第19話.王女様の事情
「はぁああ……」
「ど、どうしたの? セシリー?」
食後のお茶の最中である。
ばかでかい溜め息を吐くセシリーに、スウェルがおろおろと心配そうに声をかける。
セシリーはランプス邸へとひとり戻ってきていた。
しかし数時間前には飛竜の口の中でハイしていた身である。
最初はシャルロッテの宮殿に一日泊めてはどうか、という話になっていたそうだが、あまりにも本人が元気だったため、問題なかろうと早々に帰されることとなった。
セシリーとしては、ジークが見送りしてくれる! と期待が膨らんでいたのだが……付き添ってくれたのはシャルロッテの侍女のひとりだった。
というのも聖空騎士団は出動機会こそ限られているものの、暇集団というわけではない。むしろ毎日の飛竜の世話、訓練と、めちゃくちゃ忙しい。
しかもジークは彼らを率いる立場なのだ。いつまでもセシリーにかかずらってはいられないのだろう。
(でもお預け期間が長ければ長いほど、次に会うときの楽しみも増していくってものよね……!)
セシリーはポジティブな少女であった。
だが毎日のように顔を出しては、ジークの迷惑になるだろう。
次に会いに行くのは二日後……いや、三日後くらいがいいかもしれない。良い感じにジークもじれじれしてくるはずだ。それ以上にセシリーがじれじれするに違いないのだが……。
そんなことを鼻歌交じりに考えるセシリーは、昨夜の自分が「惚れ薬を解毒する方法を見つける!」とか宣言していたことは忘れ去っていた。
「今日は、ジーク殿に会いに行ったんだってね」
「え? ええ、そうなの」
スウェルには、飛竜にパクリされたことは伝えていない。娘大好きなスウェルはきっと卒倒してしまうだろうと、セシリーは内緒にしようと思っていた。
必然的に、あまりジークの話題には触れないほうがいいだろう。気持ちが昂ぶったらぽろっと口にしてしまうかもしれないし。
目線を泳がせたセシリーは、ひとつ大きなエンカウントがあったことに思い至る。話題を逸らすには、彼女の存在はもってこいだ。
「そういえば、シャルロッテ王女に会ったわ」
「ああ、国の至宝と謳われる第五王女殿下だね。可愛い方だったろう」
「ええ! 超~~絶、美少女だったわ。まるで物語の世界から飛び出してきた妖精のようだった……」
宝石を砕いてちりばめたようなピンクブロンドの髪に、大きなエメラルドの瞳を思い出し、うっとりするセシリーである。
シャルロッテの名は有名だ。国王陛下たちや兄弟たちからあまりにも寵愛されてしまい、彼女用に大きな宮殿が建てられて、そこで暮らしている。
聖空騎士団という護衛の存在も、彼女が愛されている証拠である。歴代の国王たちは、聖空騎士団を自分自身か、あるいは王太子の護り手として重宝がっていたのに、今はそれをシャルロッテにすべて与えてしまっているのだから。
最強の護衛が健在な限り、万が一にもシャルロッテが刺客に暗殺されることはないだろう。
そもそも刺客すら、シャルロッテを見れば「守ってあげたい!」と庇護欲を発揮してしまう気がするが。
「でも、ジークとはあまり打ち解けてない様子だったわ。不思議よね」
「ああ、それは……王女殿下は、男性が苦手みたいだよ」
「え? そうなの?」
まさか、男のせいで何かいやな目に遭ったのだろうか。
眉をひそめるセシリーに、スウェルが声を潜めて教えてくれる。
「世に存在するすべての男は脳が下半身と直結したゲスとカスとゴミばかりだと、兄弟たちから口を酸っぱくして言い聞かせられたそうでね……そのせいで男性に強い不信感を持ち、宮殿からあまり外出することもなくなり、国王陛下や兄弟たちの下半身はひとつも近づけたくないと言って、いっそう高嶺の花になったそうだよ」
「結果的に全員嫌われてるじゃないの」
では過保護に愛されすぎたあまり、男性不信になってしまったのか。
そう考えると、ジークに対するシャルロッテの態度は、もはや少し柔らかかったのではないかと思えてくる。彼女なりにジークと言葉を続けようと努力している様子だった。
「なるほどね……また、シャルロッテ殿下に会えるかしら?」
「うんうん。お友だちになれたら素敵だよねぇ。セシリーは女の子だから、殿下も心を開いてくれたろう?」
「……うん。そうだった気がするわ!」
正しくは怯えられていた気もするが、セシリーは都合の悪い事実には蓋をした。
どちらにせよ、今日はイレギュラー尽くしだったわけで、シャルロッテに会いたいと思うなら謁見を申し込み長い順番待ちをするしかない。
今のセシリーにとって優先すべきはシャルロッテではなく、生まれて初めてできた恋人――婚約者である、ジークの存在なのだ。
「今度は薬草茶と、ハーブ入りのスープと、サンドウィッチでも持って騎士団に行こうかしら」
今日の様子を見るに、ジークは隊長として慕われているようだ。
しかし苦労も多いだろう。毎日の仕事で疲れているはずだ。そんな彼を労りたいと、セシリーは差し入れの内容を考えてみる。貴族令嬢としてはかなり珍しいが、セシリーは薬湯などをよく作るし、厨房にも出入りをしている。料理が上手なわけではないが、それなりのものは作れる。
そうと決まれば、さっそく準備せねばならない。
「差し入れのレシピを厳選しないと!」
紅茶を飲み終えたセシリーは、ぱたぱたと忙しなく食堂を出て行く。
そんな後ろ姿を見送って――。
「……セシリー、がんばってね!」
生き生きとしている一人娘を、ぐっと拳を握り込んで応援するスウェルであった。
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