第13話 ブラコン妹と水族館デート


 翌日、俺は約束通り雪奈とデートすることになった。


 家から一緒に出ようと思ったのだけど、雪奈に「それじゃあ恋人っぽくないです」と怒られてしまった。


 そういうわけで、俺は今、一人で駅前に立っている。

 駅前にはヒゲを生やしたおじさんの銅像が建てられており、この辺りに住んでいる人たちはみんなそれを待ち合わせの目印にしていた。

 そのため、俺と同じように銅像前に立っている人もたくさんいる。


「あれぇ? 翔馬じゃん! こんなとこで何してんの?」


 ふと聞こえてきた声に、スマホを見ていた顔を上げる。

 目の前に立っていたのは雪奈……ではなく、同じクラスのヤンキー、小林小太郎だった。


 逆立った金髪を撫でている彼の後ろには、似たような雰囲気を纏った陽キャたちの姿もある。小林の友達だろう。


「誰、そいつ?」

「俺のクラスの翔馬だ! 色々と助けてもらってるんだぜ~」


 何て言いながら、小林は肩を組んで大きく揺さぶって来た。

 近い近い。

 肩を組む力も強くて、ちょっと痛い。


 これが陽キャの距離感なのだろう。

 俺が甘んじて受け入れていると、人混みに紛れて雪奈が歩いてきているのが見えた。


「お待たせしました、兄さ……っ!」


 雪奈は俺の周りにいるパリピを見て、驚いたように目を見開いた。

 それは、小林も同じだった。


「まさか兄妹で出かけるのか? 仲いいと思ってたけど、休日まで一緒とか羨ましすぎるぞ!」

「あ、ああ、まあね……」


 苦笑いで答えると、雪奈が小林の反対側から俺の腕を引っ張って来た。

 肩に置かれた小林の腕から逃れ、雪奈の方へと身体が傾ぐ。

 そのまま、腕を雪奈に抱きしめられた。


「……私、これから兄さんとデートなので行きますね?」


 その瞬間、小林たちの表情が凍り付いた。


「で、デート⁉ 兄妹なのに、まさかそんな関係だったのか⁉」

「違うよ! 一緒に出掛けるだけで、デートってわけじゃ……」

「兄さん」


 否定しようとした俺の言葉に被せて、雪奈が感情のこもっていない声を放った。


「昨日の約束、忘れたんですか? 昨日、寝る前にイチャイチャできなかったから、その埋め合わせをするためにデートするって言ったのに」

「お前らどこまで進んでんだ⁉」

「ご、誤解だぁああ!」


 誤解じゃないけど!

 何とかして誤魔化そうと考えを練っていると、隣から雪奈が腕を引っ張って来た。


「ほら、早く行きましょう兄さん。デートの時間が無くなっちゃいます」

「あっ、ちょ……」


 雪奈にぐいぐい引っ張られ、驚いて固まる小林らの下から離れていった。

 しばらく歩いて、小林たちの姿が完全に見えなくなってきたころでそっとため息を溢す。


「さっきのは絶対誤解されるだろ……」

「……だって、デートするのは私なのに、兄さんが他の人と仲良くするんですもん……」

「まさか、嫉妬してたのか?」

「……したら悪いんですか?」


 ぶすぅ、と俺を睨み上げる雪奈。


「今日はデートなんですよ? だから、私だけを見ていてください」

「お、おう……」


 返事すると、雪奈は安心したように目を細めた。


 その後も少し歩き、海岸沿いに建てられた水族館へと到着した。

 外に設置された券売機で入場券を買うと、入口へ向かう。

 入口の両サイドに立っていたもぎりのスタッフにチケットを手渡して入場すると、雪奈は再び俺の腕に抱きついてきた。


「そんなにくっついたら歩きにくいよ」

「私とくっつけるんだからいいじゃないですか。それに、こんな薄暗い中、腕を絡ませていると……興奮しません? でへへ……」

「よだれ垂らしながら言うなっ」

「冗談ですよ。それよりもほら、見てください!」


 雪奈が俺の腕を引いて、早足になって歩きだす。

 彼女に連れられながら向かったのは、入り口の正面奥に設置された巨大水槽だ。


 水槽に満たされた青い世界で、魚たちが優雅に泳いでいた。

 二年前に来てから一度もここへは足を運ばなかったが、目の前に移る幻想的な光景には思わずため息が漏れる。


 そして、隣を振り返れば目の前に移る光景に見惚れている雪奈が目に映った。

 目を輝かせ、一心に魚を見つめている姿はまるで子供みたいだ。


「雪奈はこういうところ、好きだよな」

「はい。でも、兄さんとならどこに行っても楽しいと思います」


 雪奈は恥ずかしげもなく言った。


「雪奈、なんだか……」

「どうしました?」


 言いかけた俺の前で、雪奈は小首を傾げる。

 俺は言葉を呑み込んで、首を振った。


「いや、やっぱり何でもない」

「ふぅん。あっ、向こうの方にクラゲもいますよ~」


 雪奈は少しテンションを上げながら、俺の腕を引っ張った。

 彼女と魚を見ながら、微かな違和感に気づいていた。


 今日の雪奈は、いつもよりも素直だ。

 まるで、俺へ執着する綾音の気持ちが雪奈にも乗り移ったみたいに。


 そういえば、雪奈自身も言っていた。

 俺のことを日に日に好きになっていっているって。


 綾音が転生したことで、雪奈にも変化があったということか?


