第17話 入れ替わりキスプレイ
雪奈をソファーへ押し倒した状態のまま、俺は固まってしまった。
雪奈は震えながら、俺の腹を撫でた。
そして、徐々に下へ降りていく。
腹よりも下。
誰にも触れられたことのない場所へと辿り着こうとして。
「……雪奈、ごめん」
「んむっ⁉」
俺は雪奈の唇へ、自分の唇を押し付けるようにキスした。
一秒にも満たない短いキスの間に、二人は入れ替わる。
顔を放すと、彼女はぱちくりと瞬きした。
桜色の唇が動いて、疑問を投げかける。
「……これ、どういう状況?」
綾音が、俺を睨むように半眼になった。
「もしかして、ついに雪奈ちゃんに手を出そうとした感じ?」
「……違う。これは、雪奈がやろうとしたことだ」
「そっか。雪奈ちゃんも、私には負けたくないってことなのかな」
「どうして分かるんだよ。記憶は共有してないはずだろ」
「分かるよ。だって、私も雪奈ちゃんも翔馬のことが好きだから。子供を作りたいくらいに、ね」
綾音は微笑みながら、俺の頬を撫でた。
優しさを感じる柔らかな手つき。
「……俺には分からない。お前らがそこまで俺に執着する理由ってなんだ?」
「いつも支えてくれるのが翔馬だったからだよ」
くすりと笑いながら、俺の頬から手を放した。
外れていたブラウスのボタンを留めながら、続けて話す。
「生前の私はモテてたの、覚えてるよね。色んな男子に声を掛けられて、気を引くためのイタズラだってされてきた。逆に、女子には妬まれて嫌がらせをされてきたの」
それがあったのは、確か小学生の頃だったか。
雪奈に負けないくらいの美少女だった綾音は、男女問わずイタズラされていた。
「そんな中、真面目に私を助けようとしてくれたのは翔馬だけだった。自分よりも強い男子が相手でも、私のために立ち上がってくれた。喧嘩になって、階段から突き落とされて病院に運ばれて、それを全部翔馬のせいにされて、先生たちから睨まれて……それでも、翔馬は私のことをずっと守ってくれた」
ボタンを留め終えると、綾音は頬を染めて。
「だから、私は翔馬のことが好き」
笑みを浮かべながら、そう言った。
「雪奈ちゃんだって同じ。両親が居なくて寂しくても、翔馬が支えてくれたから寂しさもあまり感じなかったんじゃないかな?」
俺の両親は家に帰ってこない。
今もどこで何をしているのかさえ分からないままだ。
「翔馬はさ、自分が思ってる以上に誰かの心の支えになってるんだよ。私も雪奈ちゃんも、翔馬がいないと生きていけなかったくらい。だから、お互いにどんな手段を取ってでも、翔馬を自分のものにしたいの」
「だけど、どちらかを選ぶなんてできない。どちらも大事だから……」
「……嘘つき」
綾音は俺の言葉を遮り、ふっと笑う。
「私のこと、雪奈ちゃんよりも大好きなんでしょ?」
余裕ぶった口調で、綾音は人差し指を立てた手を持ち上げた。
「これが証拠」
指さしたのは、首から提げたネックレス。
その先についた小瓶と、その中身。
「翔馬がこれを捨てられない限り、雪奈ちゃんに勝ち目なんてないから」
綾音は確信を持って言った。
「それとも、私の前でそれを捨てられる?」
「……そんなこと、できるはずないだろ」
「だよね。知ってる」
小瓶を片手で握りしめた。
綾音には、俺の考えていることが全て見透かされているみたいだった。
無言になってしまう俺を見て、綾音はさらにくすりと笑う。
「だからね、翔馬……」
身体を起こし、彼女は耳元に口を寄せてきた。
雪奈の声で、彼女は言う。
「早く、雪奈ちゃんと別れてよ」
綾音が俺の手の上から小瓶を握った。
「翔馬は自分の気持ちに素直になればいいんだよ。私のことが大好きなんだって示せばいいだけ。そうすれば、私はもう雪奈ちゃんとは入れ替わらないから」
「は……?」
「当然でしょ? 翔馬が私のものになるのなら、雪奈ちゃんは必要じゃない。だったら、この身体も私のものにしてしまったほうが都合いいでしょ」
「そんなこと、勝手に決めて良いはずないだろ! もし、お前がそのつもりでも今度は俺が勝手にキスして二人を入れ替えるだけだ」
「ふぅん……なら、雪奈ちゃんと話してみるから協力してよ」
話す?
二人の身体は一つで、記憶も共有できないのにどうやって?
