第17話.王女シャルロッテ

 


「――――だふっ!」



 セシリーは跳ね起きた。

 奇声を上げて飛び起きるのは、セシリーの数多い特徴のひとつだ。


 きょろきょろと見回せば、見覚えのない白い天井に、天蓋つきの豪華なベッド。

 ベッドに寝かされたセシリーは目を白黒とさせる。


「こ、ここは……!? ジークの部屋!?」


 セシリーは自分の希望を口にした。


「お目覚めですか」


 だが、やはり違ったらしい。

 知らない侍女が現れたかと思えば、杯に水を入れてくれる。


「どうぞ、お飲みください。毒など入っておりませんから」

「は、はぁ……どうも」


 何がなにやらよく分からないが、毒が入ってないなら良いかとセシリーは杯を口に傾ける。

 思っていた以上に喉が渇いていたようだ。冷たい水をあっという間に飲み干してしまう。


「もう一杯!」

「……どうぞ」


 最終的にセシリーは五杯飲んだ。

 二十代くらいの侍女は、そんなセシリーをじっと見つめている。


「だいぶ臭いは取れてきましたね。良かったです」

「臭い?」


 その言葉にふとセシリーは思い出した。

 飛竜の口に咥えられて空を駆けたこと。ジークと過ごした空でのひととき。


(なーんて。そんなことが現実にあるはずもないわよね)


 自分は確かに夢見がちなところがあるかもしれないが、まさか夢の中で飛竜に乗ってしまうなんて。

 セシリーは思い出し笑いをしながら、窓の外を見つめる。


「そういえば、スカイハイする夢を見た気がします」

「ええ。あなたはスカイハイしましたからね」

「……えっ。現実?」

「現実ですね」


 セシリーはしばし呆然としてしまった。


 というのも、いろんな意味でスカイハイしていたセシリーだが、地上に戻ってきた彼女は気を失っていた。

 飛竜の唾液でぐちゃぐちゃのセシリーを、そのままにしておくわけにもいかない。しかし騎士団の宿舎のシャワーを使わせるなんて真似をすれば、嫁入り前の令嬢であるセシリーに良からぬ噂が立ちかねない。


 そこでジークは苦肉の策として、を頼ることにしたのだが……目覚めたばかりのセシリーは、そんなこと知る由もない。


 ぽかん状態のセシリーにどこから説明したものか、と侍女が考えを巡らせていると。


「ね、ねぇ」


 天蓋の布の隙間から、ひょっこりと小さな頭が現われた。

 セシリーはそちらに目を奪われる。そこから覗いていたのは――、


「目、覚めたのね。……だいじょうぶ?」

「えー超かわいい!」


 セシリーは思ったことをいの一番に口に出してしまった。


 年齢は十一、二歳くらいだろうか。いや、もっと幼いかもしれない。

 ピンクブロンドのウェーブがかかった髪。

 ぱっちりと二重の瞳はエメラルドの色。白磁の肌に、色づく唇。


 そこにはまさに作り物めいた美貌を持つ幼げな美少女が、ちょこんと立っていたのだ。


「かわいいー! かわいいかわいい、お人形さんみたーい!」

「ひっ」


 元気を取り戻したセシリーはベッドを飛び出して、その美少女をぎゅっと抱きしめる。

 少女の身体はかちこちになっている。セシリーはかわいいを連呼しながらその頬に頬擦りをした。


「お肌すべすべ、髪つやつや、爪きれーい! すごっ、かわいいっ、かわいい~~!!」

「あ、あう……」


 褒め言葉を連呼されて、少女の頬が林檎のように赤く染まっていく。

 その様もとにかくかわいすぎて、セシリーはさらに調子に乗りかけたのだが。


「この方は、第五王女シャルロッテ様です」


 侍女の言葉に、ぴたり……とセシリーの動きが止まる。


(だ、第五王女って……)


 王女とは、すなわち、王女である。

 王族の血を引く、というか王様の血を引く貴い身分の人である。

 となるとセシリーの言動は不敬では済まない。一発アウトものだ。


 セシリーは敵意がないのを示すように、両手を上げると、すすす、と後ろに下がっていく。

 きょとんとするシャルロッテに、這いつくばるようにしてうなじを見せると。


「ど、どうしたの?」

「処刑方法は、斬首にてお願いできたら幸いです」


 骨折すら経験のないセシリーである。せめて痛みを感じる前に逝きたい。


「そ、そんなことしないわっ」


 シャルロッテが控えめに怒鳴る。怒鳴り声すらかわいいな、とセシリーは変なところにきゅんとした。


「シャルロッテ様は聖空騎士団長直々のお頼みで、婚約者であるあなた様を保護されたのですよ」

「えっ、そうなんですか。ありがとうございます!」


 侍女に教えてもらって、セシリーは笑顔でお礼を言う。

 絨毯の上に両膝をついたままのセシリーを、シャルロッテはやきもきするような顔で見ていたが、お礼の言葉を聞いてぷいと赤い顔を逸らすと。


「聖空騎士団は……わたしの翼だもの。そんなの当然よっ」


(わたしの翼?)


 不思議な言い回しだ。

 そういえば、とセシリーは思い出す。

 王国の領空を守る聖空騎士団だが、常日頃から出動しているわけではない。彼らは幼い姫を守る任務にも就いているのだ。王国の至宝と謳われる第五王女の護衛として――。



「セシリー!」



 そのときだった。

 セシリーを呼ぶ声と共に、部屋の扉がババンと開け放たれていた。




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