いいのよ。今日一番の功労者だもの」


 彼女の称賛に僕は思わず俯いた。面と向かって褒められると、やはりどこか恥ずかしい。


「あなたみたいな体質の人は本当に稀なの。正直なところ、DWに曝されるかもしれない恐怖で、私たちはあまり大胆に動けない。だからこそ、DWを気にせず戦えるあなたは、私たちの切り札になるの」


 切り札。平凡、というより悲惨な自分の身の上を思うと、今日の討伐と言う結果をもってしても似つかわしくない言葉のように感じる。


「そんなあなたに夕ご飯を御馳走するくらい、当然よ」

「……ありがとう。でも、僕はいいけど麻霧さんは良いの? もう結構遅いけど……」


 深夜、という時間ではないが、もし僕が彼女の親なら心配するに違いない。だが彼女はどこにも一報を入れている様子はなかった。


「大丈夫、うちは親がいないから」


 予想だにしていなかった彼女の言葉に僕は絶句した。


「両親が小学生の頃に離婚して、しばらくは母と住んでいたの。でも……」


 葉のフォークを持つ手に力が入る。


「母はインスマス共に狂わされて、自殺した」


 普段は人形のような、綺麗だが感情の少ない表情の葉の顔が、一瞬、ほんの一瞬だけ羅刹のように歪んだ。


「だからAIAに入った。母を殺した、インスマス共に復讐するため」


 葉の表情はまたいつもクラスで見るような冷たいものにすぐ戻ったが、僕はこの時の彼女を忘れることはできないだろう。


「父は養育費を送ってくれるけど、もうほとんど接点はないの。だから、こうやって誰かと夕食を取るのも久しぶり」


 同じだ。彼女も僕と同じように、この地方都市で一人っきりで生きている。それでいて彼女は亡き家族を想って戦っている。図書館で生ける屍のように過ごす僕とは大違いだ。


「強いんだね、麻霧さんは」

「そんなことない。あなたと同じ。きわみが言ってたわ、あなたも一人で暮らしているって」


 あのVTuberは僕の家庭事情すら把握しているらしい。個人情報がいとも簡単に抜かれていることに危機感を覚えたが、葉の次の言葉で僕の懸念は一瞬で吹き飛んだ。


「レプト、あなたさえ良ければ昼だけじゃなくて、夕食もここで一緒に食べない? 可能であれば毎晩」

「えっ……いや、そんな悪いよ! 毎日だなんて、迷惑がかかるよ」

「迷惑なんかじゃない。私たちのヒーローが腹ペコじゃ困るし、それに……」


 葉は僕から目そらし、少し逡巡してから意を決したように口を開いた。


「ひとりで食べるより、あなたと食べた方が楽しいから」


 食器がプラスチック製でよかった。赤面し、にやけきった自分の顔を見なくて済む。こんな提案をされて断る理由なんかどこにもない。僕だって、一人より好きな人と夕食をとりたい。


「じゃあ、その、明日からもよろしく」

「でも代わりにやってほしいことがあるの」

「僕にできることなら、なんでも」

「みかりみたいに名前で、葉って呼んで」


 喉の奥から変な声が出そうになった。どういう意図で彼女が要求してきたのか皆目見当もつかない。だけど僕はもう昨日までの自分とは違う。望めばなんでもできるやつだと、そう自覚したばかりだ。僕は意を決して口を開く。


「葉、さん」

「さんはいらない」

「……葉、明日も一緒に夕食を食べよう」

「ええ、そうしましょう」


 彼女が聖女のように微笑んだことに、釣られて僕も微かに笑った。


「明日は下のキッチンで何か作るわ」

「僕も手伝うよ」


 それから僕らは夜空の下、夕食を取りながら明日からの計画を立てはじめた。二人の食べたいもの、作りたいもの、嫌いの物の話が次から次へと出てくる。ただの献立決めの話し合いだが、僕にはそれが今後も続く幸せへな未来への約束ように感じられた。

 好きな人と共にいる、食事をとり、笑いあう。この幸せを続けるために戦い続けよう。僕は月の見えない夜に、そう決意した。

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