第38話.恋敵の正体

 


 厩舎にやって来たローラを、団員たちが温かく迎え入れる。

 さっそくジークの腕に、大きな胸を押しつけるようにして抱きつくローラを、セシリーは怨念のこもった目で睨む。


 そうだった、とセシリーは自身の迂闊さを呪っていた。

 めまぐるしい展開の最中、存在ごと忘れかけていたが……。


(まだこの女の処理が残ってたじゃない!)


 セシリーは殺気立っていた。

 なぜならば、ジークが惚れ薬を飲んでいないと分かった以上、彼がセシリーのことを好いてくれているのは明らか。

 ここでローラを仕留めれば、すべては丸く収まる。あとはジークとイチャイチャハッピーロードに進むだけだ。もう二人を阻むものなど、何もなくなるのだ……。


 急に全身から凄まじい殺気を迸らせるセシリーを、アルフォンスは戦々恐々として遠くから見ている。


「……あ。そうだった、セシリーちゃんってまだ何か勘違いしてるの?」

「勘違い、ですか?」

「ローラのことだよ」


 勘違いも何も、恋敵だと知っていれば十分なのだが。


「ジーク、たぶんセシリーちゃんいろいろ誤解してるよ。ローラのこと、ちゃんと教えてあげたほうがいいんじゃない?」


 先ほどまで惚れ薬の件を追及していたアルフォンスだが、セシリーがそれを飲ませていないと判明したからか態度がいくぶんか柔らかくなっている。

 思いがけないことを言われたという風に目をしばたたかせたジークだが、大きく頷くと朗らかに紹介してくれる。


「そうだった。セシリー、ちゃんと紹介できてなかったな。ローラは俺の幼なじみで」


(幼なじみで……)


「男友達だ」


(男友達……)


 セシリーは腕組みをして考える。


「男友達……?」


 それっていったいなんだったかしら、と目を向ける先に、ジークにまとわりつくローラの姿がある。


 背中に垂らされたクリーム色の髪に、艶やかな紫の瞳。

 彫りが深い顔立ちに、グラマラスな体型の美女。ジークには及ばないものの、アルフォンスやシリルたちよりずっと身長も高い。


 セシリーは衝撃で硬直してしまう。


「……い、男?」

「そうだぞ。胸は胸筋と詰め物だし。髪を結っていないのは逞しい背中を隠すためだ」

「やだぁ、もう。なんで言っちゃうのよぉ」


 べしべし、とローラがジークの背中を叩く。

 見た目よりも威力が強いのか、ジークが顔を引きつらせている。痛い、痛い、と小声で言っている。


「え? セシリー、知らなかったの?」


 今さら何を言っているのだ、という顔をしているシャルロッテ。


 よくよく周りを見渡すと、驚いているのはセシリーだけだ。

 どうやら団員たちは全員最初から知っていたのだ。グレタだけは「え~、美人さんね! わたくしには負けるけど」と対抗意識を燃やしているが……。


「で、でも、シャルロッテ様」


 セシリーの膝枕で眠るジークが、寝言でローラの名をこぼしたとき――。

 シャルロッテにローラについて聞いたところ、知り合いであると教えてくれたが、そのとき彼女は「ローラの下半身」という言い回しはしなかったはず。だからセシリーは、ローラが男などと考えもしなかった。


 するとシャルロッテは「当然じゃないの」と片手を振る。


「心が乙女な人を、わたしは下半身呼ばわりしないわ」

「もう。シャルロッテ殿下、好き!」


 むぎゅっとローラに抱きつかれても、シャルロッテは平然としている。

 いや、胸筋に挟まれて声もなく潰れていた。窒息しかけているようだ。慌ててアルフォンスが助け出そうとするが、そのほうが怯えるのでセシリーとグレタが協力して引っ張り出す。


「……って! そういう問題じゃないわ。男だろうと乙女だろうとなんだろうと、ジークを好きな人が居るならそれすなわち私の敵よ!」


 ぜえぜえと息を荒らげていたセシリーは我に返る。

 ローラが身体は男、心は乙女だと分かっても問題の本質は揺らいでいない。彼――ならぬ彼女がジークを愛しているのならば、セシリーが打倒すべき敵ではないか。


 しかしローラはアハハと明るく笑うと。


「いえ。別にアタシ、ジークのことを愛してるとかそういうのないから」

「……え!?」


 さらりと言ってのけるローラ。


「お嬢ちゃん。アタシはね、燃えるような恋がしたいの。幼なじみと恋をするなんて冒険と最も遠いじゃないの。あなたの反応がおもしろいから、ちょっとからかってただけよ」

「ローラさん……」


(紛らわしい!)


 紛らわしいが、ちょっと気持ちは分かる。

 セシリーも燃えるような恋、してみたい側である。


(今してるけどね!)


 ちらっと見上げると、ジークもセシリーのことを見ていた。

 二人は微笑み、どたばたとした騒動はすべて収束する――のかと思いきや、そんなことはなく。


 なぜかジークは、怒ったような顔をしてセシリーを見つめている。

 どうして、と狼狽えるセシリーの手首を取ると、ジークは憂いを帯びた息を吐いた。


「セシリー、覚悟はできてるか?」

「えっ? 覚悟って……」


 なんのことだか分からないセシリーの耳元に、ジークがひっそりと囁く。



「……これから、お仕置きの時間だぞ」



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