第2話 妖怪娘な彼女たち

「狭くてむさくるしい所だけど、良いかな」

「そんな事ありません。きちんと小綺麗になさってるじゃあないですか」

「お……私は別に大丈夫だよ。どうせ一晩だけなんだしさ」


 やや緊張気味な僕の言葉に、宮坂京子と梅園六花は好意的に応じてくれた。こうした言動の節々にも二人の個性が滲み出ていて中々興味深い。

 さて僕の家の話をしよう。と言っても賃貸のマンションなので自分の城という程立派なものでもない。まぁ、「彼女」が遊びに来ていたので見苦しくはないけれど。というかまだ「彼女」の私物とか残っているし、明らかに女性の気配が見え隠れする部屋でもある。

 とはいえ京子さんたちを招き入れたのはまごう事なき事実だ。背に腹は代えられないと言ったものだろう。「彼女」との唐突な別れも、この娘たちとの出会いも予想外のハプニングみたいなものだったし。


「二人ともひとまず好きな所でくつろいで。飲み物を用意するから」


 僕はそう言ってそっと立ち上がる。その言葉に素直に従ったのは六花さんだった。京子さんは「私も手伝いますわ」と言って僕にくっついてきたのだ。



「へぇ、ずぅっと付き合ってた女の子に裏切られちゃって、しかも知り合いのチャラ男と密かにデキてたのかー。うん、そりゃあ凹むよね」


 お酒とかソフトドリンクが並ぶローテーブルを囲みながら、いつの間にか僕は少女たち相手に身の上話をしていた。身の上話というか、ずっと付き合っていた「彼女」とフラれた話がメインなんだけど。

 積極的に話を聞いてくれるのは六花さんだった。彼女はテーブルに肘をついて胸を乗せているんだけど、僕が喋り出すと、翠眼で僕を見つめ、時々思った事を口にしてくれる。

 六花さんの言葉はごく自然に僕の耳に入っていく。くっきりとした美貌とあからさまに女性的な身体つきなのに、喋り方や仕草はむしろ男っぽい。美少女だけどボーイッシュな感じなのだ。もっとも、あんまり雑な喋り方をしていたらツレの京子さんに注意されるんだけど。

 その六花さんははじめ僕にお酒を注いだりしていたんだけど、いつの間にか彼女もお酒を飲み始めていた。


「自由恋愛がメインだと言っても、やっぱり付き合うなら誠実さが大切だと私は思うんです。男の人も、女の人も」


 大真面目な表情で言うのは京子さんだった。京子さんももちろん僕の話を聞いてくれている。だけど彼女はただ話を聞くだけじゃなかった。飲み物を用意したり空になった空き缶やペットボトルを一か所にまとめたり、チーズや果物を切り分けておつまみみたいなものを用意してくれたりとまめまめしく働いてくれている。

 色々と派手な見た目の六花さんとは異なり、お嬢様っぽい京子さんは見た目も雰囲気も少し控えめでつつましやかな感じだ。だけど女子力はかなり高いって事が解った。

 さっき果物とかを切ってくれると言ったけれど、それも勝手にやっているんじゃなくて、家主である僕の許諾を取ってからの話だし。

 それにしても、女の子でもこんなに違うんだな。僕はほろ酔い気分になりながらそんな事を思っていた。

 すると、氷の入ったグラスを揺らしながら六花さんが笑い始めた。彼女の視線は、真面目な発言をした京子さんに向けられている。


「あはは、男女の付き合いには誠実さが大切、かぁ。何かしま、いや京子ちゃんらしい発言だねぇ。普段はモテたいとか色々言ってるけど」

「六花! 今そんな話しなくて良いでしょ!」


 からかうような六花さんの言葉に京子さんは少し顔を赤らめていた。いかにも清楚なお嬢様と言った感じだが、モテたいとかそう言う感情はあるのか……僕は彼女に親しみを感じ始めていた。気恥ずかしそうに憤慨する彼女が、深窓の令嬢ではなく身近な存在であるように思えたのだから。


「それに六花だって私の事をとやかく言えないじゃない! むしろ六花の方がそっち方面は詳しいし積極的でしょ?

