第16話 入れ替わる真実
どういうことなんだ……?
雪奈にしつこくいい寄る男を諦めさせるためにキスしたら、綾音と入れ替わった?
目の前で小首を傾げる綾音の姿に、口をパクパクさせることしかできない。
そんな俺たちの様子を見て。
「いやぁあああ! ウチの雪ぽよが穢されたっすぅううううう!」
桃華が絶叫した。
「うぅ、ぐすっ……! 雪ぽよは私の彼女になる予定だったのにぃ……」
「ま、まあまあ、落ち着けよ。これも、偽装彼氏だと思わせる一貫でさ……」
「信じられねぇっすよ⁉ どうして偽装で本当にキスしちゃうんすか!」
「こ、これは……ほら! 兄妹ならキスなんて普通にすることだろ!」
「そうだよぉ? 兄妹でキスするのは当然のことだよ~!」
綾音はニコニコ笑顔になりながら、俺の腕を抱きしめた。
「え? ゆ、雪ぽよ……?」
「あっ、そうだった……ごほん! ええと……私、兄さんと用事があるので帰りますね」
綾音は雪奈の口調をマネながら、俺の腕を強く引っ張ってきた。
立ち去ろうとする俺たちの背中に、桃華が慌てて声をかけてくる。
「ま、待ってくださいっす! なんか、雪ぽよの様子おかしくないっすか?」
「そ、そんなことないぞ! 悪いけど、用事思い出したから帰るな!」
「ちょっとぉ!」
桃華は俺たちを引き留めたそうだったが、緊急事態だったのでその声を無視することになった。
校舎裏から正門へと移動し、家への道を駆けていく。
同じ道を歩いている生徒たちは、雪奈の姿を見て目を向けてきた。
今、話しかけられるとマズい。
ある程度、学校から離れたところで路地裏へと入る。
ひと気のない狭い道へ連れ込むと、深く息を吐いた。
「ふふっ。こんなところに連れ込んで、何するつもりなの?」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
目の前でくすくすと笑う綾音の肩を掴み、俺は訊ねた。
「お前、どうしていきなり……」
「言ったでしょ? 私と雪奈ちゃんが入れ替わるの、あるきっかけがあるんだって」
「まさか……」
二人が入れ替わった時、やったことは一つしかない。
「お前ら、キスで入れ替わってたのか⁉」
綾音は頬を染めて頷いた。
「そう。私も雪奈ちゃんも、キスしたら入れ替わるの」
「待てよ! それなら、夜中にどうして……」
「翔馬が寝てる間に、私が翔馬にキスしたから」
「っ……」
「もちろん、雪奈ちゃんもね」
綾音から告げられた事実に、言葉が出なかった。
まさか、寝ている間にキスされてたなんて……。
しかも、お互いに記憶の共有は出来ないので偶然にも同じ行動をしていたことになる。
「で、でも、二人の記憶は共有できないはずだろ。綾音がどうして雪奈がキスしたことを知っているんだ?」
「分かるよ。だって、キスした瞬間に入れ替わってるから」
自らの唇に指を添えて、淫靡な笑みを浮かべながら綾音は続ける。
「つまり、目を覚ませば翔馬とキスしてるってコト。この間も、水族館でキスしてたでしょ?」
綾音の一言で思い出す。
そういえば、あの日雪奈とキスした時、何故か二回されたんだよな。
二回目のキスが綾音だったっていうことか。
「あの時は咄嗟にキスし返しちゃったけどね。でも、普段と違う状況で入れ替わったから気になっちゃって……つい出てきちゃったの」
「……じゃあ、水族館に行った日から、雪奈は隠れてキスをしてないってことか」
軽いめまいを起こしそうになる。
雪奈とはキス以上の関係にならないように努めていた。
なのに、俺の知らないところですでにしているとは思わなかった。
そして、もう一つ思い出すことがある。
雪奈が階段から落ちた時、俺は彼女とキスをしてしまった。
軽く唇に触れる程度だったが、あの時も雪奈と綾音は入れ替わっていた。
なら、あの日が初めてなのか?
