第15話 誰よりも妹を大事にしてくれる親友(ドM)


 放課後、雪奈を待っていた俺は桃華に呼び出され、人のいない校舎裏へと連れていかれた。


 校舎裏には、数年前まであった園芸部が使っていた畑があった。

 園芸部が廃部したことで今は誰も手入れしておらず、畑もジャングルと化している。

 近くにはベンチも置かれていたが、こちらも整備されていないので穴が空いてしまっていた。


 普段から人が来ないことで密かな名所となっている。

 内緒の話をするにはうってつけの場所なのだけど……。


「こんなところに呼び出してどうしたんだよ。あ、告白ならごめんな。俺には雪奈がいるから」

「そ、そーじゃねえっすよ! 何勘違いしてんすか⁉」

「分かってるよ。雪奈のことだろ」

「分かってるならからかわないでくださいっす~!」


 桃華は顔を真っ赤にしながら叫んだ。


「何なんすか、今朝からいきなり付き合ってるとか言っちゃって! 雪ぽよと付き合うのはウチだったはずなのに~!」

「いや、それもないけど……」

「先輩のせいで、雪ぽよ大変だったんすからね! 教室にいるだけで質問責めにされてたし、そのせいでウチとおしゃべり出来る時間もいつもよりも五分十二秒短かったんすから!」

「最後お前の私情が入ってるだろ! てか十分話してるじゃねえか!」

「それだけじゃないんすからね! この間、告白失敗した男子が発狂して雪ぽよを問い詰めようとしてたんすから!」

「ま、まさか、雪奈の身に何かあったんじゃ……⁉」

「ああ、それは大丈夫っす。雪ぽよ、その男子に『盛ったサルよりも誠実な兄さんと付き合いたいと思うのは当然じゃないですか』って言っちゃってましたから。あの時、教室中で笑いが起きて、その男子も顔真っ赤で教室から出ていったっすよ~! あははっ」

「何か……俺の妹がごめん……」


 クールモードの雪奈は言葉が鋭いんだよな。

 それでも付き合いたいとか思っている男子がいるから不思議だ。

 男はみんなMなのか?


「とにかく、悪ふざけならやめてほしいっす! ウチの雪ぽよを穢さないでくださいいっすぅ~」


 桃華は俺の胸を軽く握った拳でぽかぽかと叩いてきた。

 「うぅ~……」と、呻きながら涙目で俺を見上げる。


 俺と雪奈は以前から付き合っていたけれど、それを公表することで大変な事態になるのは読めていた。


 雪奈のためだとはいえ、桃華にまでこんな思いをさせる必要はあるだろうか?

 友達だというのなら、桃華にだけは事情を話してもいい気がする。


「……分かったよ。こうなった事情を話す」


 俺は小さくため息を溢してから、事情を話した。


「……ふぅん。つまり、付き合ってるのはフェイクだってことっすか」


 俺は頷いた。

 付き合っていること自体は本当だ。

 けれど、桃華のためにも伏せておく。


 桃華は怪訝そうな目で俺を睨んでいたが、やがて深くため息を溢した。


「はぁ~…………まあ、先輩が雪ぽよと釣り合うわけないっすよね」

「一言余計だ」

「ま、雪ぽよを守るためならウチも協力するっすよ。ただし、ウチの前でイチャつかないでくださいっす! もし、ウチの前で雪ぽよとイチャイチャしたら……マジ泣きするっすよ⁉」

「すでに泣きそうだからすげぇ信ぴょう性あるな~!」

「な、泣いてなんかないっすよ!」


 顔を逸らして、目元を拭う仕草をする桃華。

 この時点で信ぴょう性しかないことに気づかないのか?


 呆れた顔で、「まあ、泣き止めよ」と彼女の頭を撫でていた時、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。


