第14話 偽装する本物の恋人

「おい、見ろよあれ……」

「え……⁉」


 翌週、学校へ行くなり俺たちは注目を集めることとなった。

 それもそのはず。

 俺の隣では、雪奈が腕にしがみ付くようにぎゅっと抱きしめているのだから。


「めっちゃ目立つんだけど……」

「気にしなければいないも同然です。無視していればいいんですよ」


 雪奈は俺を見上げて言った。

 彼女の視界には、こちらへと注目を集める生徒は入っていないらしい。


 雪奈がこうなってしまったのも、全ては水族館デートがきっかけだ。

 俺は結局、雪奈を守るために学校でもイチャイチャすることにしたのだが……。


「ほら、みんなが見てますよ。これで、私に告白してくる無謀な人はいませんよね」

「どっちかというと、俺が刺されそうなんだけど……」


 周りから向けられる視線のほとんどは殺意だ。

 さっきから鳥肌が止まらないんだけど。


 今日は学校に着いても、雪奈のことで問いただされそうだ。

 一抹の不安を抱えていたその時、後ろから「ドサッ」と重たいものが落ちる音がした。


「桃華……?」


 地面に落とした鞄に一瞥もくれないまま、桃華は顔を青くしていた。


「そんな……ウチの……ウチの雪ぽよが……穢されたっす⁉」

「い、いや、落ち着け! これはだな……」

「ぐすっ……先輩の、どあほぉおおおお‼」


 桃華は泣きながら鞄を手に取ると、そのままの勢いで走り出した。


「あー……あれは後でフォロー入れなきゃな……」

「任せてください。桃華に完璧なフォローをしてみせますから」

「ちょっと不安なんだけど……何を言うつもりだ?」

「それはもちろん、私たちが恋のABCのCまでやった関係だと……」

「不純異性交遊じゃねえか!」


 しかも、兄妹でヤるとか不純度が増してる。


 その後も、俺たちは周りの生徒に睨まれながら登校した。

 無事に学校へ着いたのち、階段前でそれぞれの教室に行くために分かれることになった。


「それじゃ、授業頑張れよ」

「うぅ……本当に離れちゃうんですかぁ……?」


 雪奈は正面から俺の胸に身体を寄せてきた。

 真下から、涙目で俺を見上げる。


「おい……アイツ、雪奈ちゃんを泣かしたぞ……」

「雪奈さんのあんな顔、始めてみた……」

「コロす……」

「始末しなければ……」

「完全犯罪で検索……」


 怖い怖い怖い……!


「頼むから泣かないでくれよ、な⁉」

「兄さんが、ぎゅってしてくれたら辞めますよ」


 雪奈が両手を伸ばしてくる。

 甘える仕草に心臓がギュッと締め付けられるのを感じながら、その小躯に腕を回した。


 抱きしめると、雪奈が「んっ……」と甘い吐息を溢す。


「……ふふっ。兄さんって、やっぱり優しいですね。なんだかんだ言って、私を甘やかしてくれますし」

「そりゃあ、大事な妹だからな」

「なら、ここで“また”キスしてくださいって言ったらしてくれます?」


 囁くような雪奈の声に、周囲を取り囲んでいた生徒らがザワつき始めた。


「こんな大衆の前でできるか‼」

「じゃあ、帰ってからいっぱいしましょうね?」


 さらに付け加えられた一言で、その場に崩れ落ちて悶絶する生徒が多数現れた。


 雪奈はそんな周りの様子を気にする素振りもなく、身体を放すと踵を返した。

 階段を上り、自分の教室へと向かっていく。


 その姿が見えなくなったところで、俺も教室へ向かおうとする。

 だが、俺の周りには生徒たちが集まっていて……。


「二人はどういう関係なんですか⁉」

「雪奈ちゃんとあんなにイチャイチャしやがって……!」

「誰か、縄とスコップを用意してくれ!」


 最後のやつ、さっきから殺意高すぎだろ!


「ま、待てよ。一旦落ち着いて……」

「落ち着いてられるか!」

「雪奈ちゃんの可愛さは学校一なんだぞ!」

「そんなに仲睦まじげにするなんて!」

「処すべし!」


 そうだよな、やっぱり俺と雪奈は釣り合わないよな。

 分かっていることだけど、雪奈に変な虫がつかないようにするためには嘘を貫き通すしかない。


「ゆ、雪奈は本当はブラコンなんだよ。今までは黙ってたみたいだけど、家ではいつもあんな感じでさ……」

「「「下手な嘘吐くな!」」」


 速攻で嘘判定されてる⁉

 だったら、どうすれば信じてもらえるんだ!