 しかもまたお酒なんか飲んじゃって……いつかみたいに変なグラスタワーを作ったら承知しないからね」

「やだなぁ京子ちゃんってばー。あの頃は私だって若かったんだ。アレは単なる出来心みたいなものさ。流石に人様の家の中で、そんなやらかしなんかしないよ」


 そう言うと、六花さんはふいに僕の方を見やり、身を乗り出してきた。僕は少しだけ息を止め、近付いてきた彼女を見ていた。アルコールの混じった六花さんの甘い香りが周囲に漂う。彼女も少し酔っているのかもしれないが、それでもこちらを見つめる瞳は澄んでいた。


「ね、ハラダさんも京子ちゃんに何か言ってやってよ。あの子、真面目そうだけど結構はっちゃける所もあるんだ。何と言うか、真面目にはっちゃけちゃう感じかな」

「六花だって昔はヤンチャだったでしょ。今でこそ、弟とか妹がいるから落ち着いたけど」

「京子さんも六花さんも仲が良いんですね」


 僕の言葉はどのように解釈されただろうか。ある種のリップサービスだと彼女たちは思ったかもしれない。だけど本心からの言葉だったりもする。

 確かに京子さんたちはちょっと言い争ってはいた。だけどその言い合いの中にも互いへの信頼というか、愛情みたいなものを感じたのだ。

 さて二人はと言うと、図星だったらしく気恥ずかしそうに僕や互いの顔を交互に見つめている。


「はい。元々は仕事上の付き合いだったんですが、今では友達です。私たち、案外相通じるところもありますし、色々な事を乗り越えてきた間柄ですから」


 照れたように京子さんが告げ、六花さんも真面目な様子で頷いていた。



 ある程度の所で寝ると宣告するか、彼女たちを寝かせれば良かったのかもしれない。

 しかし若気の至りとは恐ろしい物だった。三人とも夜が更けつつあるというのに誰も寝ようとは言いださなかった。若くて体力があったし、週末だからって事もあったからなのかもしれない。

 僕が感じた異変は足許の妙な感触だった。座っている足の甲に、何か毛足の長い柔らかい物が触れたのだ。絨毯の類とは違う。絨毯ならば急に触れるという事は無いだろう。何よりこの部屋に絨毯は敷いていない。

 一体なんだろう。僕は何気なく身体を傾けて触れたものを見た。足先にぶつかったのは、白くて細長い物だった。毛皮でできたアクセサリーにも見えるが何か妙だ。こういったものは夏場に身に着けるものじゃないし、彼女たちがこうしたものを持っていたという記憶もない。しかも三本もある。

 謎の白い毛皮の出所を辿る。それは六花さんの腰から伸びていた。ギャルっぽい子の間でこんなファッションが流行っていたのだろうか。そう思っていると、毛皮の一つが唐突に動いた。先端が鎌首をもたげたかと思うと、ペチリと床を叩いたのだ。


「のわっ」

「どうしたんですハラダさん」


 僕の間抜けな悲鳴に気付いたのは京子さんだった。六花さんも気付いているのかもしれないけれど、彼女は彼女でグラスのカクテルをチビチビと舐めている。


「えっと、その……毛皮の紐があって……それが動いたんです」


 言い切ってから、伝えるべきではない事かもしれないと僕は冷静な部分で思った。毛皮のアクセサリーを垂らしていて、それが尻尾に見えただなんて。そんな事を言っても真面目な京子さんは戸惑うだけではないか。

 ところが京子さんは僕の肩越しに六花さんの腰回りに視線を落とし、困ったように眉を下げた。


「六花もちょっと酔いが回っちゃったんですよ。それで尻尾が出てしまったんです」

「尻尾、尻尾ですって!」

「そりゃそうさ、おれたち、いや私たち妖怪だもん。尻尾くらい生えてるさ!」


 僕の驚きの声に応じたのは六花さんだった。彼女は尻尾があるという事を主張したいらしく、先程よりも烈しく尻尾の先を床に叩きつけている。パチパチという妙な音がすると思ったら、尻尾の先から細かな稲妻が発生しているのを見てしまった。

 単なる少女かと思っていた二人は本物の妖怪なのだという。六花さんは雷獣であり、京子さんは妖狐と人の半妖なのだそうだ。

 妖怪とか実在したのか。それにしても可愛い女の子の姿をしているからと言って、妖怪を招き入れて大丈夫だったのか……そんな事を考えているうちに眠気もほろ酔い気分も吹き飛んでしまった。

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