第21話 星のようにつかめない想い


 二人のデートは夕食までと決めた。

 家に帰るのにかかる時間もあるし、使えるのはせいぜいに時間ほどだろう。


 学校の敷地を出た俺たちは、いつもの帰路とは逆方向へと歩きだした。

 雪奈と一緒に歩いているとかなり目立ってしまい、同じ道をゆく生徒らにひそひそ話されていた。


 しかし、雪奈は周りの視線なんて気にしていない様子。


「兄さんと放課後デートなんて、初めてですね」

「今までは隠してたからな」


 食材や日用品を買うために一緒に出掛けることはあった。

 けれど、恋人としてのデートは初めてだ。


「でも、今日は絶対に兄さんを満足させてみせますからね?」


 雪奈は俺の腕を抱きしめたまま言った。


 しばらく歩いて、雪奈に連れていかれたのは駅だった。

 一度電車に乗り、いくつか乗り継いでとある商業施設へとやって来た。


「ここって……クラスの女子がいつも来てるとか言ってたな」

「オシャレの最先端が集まる場所ですよ。まあ、いつも同じ服を着ている兄さんにはあまり関係ないかもしれませんが」


 くすりと、雪奈は笑った。

 実際、俺は服装とかあまり気にしないので反論できない。


「ここで買い物でもするのか?」

「いえ。用があるのは最上階です」

「何かあるのか?」

「まあ、着いてからのお楽しみですよ」


 くいっと腕を引かれる。

 雪奈に導かれるままに、学生が集まりつつあるその建物の中へと入っていった。


 人混みを抜けてエレベーターへ乗り込む。

 外側が窓になっており、夕日に沈みゆく街並みを睥睨することができた。


 しばらくして最上階へ辿り着くと、雰囲気が一変した。


 エレベーターを出た先は真っ白な壁で覆われた廊下が広がっている。

 人の数も少なく、静かだ。


 雪奈は迷うことなく足を前へ進めた。

 腕を引っ張られて、彼女の隣を歩いて行くとある場所へと辿り着く。


「……プラネタリウム?」


 廊下の突きあたりに現れたのは、プラネタリウムの入り口だった。

 両開きの扉の脇に、小さな看板が立てられている。


 入口には何人か並んでいた。

 女性の方が多いが、俺たちと同じようなカップルの姿もある。


「ここのプラネタリウム、結構有名なんですよ? 季節によってテーマが変わったり、童謡を取り入れたプラネタリウムも上映したりするらしいんです」


 雪奈はそう語りながら、最後尾へと並んだ。

 前から順にチケットを確認されている。

 俺たちの番になると、雪奈がスマホをスタッフへ見せた。

 どうやら、今日のためにチケットを買っていたらしい。


 スタッフにチケットを確認されると、俺たちは中へ入っていく。


 入り口を抜けると、円形の空間に出た。

 映画館にあるようなスクリーンが、天井一面に張り巡らされている。

 中央にプラネタリウムを映し出す投影機が置かれ、それを中心とした環状に席が並べられていた。


「ここですよ」


 雪奈が示したのは、中央に近い位置にある白いクッションのような席だった。

 他の席よりも幅が広く、二人座っても平気そう……。


「って、もしかしてカップルシート……?」

「はいっ。兄さんと並んで寝転べますよ?」


 雪奈が先にクッションへと身を倒しさせた。

 ごろんと寝返りを打つと、袖をつまんできた。


「ほら。早くこっちに来てくださいよぉ」

「いいけど、なんか眠そうじゃない?」

「ふわ……そんなことないですよぉ……」


 寝ころんだせいか、雪奈はあくびを溢していた。

 マイペースな姿に苦笑しながら、彼女の言う通りに隣へと腰を下ろした。


 二人で寝転がると、ちょうど天井を見上げる形になる。


「えへへ。こんなひと目の多いところで同衾できるなんて……皆さんやらしいですね」

「お前の頭がな」

「私は健全ですよ。健全に、人間の繁殖について考えてただけです」


 不健全じゃねえかっ。


 呆れていると、上映開始のアナウンスが入った。

 扉が閉まり、部屋の照明が徐々に暗くなっていく。


「あっ、始まりますね」

「寝るなよ」

「寝たら優しくシてくださいね?」

「叩き起こせばいいんだな。分かったよ」

「もう、兄さんのイヂワル……」


 暗くなった部屋の中で、雪奈が不満そうに頬を膨らませているのが見えた。


 苦笑を溢していると、施設のどこかにつけられたスピーカーから音が響いた。


 プラネタリウムと言っても、いきなり天井に星空が映し出されるわけじゃない。

 女性の声が語り口となって、ストーリー調に様々な星が映し出されていくのだ。


 星にまつわる神話や伝説を同時に知ることができて、普通に星を見上げるよりも楽しい。もちろん天井のスクリーンに映し出された星々の映像も綺麗だ。


「……こうしてみていると、自分たちが宇宙の一部になったみたいですね」

「吸い込まれそうだよな」