 雪奈だ。


「兄さん、私という彼女がいながら他の子と仲良くするとはどういう了見ですか。死にたいんですか」

「極端すぎるだろ」


 雪奈は近づいてくるなり俺の腕を抱きしめ、身体を押し付けてきた。

 むっとした表情でこちらを睨み上げてくる。


「うっ……雪ぽよと先輩がイチャイチャしてるっす……ぐすっ……」

「マジ泣きするから離れようか、雪奈!」

「泣かせておけばいいんですよ」

「それでも友達かお前ら⁉」


 さすがにこんな物言いされたら、桃華も傷つくんじゃ……。

 チラリ、と桃華へと視線を移す。


「はぁ、はぁ……雪ぽよに、ゴミを見るような目で……うぅんっ!」

「お前はそれでいいのか……!」


 桃華は頬を染めて身体をくねらせていた。


「そんなことより、こんなところで何の話ですか? まさか、彼女を仲間外れになんてしませんよね?」

「あ、ああ……俺たちの事情を桃華にも話したんだよ」


 雪奈は瞼をぴくりと僅かに動かした。

 そして、ぎゅぅと俺の腕を抱く力を強めた。


「へぇ~……兄さんは、そんなに私と恋人だと周りに想われるのが嫌なんですか? へぇ~???」


 何故か不機嫌になってしまった。


「そんなつもりじゃないって。ただ、協力者は多いほうが良いだろ?」

「私を変な男から遠ざける協力者、ですか? けど、家族でもないのに巻き込むわけには……」

「う、ウチだって雪ぽよにもっと頼ってほしいっすよ!」

「桃華……」

「確かに、ウチは雪ぽよに罵倒されたり冷たい目で見られるのは好きっすけど……でも、先輩と同じくらい雪ぽよのことを心配してるんすからね!」


 桃華は雪奈の手を握って、顔を近づけながら言った。


「ウチら友達じゃないっすか! だから、もっと頼ってほしいっすよ~!」

「……分かりましたよ。桃華は私の友達ですもんね」


 雪奈は微笑を浮かべながら答えた。


 ギャルな見た目の桃華とクールな雪奈。

 見た目もその性格も正反対だけど、二人はいい友達関係なのだろう。

 兄としても安心だ。


「……すみません、桃華。さっきは冷たいことを言って」

「気にしないっすよ! むしろ、もっと罵倒してほしいくらいっすから!」

「それは気持ち悪い」

「えへへ~!」


 本当に、いい友達……なんだよな?


 若干の不安は残るが、桃華もいるなら雪奈に変な虫がつくことはないだろう。

 そう思い、帰ろうと踵を返した時だった。


「ここにいたのか!」


 この間、雪奈に無理やり告白しようとしていた男子がいた。


 雪奈と桃華が、明らかにむすっとする。

 俺は二人を背中に庇うようにして立った。


「んだよ、退けよテメェ!」

「まあまあ、落ち着こう。雪奈にフラれたからって、あまりしつこいと嫌われるのも当然だぞ」

「テメェに何が分かる!」

「お兄ちゃんだから雪奈のすべてが分かるぞ」

「煽ってんのかてめぇ⁉」


 そんな……!

 俺は本当のことを言っただけなのに!


「てか、テメェだろ! 雪奈ちゃんの彼氏だって言ってたのは!」

「ああ、そうだ! 俺は雪奈のお兄ちゃんで彼氏だ」

「おかしいだろ! 兄妹で付き合うなんて普通じゃねえ!」


 男子生徒の叫びに、背後から雪奈が反論した。


「別に、私が誰と付き合おうともあなたには関係ないじゃないですか。あなたが何を言ったとしても、私が兄さんのことが好きな気持ちは変わらないですよ」

「ぐっ……こんなこと、絶対に間違ってる!」


 キッ、と鋭い目が俺を睨みつけた。


「どうせ、男を寄せないための嘘に決まってる! 俺はそのくらいで諦めないからな⁉」

「……そんなんだから、雪奈は渡さないって言ってるんだよ」


 男子生徒がピクリと眉を震えさせた。


「雪奈は俺の大事な妹だ。雪奈の気持ちを第一に考えて大事にできる奴ならともかく、自分のことしか見えてないお前には絶対に渡さない」

「お、俺は雪奈ちゃんのために言ってるんだ! 兄妹で付き合うのはダメだって……」

「恋人になったのは雪奈の意思だ。それを否定してる時点で、お前は自分のことしか考えてないんだよ」

「ぐっ……だ、だったら、証明してみろよ!」


 吠えるように言葉を放ち、指を突きつけてくる。


「お前らが恋人だって、今ここで見せられるなら信じてやるよ!」


 その言葉に、俺は一瞬だけ固まってしまう。

 証明をするなら、雪奈とキスをするのが一番だろうか。

 でも、この場には桃華もいる。

 偽装彼氏自体が嘘だとバレてしまいかねない……。


「……いいですよ」


 そう懸念する俺をよそに、雪奈は淡々と答えた。


「雪奈⁉」

「どの道、諦めてくれませんよこの男」


 呆れたように言いながら、雪奈は俺の前に回り込んできた。

 両腕を持ち上げると、俺の首を抱きしめて身体を寄せてくる。


「兄さんは、私を守ってくれるんですよね?」

「……ああ、そうだったな」


 ここまで来たら、覚悟を決めるしかない。

 兄妹だからと、俺たちは付き合っていることを明かしてこなかった。

 でも、この行動が雪奈を守ることに繋がるのなら、ためらっている暇はない。


 俺も雪奈の背中に腕を回した。

 少し屈みこみ、雪奈と顔を寄せ合い。


 ――俺たちは唇を交わした。


「「ッ⁉」」


 桃華と男子生徒が息を呑むのが伝わる。

 数秒もの接吻を置いて顔を放すと、さっきまで威勢の良かった男子生徒が顔を青くしていた。


「ま……マジでやりやがった……」

「これで、俺たちが恋人同士だって分かっただろ? なら……」

「もういい……マジでキモいぞ、お前ら……」


 男子生徒は消沈しながら、踵を返した。


「耐性がなかったのかな? ま、これで諦めてくれるならそれでいっか」

「……翔馬?」

「え……」


 ふと、雪奈が呟いた一言に目を見開いた。

 俺を抱きしめる妹に、視線を下ろす。


 こちらを見上げる雪奈は、笑っていた。

 その笑顔は、まるで二年前に死んだ幼馴染みのようで――。


「また会ったね、翔馬」

「あや……ね……?」


 笑顔で頷く雪奈――いや。

 綾音の姿に、俺はただただ言葉を失うのだった。

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