「――兄さん、聞いてます?」

「っ……ああ、ごめん」


 雪奈は俺を睨み上げ、むすっと頬を膨らませた。


 そうだ。

 こういう表情も、雪奈はあまりしなかった。

 さっき、小林と話していた時にしていた嫉妬だって、雪奈らしくない。


 今のお前は、誰なんだ?


 疑問が膨らんでいた、その時。


「あれ~? 真白さんじゃ~ん」


 その声に振り返れば、二人の女子生徒が近づいてきていることに気づいた。


「ええと……」

「あっ! あたしら真白さんの同級生でぇ~」

「この人……確か、昨日ストーカーしてた人じゃない?」


 おい、誰だ俺が雪奈のストーカーだって言ったやつ!

 桃華しかいないな!


「誤解だよ。俺は、雪奈のストーカーじゃなくて、兄貴だから」

「うそぉ!」

「全然似てないんだけど!」


 二人はあはは、と笑った。

 鼓膜を突くような笑い声を聞いて、雪奈が俺の腕をきゅっと抱いてくる。

 目の前の女子を見据える目が、威圧するように鋭くなっていた。


「てか、お兄さんとデートとか仲良すぎじゃない? 今まで、男に告白されても断ってるの、ブラコンだからだったりして」

「あーあ。学校でもそうしてくれたら、あたしらだって狙ってた男子をあんたに奪われなくて済んだのに。もしかして、皆にモテて気分がいいとか?」

「あはっ。普段、表情変わらないくせに、考えることヤバすぎだってぇ」


 雪奈はそんなことを考えているはずがない。

 ただ、他人に興味がないだけだ。


 そんなことも分からない連中と関わっていても時間の無駄だ。

 俺は雪奈へ振り返り、二人を無視して先へ進もうと言おうとした。


「……私、ブラコンですよ」


 だが、雪奈は冷たく声を響かせた。

 静かに凪いだ言葉の中に、怒りの感情を孕ませながら。


「兄さんが好きで何が悪いんですか? それで、あなたが片思いしていた男子にフラれたなら、それはあなた自身に魅力がなかっただけですよ」

「なっ……!」


 雪奈の反論に、片方の女子が顔をひきつらせた。


 俺も雪奈に同意だ。

 勝手に人を妬んで悪態を吐いてくる人間が、いい人とは思えないしな。

 それで「自分の恋が成就できないのはお前のせいだ」と言っても、惨めに見えるだけだ。


 しかし、彼女らが欲しているのは『事実』じゃない。

 自分の苛立ちを吐きだすはけ口を探しているだけだ。

 正論は通用しない。


「だったら、クラスの連中に色目なんて使ってんじゃねえよ!」

「私は兄さんにだけ「可愛い」と思ってもらえたらそれでいいんです。その他大勢の人たちに好かれようと思ったことはありません。あなたの勘違いですよ」

「勘違いだって言うなら証拠見せろよ!」


 雪奈に指を突きつけて、彼女は言った。


「どうせ、あたしらの言っていることが事実だから、誤魔化そうとしてるだけでしょ! 証明できないなら、学校であんたのことを――」

「分かりました」


 雪奈は淡々と答えた。

 そして、抱いていた俺の腕を放し、正面へ回り込んでくる。


 ふわり、と白い髪が舞った。


 そう感じた時には、雪奈は俺に唇を重ねていた。


「――っ!」


 首の後ろに腕を回し、背伸びするようにして雪奈はキスしてくる。

 まるで、その場にいた二人へ見せつけるように。

 

 やがて、雪奈は顔を放した。

 瞑っていた目を開くと、瞬きを一つ打ち、もう一度抱きしめながらキスしてきた。


「に、二回も……」

「こいつ、マジでブラコンなのかよ……」


 女子二人が、俺たちの行為に引きながら声を震わせていた。


 雪奈は身体を放すと、自らの唇に手を添えた。

 白磁の頬を赤く染めて、潤んだ瞳で俺を見上げる。


「兄さん……私のこと、好きですよね……?」

「あ、ああ……もちろん、好きだよ」


 頷いて答えると、雪奈は満足げに微笑んだ。


「兄妹でそんなことするとか、マジありえねぇし……」

「引くわ……」


 俺たちの行為を見ていた女子二人は「もう行こ」と、逃げるように立ち去って行った。


 その背中を見送ると、雪奈は再び俺の腕を抱きしめてきた。


「ご、ごめんなさい……つい、あんなことをしてしまって……」

「いや、大丈夫。だけど、雪奈の方こそいいのか? あんなことしたら、次から学校で何言われるか分からないぞ」

「良いんです。むしろ、誰かに告白されるのは面倒だと思ってましたから」


 雪奈は首を振って、物憂げに言った。


「むしろ、このままのほうが良いです……」


 身体を寄せた雪奈は、こちらを見上げると「お願いがあります」と言い出した。


「ずっと前から考えていたことです。私は兄さんのことが好きなのに、周りの人たちからは何度も告白されてしまいます。さっきみたいに妬まれることも多くて、もううんざりしているんです」


 昨日、雪奈が男子に絡まれていた光景を思い出す。

 彼は何度も雪奈に告白していたみたいだが、雪奈にしてみれば告白してきた大勢の男子の中の一人でしかない。


 告白されればされるほど女子に妬まれ、断られる度に男子からも執着される。

 たとえ、雪奈が悪いわけじゃなかったとしても、理不尽にも雪奈が責められてしまう。

 

「こんな日常を変えるためにも、兄さんに協力してもらいたいんです」

「協力……って、まさか……」


 雪奈は一つ頷いてから、その策を話した。


「学校で、私とイチャついてください」


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