エピローグ
他の町や村が本国の貴族たちによって切り売りされてしまった為、リヒテンシュタイン王国においては城下町こそが、唯一と称しても過言ではない人里だ。街の規模はかなり大きくて、人口も日本の地方都市ほどはありそうだ。
そんな町から現在進行系で、人の流出が止めどない。
建国を宣言してからしばらく、町の活気はみるみるうちに失われていった。通りからは人気が引いて、そこに並んだ店々も次々に閉まっていく。まるで地方の過疎化を早送りで見ているようであった。
ただ、それも仕方がないことである。
もしも次に人が訪れることがあるなら、それは敵軍の兵である可能性が高い。そのような場所に安穏と住み続けるような者は少ないだろう。底に穴の空いてしまった水瓶のように、あれよあれよと町からは人が消えていった。
負け戦の現場に居合わせた現地住民は、敵国の奴隷になるのが一般的らしい。
そうして朽ち果てた町も決して少なくないのだとか。
「私は市政に向いていないのでしょうか……」
だからだろう、我らが女王様は思いつめた顔をしている。
元々は彼女の父親が利用していたという執務室。同所のデスクに腰掛けて、とても深刻そうな表情をしていた。ちなみにこれを眺める金髪ロリ美少女は、対面に設けられたソファーセットに腰掛けてお茶など啜っている。
茶葉や湯呑はザック氏が仕入れてくれた。
その性癖に目を瞑ったのなら、本当に優秀な商人殿である。
「こればかりは仕方がありません。当初から予想できたことです」
「ですが、このままだと国として成り立たなくなってしまいます」
「おっしゃる通りだと思います」
なので既に一つ、こちらの金髪ロリ美少女は手は打っております。
なんたって金髪ロリ美少女ですから。
その成果が近日中に届く段取りとなっている。おかげで数日前から、お屋敷には精霊殿の姿が見られない。彼女を使者として派遣することには些か不安を覚えたが、上手いことやってくれていると信じて、今は大人しく待っている。
「使徒殿、私はこの椅子に座って初めて、お父様の苦労を真に……」
女王様が何やら言い掛けた直後の出来事である。
執務室のドアが勢いよく開かれた。
バァンと鳴った大きな音のせいで、語りかけた少女の言葉は尻切れトンボ。代わりに響いたのは、ここ最近で聞き慣れた声色。廊下から飛び出すように現れた精霊殿の元気いっぱいな声である。
「うおーい、アイツらが着たぞっ!」
「お疲れ様です。ちょうどいいタイミングですね」
おかげさまで女王様の自分語りに付き合わずに済んだ。
チヤホヤせずに済んだ。
精霊殿、グッジョブである。
彼女みたいなタイプって、ナチュラルに自分語りしてくるから怖いんだよな。
「中庭にいるから、オマエらも早く来いよなっ!」
「分かりました」
伝えるだけ伝えて、精霊殿はピューと去っていった。
その姿を目の当たりとしては女王様も驚いた様子である。
「使徒殿、アイツらというのは一体……」
「女王様の懸念について、我々の考えた対策の一つをお見せします」
「えっ……た、対策など、行って下さっていたのですか?」
「お手数ですが、我々と一緒に来て下さいませんか?」
「は、はい! ありがとうございますっ!」
素直に頷いてみせた彼女を伴い、我々はお屋敷の中庭に向かった。
◇ ◆ ◇
リヒテンシュタイン元侯爵の屋敷の中庭はとても広い。
おかげでグリフォンのような大型の生き物であっても、余裕を持って着陸することができる。これといって窮屈な思いをすることもなく、次々と空から地上に降り立った彼らは、中庭にズラリと並んで我々を迎え入れた。
「っ……こんなところにグリフォンの群れがっ!」
女王様の身体が目に見えて強ばる。
彼女の言葉通り、お庭には数十匹からなるグリフォンの姿があった。北の森で出会った面々だ。大型トラック並の巨漢を誇る彼らが並ぶと、かなり迫力がある。出会った当初は食べられてしまうかもと、こちらの金髪ロリータも股を湿らせたものだ。
「教祖よ、森の精霊殿の言葉に従い、移住に興味がある者を連れてきた」
「ありがとうございます。皆さんのご協力に我らが神も喜んでおります」
グリフォンの背中には、他に生き物の姿が見受けられる。
それはたとえばエルフであったり、ミノタウロスであったり、なんだかよく分からない何かであったりと、想像していた以上に賑やかなものだ。幕の内弁当的に色々な種族が見受けられて、ちょっと不安になる。
ちなみに声を掛けてきたのはグリフォンの村の長である。奥さんをミノタウロスの村の長に寝取られてしまった個体だ。一際大きなグリフォンなので、彼だけはグリフォンの生態に疎い自分でも判断がつく。
「お、教祖じゃんっ!」
「俺らも来てやったぜ」
