第18話.メリハる溺愛

 


 短い赤髪。鋭利な刃物によく似た、褐色の瞳。

 寝室らしき部屋へと駆けつけたのはジークだった。


「ジーク!」


 セシリーはぱぁっと顔を輝かせた。

 ジークも一気に破顔する。が、彼の歩みは途中で止まっていた。


「無礼ですよ、ジーク殿」


 侍女が諫めると、ジークは顔を強張らせ、その場に片膝をつく。


「大変失礼いたしました。シャルロッテ殿下もいらっしゃったのですね」

「……別に、大丈夫だけれど」


 小さな返事がする。

 小柄なシャルロッテは気がつけば、侍女の後ろに隠れてしまっていた。ジークのほうを見ようともしない。


(あら?)


 なんというか、護衛対象とその騎士、という感じではない。

 明らかに怯えているシャルロッテに、ジークも慣れたようだ。シャルロッテに、というより、侍女に話しかけるようにして言葉を紡ぐ。


「ただいま、王城に説明と報告に行って参りました。突発的な事故で飛竜スノウが飛翔してしまったが、被害は柵が倒されたのと、団員一名が割れた眼鏡で軽い怪我を負っただけだと」


(あら?)


 セシリーは目をぱちくりとしてしまう。

 簡潔にまとめられた内容に、自分の名前がなかったからだ。飛竜の口に咥えられて一般人がスカイハイしたなんて、大事のはずなのに。


 しかし、ジークの伏せられた目を見て、はっとする。


(そうよね。もしも私が飛竜をちょっぴり手なずけたことがばれたら……)


 セシリーに流れる魔女の血のせいなのか、スノウは一時的にセシリーの言うことに従っていたようだった。

 それにしては、急に口に咥えて飛び立ったあたりは、完全に意志に反しているのでむしろ反逆だが……噛み殺しはしなかったのだから、セシリーに敵意はなかったのだろう。結果的にお空デートが楽しめたわけだから、セシリーとしては万々歳だし。


(このことが偉い人に知られちゃったら……!?)


 想像力が抜群に豊かなセシリーの想像は、悪い方向へと向かっていく。


 王宮にあるかもしれない闇の研究所とかで、ろくでもない人体実験とかをされたり、便利グッズとして聖空騎士団にぶち込まれるかもしれない。

 そんなのゼッタイお断りである。か弱い令嬢であるセシリーは血を見るだけでくらりとしてしまうのだから。


 そうか、とセシリーにもようやく分かった。

 セシリーをシャルロッテのところに連れてきたのも、それが理由なのだ。誰の目にもつかないようにセシリーを保護してもらい、庇うために。


(つまり、私のことを思って……!?)


 きゅんきゅんきゅーん、とセシリーの胸の鼓動が高鳴ってしまう。


(ジーク、好き!!)


 熱烈な視線に気がついたのか、ジークが少しだけ顔を上げる。

 その口元が、わずかに動く。セシリーはこの場で読唇術を習得し、その内容を読み取った。


(お、れ、も、す、き。…………きゃーーっっ!!)


 想い合う心は奇跡を起こす。セシリーは読唇術を、ジークは読心術を会得したようだ。もちろん、お互いにだけ使える特別な技である。

 きゃあきゃあ、と心の中で大騒ぎするセシリー。そんなとき、シャルロッテがもじもじと身動ぎした。


 ジークはセシリーから視線を外すと、シャルロッテに笑みを向ける。


「それで、シャルロッテ殿下。数日ぶりですが、お元気でしたか?」


 シャルロッテの華奢な身体が、過敏に思えるほどびくりと跳ねる。


「……ふ、ふつーに元気よ」

「ふつーに元気でしたか。それは良かった」


 ぎこちないやり取りをセシリーは見守る。


 お仕事を頑張っているジークは素敵だ。超素敵だ。

 だけどセシリーは身勝手な寂しさも覚えてしまう。


(何よ、ジークったら。なんだか私のことなんて、どうでも良さそうじゃない?)


 今の彼はシャルロッテの護衛騎士としての任務しか、考えていなさげで。

 他の可愛い女の子とお喋りに興ずるジークに、なんだかむかむかしてきてしまう。


 するとジークは、頬を膨らませるセシリーに向かって。


 ――ぱちん、とウィンクした。


「!!!」


 セシリーは彼のサインを、確かに受け取る。


(我慢よ、セシリー! 我慢、我慢……!!)



 ――これぞ秘技・溺愛の我慢!!



 イチャイチャカップルにとって一見難易度が高いように思えるが、その分クリアしたときの反動もまた大きい。


 そう、垂れ流されるだけの溺愛などに価値はない。

 業務的に繰り返される睦言やキスに、真新しさはあるか。否、ありはしないのだ。


 ようは、緩急――すなわち、メリハリのある溺愛こそ、二人の愛が続く秘訣なのだ。


(我慢を乗り越えた先の溺愛って、どんな味がするのかしら……!?)


 じゅるじゅるとセシリーの口内に涎が溜まる。


 しばらくその部屋は、メリハリを楽しむ二人と、もじもじする王女と、ぼんやりする侍女という、なんとも不思議な四人によって形成されていたのだった。



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