悩む俺を見て、雪奈は「それじゃあ……」と言いながら身体を寄せてきた。
「そろそろ戻って上げなきゃね」
「い、いや、待て! 今、雪奈に戻ったら変だって思われる!」
ここは路地裏。
雪奈と綾音が入れ替わった場所じゃない。
こんなところで入れ替わったら、異変に気づかれてしまう。
しかし、綾音は首の後ろに腕を回してきた。
「どの道、もうバレるよ。今から校舎に戻っても同じ状況は作り出せないからね」
そして、綾音は顔を寄せてきた。
一秒にも満たないキスの後、身体が離れる。
彼女は閉じた目をゆっくりと開き、周りを見回してぴくりと肩を震わせる。
「ここは……どこですか?」
「っ……」
「兄さん、何かあったんですか?」
「え、ええと……」
考えろ。
何か、雪奈を誤魔化す言い訳を……。
しかし、黙り込む時間が長くなるほど、雪奈は怪訝な目を向けてくる。
「……兄さん? 最近、ずっとおかしいですよ?」
「い、いや、別におかしくなんて……」
「……隠し事なんてしないでください」
拗ねたような口調で言葉を溢し、そっと俺の頬へ手を触れてきた。
「私たち、家族ですよね? 両親に見放された唯一の肉親……誰よりもつながりの深い関係です。私たちの間に隠し事なんてナシですよ」
「それは……」
「私にとって、信じられる家族は兄さんだけ。その兄さんまで私を裏切るなら、私独りぼっちになっちゃいますよ……」
両親に見放された俺たちは、他のどんな兄妹よりもつながりが深いはずだ。
だからこそ、俺たちは恋人同士になれたんだ。
これ以上、雪奈に嘘を吐きたくない。嘘を吐くべきじゃない。
「……分かった」
俺は、ついに綾音のことを打ち明けた。
***
全てを打ち明けた後、俺たちは無言のまま帰宅した。
綾音のことを聞いた雪奈は、ショックだったのか帰宅するまで口を開かなかった。
静かなままの雪奈とリビングに入る。
「ええと……それじゃあ、俺は夕食の準備するから」
「……兄さん」
キッチンへ向かおうとする俺の服の袖がつままれた。
振り返れば、雪奈は泣きそうな顔で俺を見上げていた。
「……私は、もう用済みですか?」
「え……」
「私は、綾ちゃんの代わりに兄さんと付き合いました。けれど、本当に私と綾ちゃんが入れ替わってるなら、私は用済みなんですよね?」
「ち、違う! 綾音が入れ替わっても、俺は雪奈のことが好きだから!」
「なら、どうしてキス以上のことはしてくれなかったんですか?」
雪奈が、至近距離から見上げてきた。
「頭の片隅にまだ綾ちゃんのことが好きだっていう気持ちがあったから、キスができなかったんじゃないですか?」
「ち、違う! 俺は、ただ雪奈のためを思って……」
「私、兄さんのことが本気で好きです」
突然の告白に、返す言葉を失う。
雪奈は真剣な眼差しのまま続けた。
「初めは、綾ちゃんの代わりに付き合ってました。でも、あの時から……ううん。兄さんが綾ちゃんと付き合ってた時よりも、ずっと前から、私は兄さんのことが好きだったんです!」
「っ……」
「綾ちゃんに兄さんを取られて、すごく悔しかったんです。だから、毎日兄さんの部屋に忍び込んで、起きないようにキスしてました」
「そ、そんなに前から……⁉」
「二年以上、ずっとですよ」
雪奈は寂し気に笑う。
俺が、彼女の気持ちに気づいていなかったせいで。
「兄さんがこの気持ちに気づいてくれなくて、いつも寂しく思ってました。だから、綾ちゃんの代わりだったとしても恋人になれて嬉しかったんですよ……!」
雪奈は俺の背中へ手を回し、額を胸に押し付けてきた。
「やっと……やっと、兄さんが私のものになる……そう思ってたのに……どうして綾ちゃんが転生しちゃうんですか!」
雪奈は慟哭した。
「このままじゃ、私は綾ちゃんに負けちゃう……兄さんを私のものにするには、今のままじゃいられないんです! だから……」
焦りを孕んだ声で言い、雪奈は俺の身体を思いっきり引っ張って来た。
「うわっ!」
思わず体勢を崩してしまい、近くにあったソファーへと雪奈を押し倒す形で倒れ込んだ。
起き上がろうとするが、それを阻止するように雪奈が首に手を回してくる。
「ゆ、雪奈……⁉」
「キスだけじゃ、綾ちゃんには勝てません。だから、もうこうするしかないんです」
「ま、まさか……」
雪奈は頷き、俺の首へ回していた腕を片方だけ外した。
自らの胸元へと手を持っていき、りぼんを外す。
次いで、ブラウスのボタンを上から外していきながら俺を見つめて……言った。
「兄さん……私が一番だって証明してください」
雪奈の目から、涙が零れ落ちる。
震える彼女は、真剣だった。
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