「まあまあ、みんな落ち着けよ! 翔馬の話は本当だからさ」


 頭を抱えていると、俺を取り囲む生徒の後ろから誰かがやってきた。

 人の波を縫って、俺の前に現れる逆立った金髪のヤンキー。

 その人物は誰か。


 ――そう、小林である。


「俺、この間二人がデートしてたところ見ちゃったんだよね~。今朝みたいに仲睦まじげでさ、もう二人の間に入る隙がねぇっていうか……ぐすっ……うぉお……よかったなぁ、翔馬。あんな可愛い彼女が出来て……」


 何て言って、小林は俺の肩を叩いてきた。


「妹ちゃんのこと、幸せにしろよ」

「あ、ああ……もちろんだよ……」


 俺は引きつった笑みでそう答えるのがやっとだった。


 その後、学校にいる間、何度も質問攻めに遭った。

 中には文句を言ってくる連中もいたけれど、小林やクラスの連中が助けてくれた。


 ただ、俺の前にやってくる人数が多いほど、雪奈の人気ぶりを突きつけられているような気がしてくる。


 やっぱり、俺と雪奈は釣り合ってないのだろう。

 そもそも、付き合い始めた理由だって、お互いに好きだからっていう理由じゃない。


 雪奈は綾音の代わりだ。

 そして、雪奈は優しいから、こんな俺を支えるために彼女になってくれた。


 今ではお互いに好き同士なのかもしれないが、付き合った当時はそんな感情すらなかったと思う。


 そう考えると、俺が雪奈の人生を狂わせている気がして、少しだけ気が重くなってしまった。


 憂鬱な気持ちを抱えながら午前の授業を終える。

 教科書やノートを片付けて、鞄から弁当箱を取り出そうとした時、雪奈が教室にやって来た。


「兄さん、今日は一緒に食べてくれるんですよね?」


 手に持った弁当箱を掲げて見せながら、雪奈は甘えるように言った。

 教室の隅で「ぐはっ」と吐血する音が聞こえた気がした。


「ああ。それじゃあ、人のいないところに……」

「ここでいいじゃないですか」


 雪奈は平然と言うと、教室へ入って来た。

 兄妹とは言え、上級生の教室に入ってくるのは勇気がいるはずだ。

 しかし、今の雪奈の目には俺しか映っていない様子。


「なら、誰かの席を借りるか……」


 ちょうど、隣の席が空いていたので借りようとしたが……。


「私の席なら、ちゃんとありますよ」


 雪奈は俺の膝の上に乗って来た。


「「「ッッッ⁉」」」


 教室中の生徒が、こちらに注目して息を呑むのが伝わった。

 雪奈はそんな視線も気にせず、身体を密着させて首筋に鼻を擦りつけてきた。


「ち、近いって……」

「いいじゃないですか。家では、一緒に寝てるんですから」


 ガタッ! と、誰かの椅子が倒れた。

 だが、雪奈はやはり周囲に興味を示さない。


 弁当箱を開くと、箸で卵焼きを取った。

 俺の膝の上で横向きに座った彼女は、箸をこちらに差し出してくる。


「はい、あーんっ」

「あ、あーん……」


 周囲からの刺すような視線を感じながらも、雪奈が差し出してくれた卵焼きを口に運んだ。


「美味しいですか?」

「……美味しいよ」


 卵焼き自身は俺が作ったものだ。

 けれど、雪奈にあーんしてもらうといつもよりも甘く感じるのだった。


「それじゃあ、次は私にあーんしてください」

「え⁉」

「私がしてあげたのに、嫌なんですか?」


 雪奈がむすっと頬を膨らませる。


 嫌じゃない。

 嫌ではないのだが……周りからの視線が痛いんだよ。


 だが、雪奈は既にその小さな口を開いていた。

 ヒナが親鳥からエサをもらうのを待つみたいに。


 仕方ないので、俺は雪奈の弁当箱を開いて、中から冷凍のハンバーグを取った。

 箸で掴んで雪奈の口へ運ぶ。


「……ホントだ」

「え?」

「兄さんに食べさせてもらうと、すごくおいしく感じますね……♡」


 その瞬間、教室中のクラスメイトが胸を押さえながら床に伏した。


「え⁉ ど、どうしたんだよみんな⁉」

「兄さん、こっち向いてぇ」


 クラスを見回そうとしたが、雪奈に顔を掴まれてしまった。


「他の人たちなんて無視して、私だけ見ていてくださいよ。だって、私たちは恋人なんですから」


 雪奈は甘えるように言って、小さな口を開いた。

 満足してもらわないと放してもらえないと理解し、俺は彼女の口に料理を運ぶ作業に徹することになるのだった。


***


 疲れながらも一日の授業が終わった。


 雪奈に「帰りも一緒ですからね!」と言われてしまったので、俺は昇降口で彼女を待つことにした。


 たった一日で俺は有名人になったらしく、下校する生徒にやたらと見られてしまった。

 居心地の悪さを感じながら待つこと二十分、ようやく誰かが近づいてくる気配を感じた。


 振り返れば、そこにいたのは金髪の少女。


「先輩、ちょっと話があるっす!」


 桃華の姿だった。


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