疑問に思っていると、綾音はソファーから降りた。
机に置いていたメモ帳とペンを手に、何か書く。
それが書き終わると、再び俺に向き直った。
「それじゃ、入れ替わったらこれを雪奈ちゃんに見せてね」
「……そういうことか」
キスで入れ替わりながら、交互にメモを書いて行けば意思疎通もできる。
「でも、俺はお前の考えを認めたわけじゃ――んぐっ⁉」
言い終わる前に、綾音が後ろ頭を強く引き寄せながら強引にキスしてきた。
勢い余って、思わず歯がぶつかってしまう。
一瞬の間に入れ替わると、彼女は身体を放して口の辺りを手で押さえていた。
「い……痛いです……何ですか、急に……」
「す、すまん……綾音が勢い余ったみたいで……」
「……へぇ。またキスしたんですね」
キッ、と眇めた目で俺を睨んでくる。
そして、机の上に置いてあったメモに気づいた。
「これは……」
「あっ、それは見なくていい!」
手で隠そうとしたが、雪奈の方が早かった。
メモを手に取ると、雪奈はそれを読んで……。
「……ふぅん。こんな約束を綾ちゃんとしたんですね」
「約束したわけじゃない! どちらかを選ぶなんてできるはずないだろ!」
「それでも、私も綾ちゃんと同意見です」
雪奈は言いながら、メモに何か書き始めた。
「私だって、綾ちゃんに負けたくないんです。死んでるくせに、まだ私の邪魔をするなんて図々しいんですよ。だから、ここで白黒はっきりつけてやりますよ」
メモを乱暴に書き殴り、雪奈は俺へ向き直った。
拒否する間もなく、キスされる。
今度は、優しく。
けれど、唇の隙間から舌を入れられた。
「んぅっ……ぷはっ!」
彼女が身体を放す。
舌を入れていたことに気づいた綾音は、頬を赤く染めつつ歯噛みした。
「くっ……私よりも激しいキスするなんて……」
「どこで張り合ってんだよ……!」
綾音は机の上に放り投げられたメモを見つける。
乱暴な文字で書かれたメッセージを読むと、再び何かメモに書いた。
「ほら、翔馬。キスしよ」
「待てよお前ら! さっきから、何を書いて……」
だが、質問の言葉は唇でふさがれた。
唇の隙間から挿し入れられた舌が歯の裏をなぞり、俺の舌に絡まる。
ぐちょぐちょと、唾液が混合する水音が鳴らしながら、味わうように深いキスを交わす。
「「ぷはっ!」」
やがて、彼女が身体を放すと二人の間に唾液が糸を引いた。
入れ替わった雪奈は、口許を拭いながら不満げに口の端を歪める。
「また……こんなキスして……!」
「だ、だから……もうやめてくれって……」
俺の言葉を無視し、雪奈はメモを読む。
そして、メッセージを書いて再びキス。
二人のメッセージが交わされるほどに、キスは激しさを増していった。
舌を入れるだけでは足らず、唾液を口に流され、舌が絡み合い、お互いの唾液を交換して、飲み込んだ。
そうして、深いキスをすることで気づいたことがあった。
どうやら、二人は唇を離した瞬間に入れ替わるらしい。
なので……。
「んっちゅ……ぐっ……ぶはっ! い、息が……」
「はぁ……はぁ……こんなに、息苦しくなるほど兄さんとキスするなんて……ズルい……!」
「お、お願いだから、呼吸させて……」
「兄さん、今度は私の番です! 綾ちゃんに負けないくらいのキスをさせてください」
「お、落ち着け雪奈! このままじゃ、俺が窒息す――んむっ⁉」
「ちゅ……んぅ……んっ……」
二人は張り合うように、呼吸の限界まで濃密なキスをしてきた。
過呼吸になり、目がチカチカと明滅する。
口に入れられた舌は熱く、口内を蹂躙しながら唾液を交換する。
それでも二人は止まらない。
「んっ…………はぁ……兄さんとのキス……しゅきぃ……」
「お、おい……メモは見なくていいのか」
「後で見ればいいです。それよりも、もう一回、もっともっと深いキスしてください」
やがて、雪奈はメモを見ることも忘れてキスしてきた。
ただ己の欲を満たすだけのキスの後、綾音と入れ替わる。
「見てないじゃん」
「それは、雪奈がキスしたがったから……」
「それじゃ、私にもしてくれるよね?」
「待って……まだ呼吸が……」
「だーめ。翔馬は私のものなんだって証拠をつけてあげなきゃ」
なんて言って、綾音もむさぼるようなキスをしてくる。
そして、入れ替わると。
「兄さんっ。もう一回……もう一回、して……!」
「だ、だから、ちょっと待てって……」
「やーだ! 兄さんときしゅするんです。もう一回……ううん、何回もして。兄さんしゅき……!」
絶え間なく、キスをしてくる。
そんなやりとりが一時間も続いた。
互いの唾液で口許がべとべとになりながら、彼女は恍惚とした表情を浮かべながらようやく身体を離した。
何度もキスをしたせいで、もはや今がどっちの人格なのかさえ分からない。
「んっ……はぁ、はぁ……兄さん、話がつきましたよ……」
どうやら、今は雪奈らしい。
彼女は呼吸を荒らげながらも、メモ帳を手に俺の膝の間で向かい合うように座り込んでいた。
呼吸を整えると、未だ甘く蕩けた表情も治らないままにこう話した。
「私たち、兄さんには頼りません」
「は……?」
「どちらが兄さんに相応しいかは、私たちが選びます。負けを認めた方が消えて、勝った方がこの身体の持ち主になります」
「だ、ダメだ! どちらかが消えるなんて、そんなこと……」
「兄さんならそう言うと思いました。だからこそ、私たちで決めるんです」
雪奈は小さく笑って、言った。
「私たちは、もうどちらかがこの身体の持ち主にならないと気が済まないんです」
だから、と雪奈は俺の背中へ腕を回して抱き着いてきた。
「まずは私から……兄さんにもっと好きになってもらえるように、頑張りますね」
俺は、彼女の顔を愕然としながら見ることしかできなかった。
これもすべて、俺の優柔不断さが招いた結果なのか――。
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