第3話 その出会いはまぼろしなり

 妖怪。その単語を耳にしてどのようなものを連想するだろうか。架空の存在。人間を襲う恐ろしい化け物。物語の中で愛されるキャラクター……いずれにしても、現実から浮き上がった物になってしまうに違いない。

 目の前の美しい少女たちが妖怪である。その話を僕は何故かすんなりと受け入れていた。酔いが回っていたからなのかもしれないし、六花ちゃんが面白がって尻尾を振り回していたからなのかもしれない。妖狐の血を引くという京子ちゃんも気付けば尻尾を出していた。気になるんなら触っても良い、と言いながら。

 だけどまぁ、僕は正直それどころでは無かった。得体の知れない存在だと判明した彼女たちを警戒していたのだ。僕の妖怪の知識は、子供の頃に読んだり見たりした漫画やアニメによるものだ。その中で妖怪たちは、人間を襲ったり喰い殺したりしていなかったか。妖狐も人間を惑わせて生命力を吸い取るみたいだし、雷獣もあるアニメでは人間を喰い殺していた気がする。


「ごめんなさい。正体を隠していた事は謝るわ。それに、普通の人間が妖怪を恐れるのはごく自然な事だもの」

「まぁ、うちら妖怪は人間様の事はあんまり興味ないんだけどねー」


 京子ちゃんは猫みたいに尻尾を身体に巻き付けたまま謝罪した。申し訳なさそうな表情の京子ちゃんを見ていると、彼女が何か悪さをするようには到底見えなかった。といっても、本心ではどうなのか、などと僕は勘繰ってしまっていた。


「あの……僕の事、食べたりしませんよね?」


 気付けばド直球な質問を僕は投げつけていた。二人は視線を交わし、それから笑った。六花ちゃんなんか肩が震えるほどに笑っている。


「確かに妖怪には不思議な力を持つように思えるかもしれないわ。だけど人間の敵だったりする事は無いから安心してほしいの。中には悪い事を考える妖怪もいるけれど、それは人間だって同じ事だもの。

 少なくとも、私たちは人間を襲ったりしないわ。だから安心してください」

「そうそう。実は私、あんまり血の滴るお肉とか苦手なんだよね。そりゃあお肉とかもあれば食べるけど、それよか果物とか野菜の方が好きだし」


 僕は京子ちゃんと六花ちゃんの主張に耳を傾け、そして一人で感心したり驚いたりしていた。人間は襲わないという京子ちゃんの言葉よりも、果物や野菜の方が好きだ、という六花ちゃんの言葉の方が興味深いと思ったのは内緒だ。妖怪って血生臭い物が好きなのかと思っていたけれど、それはもしかするとステロタイプだったのかもしれない。



「昨日はありがとうございました」

「ふふふ、ハラダさんと過ごした一晩は楽しかったよ」

「こら六花! 紛らわしい言い方をしないの」


 翌朝七時。家に帰るという京子ちゃんたちを僕は玄関先で見送った。

 二人が妖怪であると判明しても、僕たちは少しの間飲み食いし、京子ちゃんの尻尾を少しモフり(六花ちゃんは触らせてくれなかった)、それからして眠りについた。無論妙な事は起きていないしやってない。

 真面目に挨拶をする京子ちゃんとそれに茶々を入れる六花ちゃん。本当に仲が良いし、ちょっとした漫才をこなしているようにも見える。


「こちらこそありがとう。君らに話を聞いてもらって少し元気が出たよ」

「それは良かったよ。ハラダさん、会ってすぐのときはめっちゃ凹んでたみたいだし」

「君たちが元気づけてくれたからね。また良ければ……」


 また会いたいな。僕は気付けばそんな事を思い始めていた。相手は妖怪なのに。しかも二人と一緒に会いたいなんて。いや、友達みたいな感じだと思えば問題なかろうか?

 それは出来ないの。真面目な表情で否定したのは京子ちゃんだった。


「ハラダさん。元気になられたみたいで私も嬉しいです。だけど、私たちの存在はまぼろしで、あの一夜の事は夢だったと思って頂きたいんです」


 この姿はあくまでも仮の姿です。胸に手を添えて語る京子ちゃんの姿は、少し芝居がかっていた。


「昨日の私や六花の姿を見てお気づきになったと思いますが、妖怪は自在に姿を変えて変化できる生き物なのです。異形そのものである私たちの真の姿を知ったら、私たちに対する印象は崩れ去ってしまいますわ」


 京子ちゃんの切実な言葉に、彼女らがやはり妖怪・異形のものである事を思い知らされた。昔話でも、変化の者が正体を知られて立ち去る話はいくらでもあるではないか。或いは彼女らは異形としての本来の姿を醜いと思っているのだろうか? それとも人間がその姿を醜いと思うであろう事を恐れているとか?

 そう思っているうちに京子ちゃんは言葉を続ける。


「それにやはり私たちとハラダさんでは住む世界が違います。ですからやはり、夢だったという事で忘れるのが幸せかもしれません」

「うん。私も京子ちゃんと同じ意見だよ……」


 六花ちゃんも京子ちゃんの言葉に同意する。しんみりとした奇妙な余韻を漂わせながら、二人は僕の部屋を後にしたのだった。



 二人の不思議な妖怪少女と出会った事は夢だったのかもしれない。しかしそれでも僕が立ち直ったのは事実だった。

 前の「彼女」とチャラ男君はすぐに破局してしまった。何でもチャラ男君は「彼女」以外にも数名の女子と付き合っている事が判明したらしい。それが「彼女」含む女子たちにバレて、チャラ男君はつるし上げを喰らったのだとか。男として恐ろしい結末だと思う反面、まぁ当然の摂理だよな、と思うには思う。

 そんなわけで「彼女」はフリーになったのだが、別に復縁したわけではない。あの夜を境に、彼女への未練がすっぱり断ち切れていたのだ。ざまぁみろ、みたいな感情も特にない。チャラ男君の件では気の毒だとは思うものの、良い薬になったのではないかと思っている。


 そして僕は、あの夜以降京子ちゃんたちと出会う事はついぞなかった。やはり彼女らが違う世界の住民であるというのが事実なんだなと思い知らされた。

 しかし週末のある日不思議に思う事が一つだけあった。

 その日は気分転換に繁華街に遊びに行っていたのだが、ある二人組の姿が気になって仕方が無くなってしまった。何と言うか、京子ちゃんと六花ちゃんに似た雰囲気がから漂っているように感じたのだ。もしかすると、一人が六花ちゃんとよく似た銀髪だったからなのかもしれない。

 とはいえ気のせいだろうと僕は思った。というかの二人組を見てあの妖怪の事を思い出すなんてどうしているんだとツッコミを入れたくなったくらいだ。

 そう思っていると銀髪の子が僕の視線に気づき、一瞬振り返った。

 その少年の瞳は明るい翠で、その笑みは六花ちゃんが見せていた笑みにとてもよく似ていた。

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彼女の浮気が発覚してガチ凹みしている僕を、美少女妖怪の二人組が癒してくれた件 斑猫 @hanmyou

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