そうこうしていると、二体のミノタウロスが近づいてきた。
ドスドスと大きな足音が聞こえてくる。
この馴れ馴れしさは間違いない、信徒第一号の二体だ。
「貴方たちが来るとは思いませんでした」
「だってニンゲンの町に住めるんだろ?」
「テンションあがるよな」
「わかる。あんな小さな村で終わりたくないし」
「マジそれ。世の中を見て回るのって大切だよな」
思ったよりも意識が高いじゃないか。
しかし、こちらからお願いしたのは、比較的ニンゲンにサイズ感が近い生き物である。一方で彼らは身長が三メートルを越える。城下町の民家は当然として、お城であっても迎えることは難しい気がする。
「流石にミノタウロスを迎える家屋はありませんよ?」
「そこはほら、自分らで作るから」
「だから教祖さん、俺らもここに住んでいいっしょ?」
「飽きたら勝手に森へ帰るから」
「そうそう」
「……まあ、それなら構いませんが」
「よっしゃ。教祖と出会って、初めて良かったって思える」
「それ分かる。マジ俺も」
喜々として言葉を交わす二匹の様子を眺めては、無理に送り返すのも忍びない。勝手にやっていくというのであれば、それくらいは認めよう。幸い町は過疎りまくっている。敷地的には問題ない。
「し、使徒殿! これはどうなっているのでしょうかっ!?」
今にも泣き出しそうな顔で女王様が問うてきた。
膝がガクガクと震えている。
っていうか、若干漏らしていやしないか。
遠くからザック氏が女王様のこと、ガン見しているんだけど。
「領民が足りないとのことなので、他所から募集しておりました」
「ですが、あ、あれはグリフォンではないですかっ! それにそちらにはミノタウロス……いえ、あの姿は通常のミノタウロスではありません。グ、グ、グレートタウロスではありませんかっ!? それにあちらにいるのもアラクネの上位種のっ……」
「安心して下さい。人間を害することはないと約束をしております」
「え……」
「人間に対して興味がある、或いは敵対的でない個体を集めてもらいました。サイズ的にもミノタウロスやグリフォンが例外であるだけであって、他の者たちについては人と大差ないサイズですから、住まいにもそこまで困ることはありません」
「いえ、そ、そういう問題ではなくて……」
「ミノタウロスの作る座布団は絶品ですよ。女王様にも献上しますね」
「座布団……」
慌てふためく女王様を言葉巧みに宥める金髪ロリータ。
美しき金髪ロリータ。
そうこうしていると、ミノルたちが声を掛けてきた。
「教祖、そのニンゲンってなんなん?」
「教祖の知り合い?」
相変わらずコミュ力高いじゃないの。
見ず知らずの相手に対してもグイグイとくる。
やっぱりコイツら、自分の顔面偏差値に自信あるよ絶対。
「この国の代表です。くれぐれも失礼のないようにお願いしますね」
「なるほど、村長的な? よろしくっスっ!」
「どうぞ、お世話になりまッスっ!」
牛面がニコッと笑みを浮かべて女王様にご挨拶。口元の肉がムキッとめくれて歯が表に出てくるのめっちゃ気色悪いんだけど、どうにかならないものか。おかげで挨拶をされた女王様も顔色を悪くしている。
「……よ、よ、よろしく……お願い致します」
しかし、随分と集まったものだ。
十数名も集まれば御の字だと考えていたのだけれど、思ったよりも多い。三桁を越えて集まってくれたのではなかろうか。なかなか悪くない反応である。この調子なら今後の進め方にも色々と案が浮かぶ。
今回の一団を第一波として、向こうしばらくは募集を続ける予定だ。
流出した領民と比べたら、数の上では微々たるものである。
しかし、彼らは紛いなりにもモンスターをしているのだから、それなりの戦力になるのではなかろうか。もう少し数を揃えれば、失われたリヒテンシュタイン侯爵領の私兵の代わりくらいにはなるはずだ。
「教祖さ、言っておくけど、俺らもけっこう活躍したんだぜ?」
「そうそう、あっちこっちに声を掛けてな」
「でもなんか、よく分からないのもいるよな?」
「あ、それ俺も気になってた。マジあれなんなの?」
ミノルたちが不穏なことを言っているが、まあ、きっと大丈夫だろう。
◇ ◆ ◇
ミノルたちを迎え入れた日の夜、金髪ロリボディーから神様が出てきた。
以前の喧嘩騒ぎ以来だろうか。
お屋敷の自室でベッドに横になってしばらくした頃合い、うつらうつらし始めたあたりで、急にニュルッと出てきた。おかげで眠気も吹き飛んだ。今はベッドの縁に並び腰掛けてお話をしている。
「いきなりなんの用ですか? 出てきてくれる分には嬉しいですけど」
『オマエに頼みたいことがあってな』
「頼み事はもうお腹いっぱいッスよ、神様」