 声を潜ませて話していると、雪奈が身体を寄せてきた。

 腕を抱きしめて、指を絡ませる。

 雪奈の小さな手を、俺も優しく握り返した。


 そうして密着したとき、雪奈から普段とは違う匂いが漂って来た。

 いつも使っていない香水か。


 チラリと目だけ動かして隣を見てみれば、キラキラした目で天井を見上げる雪奈の姿を認めた。


 天井に映し出された青くて白い映像の明かりが、彼女の髪に落ちてうつくしく輝く。


「っ……」


 その美しさに、思わず息を呑んだ。

 心臓が激しく鼓動し、身体が内側から火照ってくる。


「……何だか、懐かしいですね」

「な、懐かしい?」


 俺の様子に気づかないまま、雪奈は天井を見上げたまま話し始めた。


「小学生の頃、パパやママが返ってこなくて寂しいって泣いたときがあったじゃないですか。夜も眠れなくて、兄さんと一緒に寝たいってわがままを言って……」


 両親は、俺が中学生になるまではまだ家にいた。

 しかし、仕事が忙しいからと帰ってこない日も週に何度か会ったのだ。


 そんなある日、雪奈は眠れないと泣いてしまった日があった。

 まだ小学生だった俺は、雪奈のために何をしてあげられるか分からなかった。

 子供なりに考えた結果、二人で外を歩こうと話したのだ。


「今思えばすごく危ないことをしてましたね。けれどあの日、兄さんが私を公園まで連れ出してくれたんですよ」


 ひと気がなく、周りに民家も少ない公園へ行った。

 ベンチへ横になって空を見上げれば、満天の星を見ることが出来ることを知っていたんだ。


「あの時、兄さんが見せてくれた星空、今でも忘れられないんです」

「……だから、今日はプラネタリウムだったのか?」


 雪奈は小さく首肯した。

 天井に映る星空へと、手を伸ばして。


「あの日から私の中で、兄さんは兄さんとしてじゃなくて、一番大好きな異性に変わったんだと思います。初めての恋だったんです。兄妹だとかは関係なく、私は兄さんのことがどうしようもなく大好きなんですよ」


 雪奈は星を掴む仕草をして、腕を下ろした。


「本当なら、兄さんをこうして恋人として抱きしめることもできませんでした。結婚だってできないですし、子供だって作れません……それでも、私が兄さんを好きだという気持ちはどうしても諦められなかったんです」


 雪奈が見つめる先の星空を見上げる。

 青白い光を纏って輝く星々は、素知らぬ顔で俺たちを見下ろしていた。


「私は兄さんのことが大好きです。兄さんの特別でありたいんです。だから……」

「……俺も、雪奈のことが大好きだよ」


 雪奈の小さな肩を引き寄せ、抱きしめた。


「きっと、俺のこの気持ちも兄妹としての想いなんかじゃない。異性として、雪奈のことが好きだ」

「でも、兄さんにとっての一番は綾ちゃんです」

「……分からないんだ。俺には、誰が一番なのか」


 綾音が転生するまで、俺にとって雪奈は二番目だった。

 ずっと、そう信じて付き合ってきたから。


 しかし、実際に綾音が転生してみると、雪奈も同じくらいに大事なのだと気づいたのだ。


「雪奈……どうしても、どちらかじゃないといけないのか?」

「え……?」

「何度考えても、俺は二人が大事なんだよ。お前らが許してくれるなら、二人を平等に愛したい」

「兄さん……」

「俺の人生にある時間をどれだけ使っても構わない。生涯、二人を満足させられるように二人と付き合う。それじゃあ、ダメなのか?」


 どうして、恋人は一人じゃないといけないんだ。

 好きな人がたくさんいて、何が悪いんだ。


 大事な人をたった一人選べなんて、そんなの無理だ!


「最低な浮気野郎だって思われても仕方ない。それでも、俺にとっては二人とも大事なんだよ。二人とも幸せにしたいんだ! 二人の争いで、どちらかが消えるなんて嫌だ……っ。だから、二人を選ぶって選択肢は――」

「ないですよ」


 雪奈は腕の中で、首を振った。


「私は、やっぱり好きな人には私だけを愛してほしいんです。他の人に目移りしてほしくないですし、私の知らない思い出を他人と一緒に作るなんて嫌なんです」

「だ、だけど……」

「兄さんだって、同じじゃないですか。私が誰かと付き合うのは嫌なんですよね。だから、告白されたのを止めに来てくれたんじゃないですか」


 数日前、雪奈に告白しようとした男子を止めた。

 それは、雪奈を奪われることが嫌だっていう感情からだった。


 結局、俺は自分のことしか考えられていない。

 雪奈や綾音の気持ちを考えれば、こんなことは間違っているのは当然のことなのに。


「……大丈夫です。きっと、私が兄さんの一番になりますから」


 雪奈は腕の中で笑った。

 優しいその笑顔に、俺は「……そうだな」と返すことしかできなかった。

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