『エルダーグリフォンやハイエルフの信仰、更にはグレートタウロスたちの協力を得たことで、私も手応えのようなものを感じることができた。そこでこれからは、もう少しだけ具体的な頼みごとをしたいと思う。どうだ? 私の願いを聞いて欲しい』
「嫌ッスね」
『相変わらずだな……』
「せっかくこうして素敵な身体を手に入れたんだから、これからは存分にチヤホヤしてもらって、これまで頑張ってきた分の元を取らないと勿体無いでしょ。それくらい神様にも分かりません?」
『以前も伝えたが、オマエの身体は使徒を解雇されると元に戻るぞ?』
「……それを言われると辛いんですけど」
『そうだろう?』
「ま、まあ、神様と自分の仲ですから、多少ならいいっスよ」
せっかく手に入れた金髪ロリボディー、まさか失っては堪らない。まだ碌にチヤホヤしてもらっていないのだ。このタイミングで首にされたら、それこそ骨折り損のくたびれ儲けである。
『相変わらず分かりやすい男だな』
「それで具体的な頼みごとって何なんですかね?」
『マリグナと争った直後に伝えたように、我々はこの世界の生き物の信仰を巡り、お互いに争っている。このことは理解しているよな? オマエが生きてきた世界で言えば、あれやこれやの総選挙みたいなものだ』
「たしかにそんなこと言ってましたね」
最近、総選挙っていう単語が妙に安っぽく感じる。
あちこちで使われすぎた為だろうな。
『人や一部の亜人については、既にあの者の勢力圏に取り込まれて久しい。これから期日までに巻き返すことは難しいだろう。そこであの森の者たちを相手に、オマエに最初の頼み事をしてみた』
「…………」
『なかなか悪くない結果だ。今後とも是非よろしく頼みたい』
「……そ、そうっスか」
やばい、神様から褒められたの嬉しい。
他人から褒められるのって、極上のチヤホヤだと思うんだ。
思わず態度が柔らかくなってしまう。
『この世界には我々のような、神にも迫る力を持った者たちがいる。そうした者たちからの信仰を得ることができたのなら、私は戦況を巻き返すことは十分に可能だと考えている。多くの神たちは、そういった者たちに対して距離を取っているのだ』
「なるほど」
『オマエにはそうした者たちの下に出向き、私に対する信仰を取り付ける役を頼みたいと思う。これまでの働きを思えば、決して不可能ではないだろう。こうしてニンゲンの国を確保した手腕を、私は高く評価している』
「いやでも、それって丸投げし過ぎでしょ? ぶっちゃけ偶然ですから」
『考えてみろ、この世界でも指折りの実力者たちからお墨付きをもらって、有象無象の上でふんぞり返るのだ。さぞかし気分も良いことだろう。そうは思わないか? いずれはニンゲンたちの頂点に立つことも不可能ではないのだぞ?』
「…………」
そう言われると、悪くない気がする。
権力者から一目置かれて、その影響からチヤホヤされるの大好物。
絶対に気持ちいい。
『オセロは角をとった方が強いと言うではないか』
例え話が微妙に元の世界風なの、ちょっと萎えるけど。
「それって神様は手伝ってくれないんですか?」
『手伝うに決まっているだろう? そもそも私の問題だ』
「だけど神様、なかなか出てきてくれないじゃないッスか」
『今後はもう少し顔を出せると思う』
「…………」
まあ、そういうことならいいか。
北の森の面々も巻き込んでしまっているし、もうしばらくは神様のもとで教祖ごっこを続けてみようと思う。そもそも今のタイミングで神様印の魔法を使えなくなったら、きっとミノルたちに酷い目に遭わされてしまう。散々苛めてしまったから。
「……わかりました」
『やってくれるか?』
「もう少しだけ神様に付き合ってみようと思います」
『おぉ、素晴らしい返事だ』
素直に頷いてみせると、神様は嬉しそうに声を挙げた。表情こそ仮面の下に隠されて見えないが、そこにはきっと笑みが浮かんでいるのだろうと、勝手に想像を巡らせるほどには、心地良く響く声色であった。
もしも駄目だったら、マリグナ様のところで再就職すればいい。異世界的な基準で言うと、今の自分は意外と悪くない職歴を重ねている。こうしてみるとやっぱり、新卒で有名なところに就職するのって、とても大切だったんだなって思う。
『それでは早速で悪いのだが、オマエに会ってもらいたい者がいる。北の森と接する山岳地帯に住まっている古い世代のドラゴンなのだが……』
神様が喜々として、新しい仕事を語り始めた。
ところでそれ、精霊殿がしばいちゃったドラゴンじゃありません?
チヤホヤされたい俺、異世界で新興宗教の教祖様に就任のお知らせ ぶんころり @kloli
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます